4話
ヒロシが消えちゃったあの日。ヒロシの居るところに駆け付けて、ヒロシに飛び付きたかったから、お山の中を一生懸命に探してみたんだ。どこかにヒロシが居て、また僕の事を暖かい手で撫でてくれる。そう思ったから。
でもね。お山のどこを探してもヒロシは、居なかったんだ。
僕はちゃんと隅から隅まで探したよ。タヌキの巣穴の中も野ネズミの巣穴の中も、1つ1つ全部覗いて見たよ。
足が1本無くなっちゃった僕じゃ探せないところにヒロシは居るのかな? そう思ったから僕は、まだ空にお日様が顔を出してる昼間だったけど、急いでベスおじさんのところに向かったんだ。
物知りで、僕にたくさん大事な事を教えてくれるベスおじさん。
ベスおじさんなら、きっとヒロシがどこに居るのか、僕に教えてくれるよね。
昼間の街は、僕が思ってたよりも怖かった。たくさんの車が道を走ってたり、たくさんの人間が歩いてたりしてたから。
それでも僕は、ヒロシの居るところが知りたくて、頑張って頑張って、いつもより慎重に慎重に、ベスおじさんの棲み家まで行ったんだ。
「ベスおじさん! ベスおじさん! ヒロシが消えちゃった! どこに居るのか教えてよ!」
僕は、いつもだったら、ベスおじさんが、入ってきていいよ。って言ってからベスおじさんを飼っている人間の家の中に入るんだけど、ヒロシがどこに居るのか早く教えて欲しくて、ベスおじさんの返事を待たずに、ベスおじさんの犬小屋に向かったんだ。
『こら坊主、ワシの許可が出る前に、入ってきたら駄目じゃと言ってあったじゃろ』
「ベスおじさん! そんな事より早く教えてよ! ヒロシはヒロシは、どこに居るの?」
『ヒロシ? ヒロシとは誰じゃ、どこの犬なんじゃ?』
「ヒロシは犬じゃないよ、人間だよ、僕の友達なんだ」
僕は、ベスおじさんにヒロシの事を、教えてあげたんだ。
僕に石をぶつけて、棒で叩いてきた人間の子供から、僕の事を守ってくれた事を。毎日、神社の境内で一緒に遊んでる事を。たくさん、とびっきり美味しいご飯を持ってきてくれる事を。ヒロシの暖かい手で撫でられると、とっても幸せな気持ちになる事を。
『そうか、そうか、坊主にも人間の友達が出来たか』
ベスおじさんは、滅多に見せない笑顔で、僕にそう言ってくれたんだ。
『それで、ヒロシがどこに居るのかとは、どういう事なんじゃ?』
僕は、ベスおじさんに今日あった事を、全部教えたんだ。
ヒロシが僕の目の前から、突然消えちゃった事を。
僕にたくさん大事な事を教えてくれた、ベスおじさんなら、ヒロシの居るところを知ってると思ったから急いで、ベスおじさんのところに来た事を。
だけど、ベスおじさんも、そんな事は、見た事も聞いた事も無いって言うんだ。ヒロシがどこに居るのかも分からないって。
僕は、物知りのベスおじさんなら、絶対に知ってるって思って急いで来たのに、ベスおじさんにも分からない事が、ヒロシを僕の前から消しちゃった事に、とっても悲しくて淋しい気持ちになったんだ。
僕は、トボトボとヒョッコリヒョッコリ歩いて、神社に帰る。
もう、お日様も、おやすみする時間の前に空を赤くする夕方になってたんだ。ずっとベスおじさんのところに居たかったけど、ベスおじさんの飼い主さんに見つかっちゃうから、自分の棲み家に帰りなさい。って、ベスおじさんに言われたから。
神社に着いたら、びっくりする事が起きてたんだ。
いつもなら、ヒロシぐらいしか来ない神社の境内にたくさんの人間が居たから。
僕は、こっそり人間に見付からないように、神社の境内の隅っこに生えてる、大きな大きなクスノ木の後ろに隠れたんだ。
そうして、コッソリと顔を出して、人間が何をしてるのか見てたら、人間達もヒロシの事を、探しに来てたみたいなんだ。
僕は、その事が分かったから、クスノ木から飛び出して、一番近くに居た、人間の女の人に向かって、大きな声で伝えたんだ。
『ヒロシを探しに来たの? ヒロシは僕の目の前から突然消えちゃったんだよ! 僕がみんなを、ヒロシが消えちゃった場所に案内するよ!』
一生懸命、大きな声で伝えたんだけど、犬の僕と人間とは、お話が出来ない。ずっとずっと昔から、犬と人間は一緒に暮らして、ずっとずっと昔から、犬と人間は一番の友達なのに、犬と人間は、お話が出来ない。どうしてなんだろ? どうして、神様は、一番の友達とお話出来るようにしてくれなかったのかな?
僕は、女の人の着ていた服の裾を咥わえて、ヒロシが消えちゃった場所に連れて行こうとしたんだ。
僕が、女の人の服の裾を咥わえて、グイグイ引っ張ると、女の人は僕に、こう言ったんだ。
『ヒロシが居る場所を知ってるの?』
僕は女の人に居る場所は知らないけど、消えちゃった場所は知ってるって、大きな声で、お返事をしたんだ。
「付いてきて!!」
人間の女の人は、僕に、ちょっとだけ待っててね。そう言ってから、他の人間達と、お話を始めたんだ。
この女の人は、僕とヒロシが友達だって事を知ってたみたい。
人間達のお話が終わったみたいで、女の人が僕に、ヒロシのところに連れていってちょうだい。って言うから、ヒロシが居る場所は、僕もベスおじさんも知らないんだ、だけど消えちゃった場所は、分かるからそこまで案内するね。そうお返事をしてから、歩き出したんだ。
ヒロシと一緒に、お山を探検して、ヒロシが消えちゃってから急いで、ベスおじさんのところまで走って、そして神社まで帰ってきたから、今日は、いつもよりたくさん歩いて疲れてたけど、僕は頑張って歩いたんだよ。
ヒロシが消えちゃった場所に着いたから、人間の女の人に。
「ここで、ヒロシが僕の目の前から消えちゃったんだ!」
そう言って教えてあげたんだ。
人間達は、女の人を残して、お山の中を探すみたい。お山の中にはヒロシは、居ないんだよ。だって、僕は、タヌキや野ネズミの巣穴の中も覗いて探したんだから。
ヒロシが最後に立ってた場所に、いまでもヒロシの匂いが残ってる。僕が大好きな匂いだ。ドッグフードよりも、牛乳よりも、パンよりも、大好きな匂い。
僕がクンクンと鼻を鳴らして、ヒロシの匂いを嗅いでいたら、突然。
『ポチ』
ってヒロシが付けてくれた、僕の名前を人間の女の人が言ったんだ。僕は、ヒロシの付けてくれた名前まで知ってる事に、少しだけびっくりしてると、人間の女の人が教えてくれたんだ。
『やっぱり、キミがポチなんだね、ヒロシから聞いてたのよ、足が1本無い可愛そうな子犬がいる、僕のところで飼ってあげたい、毎日ちゃんとエサをあげて、毎日ちゃんとお散歩にも連れて行くからって』
そう言って、僕の事を抱き上げて、僕を撫でてくれた、手の暖かさは、ヒロシの次に暖かな手だったんだ。




