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吁、無情  作者: 調彩雨
37/43

第三十六話 海に行きましょう

今週三回目の更新です

以前のお話を未読の方は其方をお先にどうぞ


下品なネタが有りますのでお嫌いな方はご注意下さい

 

 

 

 迎えの車は所謂いわゆるVIP車だった。はっちゃけた若者達が乗ってるアレじゃなくて、マジモンの方の。


 春田さんのエスコートで車に乗車しかけて、中に居た人物に足が止まった。


「…如何言う事ですか」

「彼が今日の護衛だよ。まあ、僕も付くし、周りも護衛の車で囲ませるけど」


 迎えが早いと言ったわたしに、最期にドライブしないかとほざいたのと同じ口調で春田さんは答えた。


 …化粧品、棄ててないで良かった。怒涛の勢いで春田さんを責め立てて、化粧と着替えをして良かった。

 否、だって、下手打つと写真撮られて歴史の教科書行きだからね?すっぴんとか適当な格好とか、無理だわー。所詮見窄らしく痩せた身体に変わりは無いけど。

 因みに現在、右目には義眼がはまって居る。救世主が眼帯とか、厨二臭いからね。


 そんな事を考えていたら、車内の人が首を傾げて呟いた。


「萩沙ちゃん、また痩せた…?」

「体重なら増えましたよ。相変わらずデリカシーが欠片も無いんですね」


 夏川晴史と最後に会った時に比べたらだが。女に体重の話を振るな。馬鹿が。


 …腕の包帯が取れててほっとしたのは内緒だ。


 夏川晴史を睨んで居たら、春田さんに無理やり車へ押し込まれた。

 ワゴンタイプでない自家用車では、先ず見ないボックスシート。車で進行方向逆向きに座ったら酔うだろうに。


 幸いにも春田さんはわたしを進行方向向きの座席に座らせ、がたいの良い男二人でわたしの前に並んだ。


「何処に行きたい?と言っても、あまり遠くには行けないけど」


 何時もの爽やかスマイルでのたまう春田さんへ、無表情を向ける。


「…ソープ嬢に春田さんが喰われる所が見たいです」

「海とか如何?神社なんてのも良いかな?其とも何か美味しいものでも食べに行く?」

「…ゲイバーに行って、春田さんが行き擦りのオニイサンに美味しく頂かれる所を見たいです」

「海行こう。海。出して。近隣で綺麗な海が見られる浜辺」

「其のしおより別の潮が…」

「萩沙ちゃん?」


 春田さんの冷たい笑みに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 夏川晴史は目を見開いて言葉を失っていた。


 其処、恋する乙女の吐く台詞かとか言わない。


「良く知りもしない他人と人生最期のドライブだなんて、楽しい訳が無いじゃないですか」


 むくれて呟いた言葉は、男二人を辛気臭くさせただけだった。手を振り回して男二人を睨む。


「あーもう、辛気臭い。どーせ暗いなら、暗い所であんあん言わされてる春田さんを見物して嘲笑いたいんですけど」

「…萩沙ちゃんは僕に怨みでもあるの」

「ナイデスヨー?あー良いですねー、うみー。内陸出身だから特に思い入れも無いうみー」


 一瞬言葉を失い掛けてから問うた春田さんへ棒読みの様に答えれば、春田さんが頭を抱えて背を丸めた。


「…不満なら、はっきり言ってくれると嬉しいんだけど」

「不満なんて。お付き合いしますよ。あなたが少しでも罪悪感を軽減出来る様に」


 にっこり。


 自己中な理由で犠を受け入れるとは言え、やっぱり生きたいなーと言う気持ちが無い訳は無いのだ。其処はきっかり、報復してやる。


 今度こそ、完全に閉口した春田さんに代わって、夏川晴史が口を開く。


「本当に、無いの?何処か、行きたい所とか、心残りとか」

「…生きたい所?そうですね、出来るなら日本で自由に生きたかったです。誰かの目を気にする事も無く、歯牙しが無い一般ぴーぷるとして。冬コミの新刊も楽しみにしてたし、ずっと読み続けてた漫画、もう少しで完結しそうだし、来期アニメ化のアレとか、アレの続編とか、撮り貯めて有給使って一気見したかったし、来春にはシリーズ初期から全制覇してるゲームの新作が数年振りで出るらしくて、もう予約始まってるし、あの列車が復刻されるとかマジ奇跡だし。全部もう、わたしには関係の無い事ですけどね」


 八つ当たりだ。何時もの。


 て言うか立て板に水で話す内容が全部サブカルって、己の事ながら大人として如何なんだ。


「でも何もかもわたしが自分で決めて諦めた事ですから。今更心残り無いかとか、はっきり言って迷惑です。未練も後悔も心残りも、思い返せば幾らでも出て来るけど、そんなの全部もう手遅れなんですから」


 優しさの欠片も無い汚い言葉だ。意地が悪くて、醜い。好きな人に向けて吐く様な台詞じゃない。


 夏川晴史が、困った様な傷付いた様な顔で此方を見た。


 ああもう。最期迄、わたしは意気地無しで天邪鬼だ。


 誰かが何かを言う前に、わたしは口端に皮肉めいた笑みを乗せて声を出した。


「良いですよ。海に行きましょう、海。海でやりたいこと有ったの思い出しました」

「…だって」

「…ああ」


 だから、でかい男が二人でどんよりするなと言いたい。原因わたしだけど。


 …お膳立てされて死ぬ前に片思いの相手とドライブ行かされて、如何して喜べると思うんだ。馬鹿じゃないか。




 連れて来られた海は所謂海水浴場的な所で、無論冬に人なんて居なかった。


 車内での会話?弾む訳無いじゃないか。


 春田さんがドアを開けるのも待たずに自分でドアを開けて、護衛なんか知った事かと駐車場から波打ち際目掛けて駆け出した。


 わたしの行動に唖然として咄嗟に動けなかった春田さんや夏川晴史は、やっぱり護衛には向かないのだろう。

 何食わぬ顔で気配も無く半歩後ろに居た後藤さんを見てそう思った。…怖いよ。


 …まあ、良い。うん。深く考えたら負けだ。護衛って或意味堂々としたストーカーだよなとか、思っちゃ駄目だ。彼等も仕事なんだから。


 気にするな。ほら、気配無いし、居ないと思っとけ。


 息を、吐いてぇー、吸ってぇー、


「っ、海の馬鹿やろおぉぉぉおぉぉぉぉうぅっ!!!」


 もーいっかい。せぇのっ、


「死にさらせえぇぇぇぇぇっ!!!!」


 ふー、スッキリ。


「じゃ、春田さんかき氷お願いします」


 振り向いてきっぱり。


「え」

「早く、かき氷とスイカ。あ、スイカはカットとか小玉じゃなく大きいの。芯までよく冷えてなかったら切れますから。包丁とまな板も忘れずお願いしますね」


 漸く追い付いた春田さんが、笑顔を引き攣らせて固まった。


「えっと…?」

「海と言ったらかき氷とスイカでしょう。其とも何ですか?水着も無いのに冬の寒空の下海で泳げと?」

「否、冬にかき氷とスイカ?」

「冬に海チョイスしたのは何処の何奴でしたかね」


 にっこり。


 背後の寒々しく荒れた海と、白く霞んだ冬空、白々しいわたしの笑顔。明らかに辛気臭い光景だ。コートで海とか、火サスかよ。クライマックスだな。


「冬の海とか、ね。心中と自殺位しか思い付かないわ。しかも海水浴場。訳がわかりたい」

「…だから長続きしないんだよな、顔は良いのに」


 後藤さん、聞こえてるぞ。仮にも上司に。

 …否定はしないけど。


「ね。だからあなたは挽回しないと。美味しいかき氷とスイカを買って来て下さい。どーせ経費で落ちるんでしょ」


 経費と言うか、税金だけど。わたしも悪女になったものだ。


「…夏川二尉、警護頼む。後藤、万一何か有ったら、わかってるな?」


 春田さんが後藤さんを殴って言った。…図星指されたからって八つ当たりは良くないぞ、パワハラだ。


「はんっ、春田二佐に言われたくないですねぇ」


 あ、後藤さんも後藤さんだった。もしかして、外された事根に持ってるのかな…?


 走り去る春田さんが遠く離れてから呟く。


「まあ、スタバのフラペチーノでも良かったんですけどね」


 ぶふぉっと、吹き出す音が斜め後ろから聞こえた。後藤…。


 目線でちょっと離れて欲しいなーと伝えたら、お腹を抱えながら離れて行った。笑い過ぎだ。

 包囲されて居るのはわかるし、何か不穏な事態なら飛んで来て保護されるのだろうが、向こうは風上、小声なら聞こえないだろう。


 直ぐ後ろに残った気配には目を向けず、海を眺める。


「…大陸二つ守れないで、何が母なる海だ」


 陸地ごと消えた彼等は、一体如何なったのだろう。海面が目に見えて下がったと聞いた。そりゃそうだ。地盤ごと抉れて水を退ける障害物が消滅したのだから。

 …影響は、如何いか程か。


 …考えなかった訳じゃない。思わなかった、訳じゃない。


「何で…受けたの?」


 隣に並んだ人の口から、低い問い掛けが落とされる。

 彼に会うのは、“あの時”以来だ。馬鹿な恋に落ちたと認める直前の、あの時。


 答えない儘ぼんやり海を眺めて居たら、武骨な手が遠慮勝ちに頬へ触れた。


「痩せたね…窶れた」

「別に病気じゃありませんから」


 何時から比べての話だか知らないが、今度は否定せず頷いて置いた。

 摂食障害は病気かも知れないが、不治の病と言う訳でも無い。


「…抗う事に、疲れたの?」


 彼の妹は病気。母親も、過労に窶れて亡くなった。

 不健康に痩せた相手を、心配するのもおかしくはない話だ。喩え、彼が其の相手を何とも思って居なかったとしても。


「そうですね。疲れました」


 疲れた。確かに。誰彼構わず八つ当たりして可愛くない事言い放つ位には。


 大抵の人にとっては人類の大半を占めるであろう、敢えて分けようとしない限り敵でも味方でもない人間が、全員敵に成り変わったのだから。被害妄想も過分に含むとしても、昨日の友が敵かも知れない状況は、負担だった。

 空から迄監視を受けて、息苦しかった。

 結局の所、世界に抗える程わたしは強くなかったと言う話だ。


 世界に抗える程強くないし、大人しく諦める程優しくも賢くもなかった。だからこんなに、中途半端に世界を壊した。


「元々そんなに努力家でもないし、むかつくから抗ってみたけど、疲れました。面倒臭い」


 恨みも、買っただろう。何故もっと早く決断しなかったのかと、責められる事は確実だ。


 ふふっと笑いを漏らしたら、ぐいっと肩を引かれた。泣きそうに歪んだ顔が、目に入る。


 そんな顔…させたかったのかも。


 少なくとも、今彼の目にはわたししか映って居ない。


 そんな顔するって事は、少しは気にしてくれてるのかなとか、自惚れてみようか。

 そんなはずは、無いのだけれど。


 残酷な問い掛けは、するりと簡単にわたしの口から零れた。


「あなたの為に世界を救うって言ったら、少しはわたしの事、覚えて居てくれますか?」

「…え?」


 疲れただけなら、引き籠もれば良かった。命を懸けて迄、守りたい人なんか居なかった。目の前の男に、惚れる迄は。


 そんなのも全部全部、圧力に負ける言い訳の為の合理化かも知れないけれど。こんな台詞を吐けば心優しい彼が気に病むとわかって、口にした言葉。なんて、罪深い。


 ぽかんとした顔に吹き出した振りをして、笑いながら首を振った。


「冗談です。冗談。わたしは世界が平和になると信じて行きます。だから、約束して下さい。あなたは、必ず、幸せになるって」


 エポニーヌ。恋じゃなくても、愛じゃなくても、彼の特別になりたかった。


 最期にこんな、醜く足掻いてしまう位に。


 だから逢いたくなかったのに。あの馬鹿春田。


 最期だから、と、彼の背中に腕を回した。


 鍛えられた固い胸板に顔を埋めて、波音に紛れそうな小さな声で呟く。聞こえて欲しいのか、欲しくないのか、そんなの自分でもわからなかった。


「あなたの事が、好きでした」


 だから、愛しい人と、幸せになって。だから、わたしを、忘れないで。


 相反する願いに惑いながら落とした小さな告白は、彼の耳に届いたのだろうか。


 相手の手が自分の身体に回る前に、わたしは夏川晴史を突き飛ばした。愛する人の腕の中で死ねたエポニーヌは、幸せだったんだな。

 否、突き飛ばしたって、体格的に動いたのはわたしだけど。


「扨、行きましょうか」


 笑みを浮かべて振り返りつつ、かき氷を手にした春田さんを見上げる。って、カップ詰め氷菓じゃんか!?違う。其をかき氷とは認めたくない!!


 まぁ、


「え、かき氷とスイカは」

「冬にそんなもの食べたら寒いじゃないですか」


 何方どっちにしろ、食べる気は失せてるけどね。


 ぶふぁっと、吹き出す音が聞こえた。…何時の間に近付いたんだ後藤。


「撮影に用いたカップ詰め氷菓とスイカは後藤さんが美味しく頂きました」

「ちょっ、白波瀬さん!?」

「護衛対象命令だ。食え」


 携帯端末を操りながら春田さんが慌てる後藤さんにカップ詰め氷菓(みぞれ)を押し付けた。たぶんスイカの手配を止める指示を出して居るんだろう。


「心残りは?何かやりたかったんじゃないの?」

「山びこと海の馬鹿野郎はロマンですよね」


 期待の籠もった目で後藤さんを眺めてたら、カチカチのカップ詰め氷菓を食べてキーンとなってくれた。ぐっじょぶ。


 満足して春田さんに目を向けると、笑うのに失敗した様な変な表情を浮かべて居る。


「心残り、其?」

「はい。山びこは高校の部活の合宿で出来たんですけど、何せ内陸出身で海が身近じゃなかったものでして」

「…変わらないね、萩沙ちゃんは」


 変わったのか、変わらないのか。変わった部分も変わらない部分も在ると思う。多くの人が、そうで在る様に。


「護衛、変えて貰えますか?後藤さんが良いです」

「うん。夏川二尉は外そうか」


 まだキーンとして居る後藤さんの肩を叩いて、春田さんが夏川晴史に近付いた。

 何か言われた夏川晴史が、ぱっと此方を向く。


 冬空と荒んだ海をバックに泣きそうな情け無い顔をして居ても、夏川晴史なら其処迄辛気臭く見えなかった。内面の差か。


「萩沙ちゃん、おれ、幸せになるから。君が、君が救った世界で、絶対、必ず、幸せになるから」


 だから、と言葉を切った夏川晴史の目から涙が零れた。

 くっと唇を噛み締めて、わたしに手を伸ばす。


 ぐっと肩を掴まれて、気付けば暖かい体温に包まれて居た。


「忘れたりなんか、しないから。約束する。ずっと、ずっと覚えてるよ」


 体温が離れて、涙でぐちゃぐちゃの顔をした夏川晴史に、至近距離で見詰められた。

 まるで、忘れない様に、脳裏に焼き付けるみたいに。


「…ありがとう」


 涙声で言った彼は、笑ってくれなかったから、わたしは逆に晴れ晴れとした笑顔を返した。今度こそ、夏川晴史の身体を突き放す。


 彼は、失敗した(し ず む)革命ふねの道連れになって良い人間じゃない。コゼット(こいびと)と幸せになるべき、マリウス(ヒーロー)なんだ。愛し愛される未来の在る、若者なんだ。


「勝手に幸せにでも何でもなれば良いんですよ。わたしにはもう、関係無い」


 吁、でも、如何しよう、泣きそうだ。


 泣きそうなんだ。


 あんまり喋ったら本当に泣きそうだから、兎に角表情筋をフル稼働させて笑みを作った。さよならは悲し過ぎるから、もっと軽く、さり気無く。


「じゃあね」


 あなたに出会えて、好きになれて、幸せでした。

 忘れないと約束してくれて、有難うと言われて、諦めて居た其の腕に、抱き締めて貰えて。


 本当に、泣きそうな位、幸せなんだ。


 笑って手を振って、夏川晴史に背を向けた。涙は、流さなかった。






拙いお話をお読み頂き有難うございます


感動的にも出来る場面にネタぶっ込む作者でごめんなさい


ヒーローのはずの夏川晴史の出番は今回がラストだったりするのですが←

最後迄読んで頂けると嬉しいです

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