第三十一話 わたしが居なくても、世界は変わらない
先週三度更新してますので以前のお話を未読の方はご注意下さい
ちょっと痛い描写がありますが出血は無いです
誰か、教えて欲しい。
如何してこうなった?
目の前、ベッドに腰掛けた夏川晴史は、じっとりとわたしを見据えて居る。
互いに、無言。
顔を背ければ手が伸びて戻され、助けを求める視線を向けても病室の入り口が開く様子は無い。
影は見えるのに来ない助けに、歯噛みする。かと言って、助けを求めて声を上げる事も出来ない。
背後は大きな窓で、初冬の良く晴れた冬空が広がって居ると言うのに、此の部屋は酷く息苦しい。無意識にお腹を摩ろうとして、触っちゃ駄目だと注意されたのを思い出して途中でやめる。
不自然な動きはごまかせるはずも無く気付かれて、夏川晴史の視線が顔からお腹へずれた。
「お腹、如何かしたの?」
「…」
滅多刺したなんて言えるだろうか。否、言えはしない(反語)。
「右手も、其、如何したの?」
「…」
自分で引っ張って折りましたなんて言えるだろうか。否、言えはしない(反語・再)。
「顔の包帯も、如何したの?」
「…」
ナイフを目玉に突っ込みましたなんてry。
頑なに無言を貫くわたしを、夏川晴史はじぃーーーっと見詰める。
行動観察される虫にでもなった気分だ。
「顔とお腹と手。他も何処か怪我してるの?」
「他は無…」
「ふぅん。他“は”ないんだ」
わたしの行動観察をする夏川晴史は、多少の失言も見逃しはしない。
失敗した。明らかに負傷してる顔と手首は兎も角、お腹は露出してないんだから、言わなきゃ確証は持たれないのに。
不意に夏川晴史が視線を外し、俯いた顔を腕に埋めた。
「…おれ、守れなかった?其、襲撃の、時に…?」
「え…?」
強く後悔の滲むくぐもった声の指す意味が、咄嗟に理解出来なくて目を瞬く。
包帯の巻かれた腕に、目を落とした。
守れなかった?そんな訳、無いのに。
襲撃の後はほぼ無傷で。
でも、襲撃後、夏川晴史に会うのは此が初めてだ。しかも此処は、襲撃後わたし達が連れて来られた病院で。
だから、頑なに怪我について言おうとしないわたしが、襲撃時にこんな大怪我したんだと思っても、おかしくない話で。
慌てて顔を上げて、息を吸い込んだ。
そんな、後悔をさせる為に、黙り決め込んでる訳じゃない。
「ち、違いますっ、ぅ…っつう」
勢い込んで身を乗り出し叫ぶと、穴だらけのお腹がざっくり行ったみたいに痛んだ。
触っちゃ駄目、極力動かすなと言う警告も無視して背中を丸め、両腕で痛むお腹を抱えた。完全なる自業自得だけど、痛いもんは痛い。
「萩沙ちゃん!?」
呻き声に気付き顔を上げたらしい夏川晴史が、ベッドから立ち上がってわたしの横に来る。
恐る恐る遠慮がちな様子で、背中に手が触れた。
「大丈夫?えっと、看護師さんを」
「だ、だいじょーぶ、です」
急に動かしたから痛んだだけで、傷が開いたとかじゃないはず。多分。
そろそろと顔を上げて、口端を引き上げる。
間違い無く引き攣ったいっぱいいっぱいな笑みだろうが、無いよりマシなはずだ。
「…襲撃時は、ちょっと擦り剥いたり打ち身作ったりしただけなんで、ほんとに、ごめんなさい。あんま、よく、覚えてないんですけど、庇って貰ったんですよね?怪我、させて」
ゆーーーっくりと身体を起こして、包帯を巻かれた夏川晴史の腕に手を伸ばす。
そっと、指を這わせた。
銃で撃たれるなんて、堅気の日本人じゃ先ず無い負傷理由なのに、わたしなんかの為に。
「ごめんなさい。こんな、怪我…。しかも、突き飛ばしたんですよね、わたし…」
謝って如何なると言う話でも無いが、悪気有って突き飛ばした訳ではないのだとだけは伝えたい。
相性の悪い相手だとは思うが、憎々しく思って居る訳ではないのだ。
夏川晴史は首を傾げ、苦笑を浮かべた。
「ごめんなさいより、有難うが聞きたいかな?おれは君に悲しい顔をして欲しくて、庇ったんじゃないから」
「…でも」
「でもじゃなくて。ほら」
「…助けてくれて有難うございます」
何時か自分も言った様な言葉に目を眇めつつも、望まれた言葉を呟く。
確かに申し訳無いばかりで、感謝を伝えそびれて居た。わたしなんか守らされてと申し訳無い気持ちがでかいが、だから感謝しなくて良いと言う事でもない。後で、タナカさんや岩城さんにもお礼を伝えて貰おう。
お礼を口にしたわたしの頭を柔らかい笑みで撫でてから、ベッドに戻った夏川晴史は笑みの質を変えた。
「で?」
「で?」
薄々察しつつ白ばっくれるも、許されるはずが無かった。
「襲撃時の怪我じゃないなら、何で怪我したの?」
「其は…」
「やっぱり、襲撃時の怪我?」
き、汚ねぇ…!爽男のクセに汚過ぎるぜ、夏川晴史さんよぉ。
「襲撃時の怪我じゃ…」
「じゃあ、何で?」
「…」
「言えないなら、おれが守りきれなかったのかなって、思っちゃうんだよ」
馬鹿言うなとは、言えなかった。
わたしだったら、自分の過失で怪我させたんじゃないかと、不安になるから。
ぐっと唇を噛み締め、諦めて口を開いた。
「昨日、怪我したんです」
夏川晴史とは関係無い所で怪我したんだよ。与えられる情報は其きりだ。
妥協してくれたまえ。
妥協、
「何で?」
シナイヨネー。デスヨネー。
「其処、訊いちゃいますか」
「訊いちゃいますよ」
頷かれて、じとっと見返す。
再び、無言。
「…萩沙ちゃん?」
促す様に名前を呼ばれて、溜め息を吐いた。
面倒臭…げふん、仕方が無い。観念してやろう。
「わたしが何されたか、聞いてます?」
「何されたか?」
「ええ。地球防衛軍の手で、如何言う扱いを受けたか」
「護衛の話…じゃないよね?」
知らないのか。まあ、入院してたしね。
後藤さんは予想外だったけど、タナカさんや夏川晴史は監禁なんて許容しない気がする。わざわざ伝えて、余計な反対者を増やしたりしないか。
まあ良い。機密なのかも知れないが、夏川晴史は護衛だ。外されたと言う話は聞いてない。
無知を盾に春田さんの悪事を吹聴してやろう。
「…監禁されたんですよ。春田さんの命令で。だから、有言実行したんです」
「有言実行って、否、そもそも監禁って」
戸惑った表情の夏川晴史が困惑した様子で頭を掻き回す。
知り合いが監禁されたと言われたら、其が普通の反応だろう。
暫く片手で頭を抱えて居た夏川晴史が、ばっと顔を上げて言う。
「取り敢えず、順番に訊こう。監禁って、如何言う事?」
ふむ。深淵を覗くと申すか。
「良いんですか、訊いちゃって」
「良いよ。聞かせて」
苦笑して迂遠にやめるべしと伝えるが、間髪入れずに促された。
よろしい。なれば、教えよう。
「襲撃、されたじゃないですか、わたし」
「そうだね」
「夏川晴史やタナカさんが身を挺して庇ってくれてなかったら、死んでたらしいです、わたし」
「そう…なんだ。うん、そうかもね」
「で、此以上危険な目に遭わせる訳には行かないからって、春田さんが防衛軍基地内への“保護”を決定した訳です。仕事に行きたいと言うわたしの意思も無視し、強固に反対した後藤さんの任を解いて迄」
「保護…」
「ええ、“保護”ですよ」
訝しげに呟かれた言葉に頷いて嗤う。
“保護”。そう。“保護”だ。
改めて考えてみれば、成程あれは確かに“保護”だった。
「怪我しない様に壁にも床にも窓にもクッション材を付けて、自分を傷付けたりしない様に危険な道具からは一切遠避けて、危ない所に行かない様に鍵掛けた部屋に入れて、危険なものを近付けない為に見張りを立てて。其を人類は“保護”って言うんでしょう?絶滅危惧動物とか、そうやって大事に“保護”して繁殖させてんですもんね。そーですよ。わたしは、“保護”されたんです。口も聞けない稀少な野生動物みたいに、其は其は大切に」
別に、動物保護を否定するつもりは無い。其もひとつのやり方だ。
自分達で馬鹿やって減らして、減らし過ぎて慌てて掌返した様に態度変えて“保護”して、滑稽だとは思うけれど。
「見方を変えれば監禁だなんて、“保護”された側の主張なんざ関係無いんでしょうね、高尚なエリートサマには。だからわたしは愚かな畜生らしく、“保護”する側の思惑無視して、有言実行してやったんです」
「…有言実行、って?」
色々と思う所は有っただろうがひと先ず無視する事にしたらしく、たこ焼きキャンディ口に放り込まれた様な顔の夏川晴史は話を促した。
「覚えてません?多分言った時、居たと思うんですけど。えーっと、そうそう、確か、初めて会った時ですよ」
「初めて会った時…?」
暫し首を傾げた夏川晴史が、ふとわたしのお腹を見て瞠目した。信じられないと言いたげに瞠目した儘、わたしの顔へと視線を上げる。
「まさか…自分で?」
「自分で、何ですか?」
思い出した様だと気付きながら、わからない顔でしれっと続きを促す。
夏川晴史は言葉に迷う様に視線を泳がせると、言い難そうに言った。
「自分で、其の…自分、の、お腹を…刺…した、の?」
無言で薄く微笑み、小首を傾げた。
答えなんか其で十分だった。
「手と、目、も?」
「手は刺してませんよ。血塗れで倒れて目覚たら四肢を手錠で拘束されてたんで、抗議の意味を込めて思いっきり引っ張ったんです。そしたら手首、剥離骨折と靱帯損傷ですって」
先刻の失言と同じ論法だ。手“は”刺して居ない。つまり、手以外は、刺した。
夏川晴史は自分の髪をぐしゃりと握って、唇を噛み締めた。
「手首以外の、怪我は」
「詳しい事はわかりませんけど、右目破裂により摘出、腹部刺傷計二十箇所、子宮と腸管に損傷有、だったかな?」
「…何で刺したの?」
「ペンケースに隠し持ってた仕込み万年筆で。護身用に貰ったんで、ばれたらくれたひとに怒られますね…」
許せ、おっちゃん。或意味紛れもない護身だった。
髪を握った儘の夏川晴史の手は、力の入れ過ぎで血の気を無くして居た。禿げるぞ。
「…なんで?」
「え?」
力無く呻く様な声に聞き返せば、泣きそうな顔で見返された。
「何でそんな事したの?」
「有言実行、ですよ」
「そんな理由で?」
「そんな理由?」
吁、やっぱり夏川晴史とは、合わないな。
そんな理由、じゃなかったんだ、わたしにとっては。
「わたし、何かを強要されるの、嫌いなんです。神様気取りのどっかの馬鹿の所為でこんな目に遭って、挙げ句畜生みたいに監禁されて。人間としての尊厳を奪われたから、せめて意思は有るんだと証明したんです。わたしの人間性を掛けた行動を、そんな理由なんて言って欲しくない」
「でも、自分を傷付けるのは、」
「そもそも後藤さんに止められてなかったら、一昨日の時点で自殺してましたよ、わたし」
後藤さんに止められたから、踏み留まった。
突発的にどんな馬鹿もやってしまうわたしだから、衝動で自殺しても何にもおかしくなかったのだ。実際に。
「自殺するなんて簡単に、」
吁、夏川晴史には前もこうやって怒られたな、と思い出す。
わたしを叱ろうとする夏川晴史の口を片手で塞いで、わたしは嗤った。
動いた所為でお腹は痛んだけれど、其でも嗤った。
「死んだって、良いじゃないですか。わたしが居なくても、世界は変わりません。わたしなんて、ただのちっぽけな存在なんですから。わたしなんか守って、こんな怪我したあなた達には、申し訳無いですけど、」
口元の拘束を解こうとした夏川晴史の左手を、包帯に覆われた右手で止める。
生憎と、反論は求めてない。
わたしが居なくても、世界は変わらない。
其は紛れも無い、事実なんだから。
「わたしに、命張って迄、守る価値なん、て?」
右手を引かれて、バランスを崩した。
「いったぁ!?」
「ごめん」
あ、謝るなら、手を離せぇ!!
ベッドに無理矢理引き擦り込まれて、引き攣れたお腹が激痛を訴える。
わたし、安静を言い渡された傷病人だかんな!?
痛みに悶絶するわたしを抱き込んで、夏川晴史が抱いた背中を撫でた。
「おれも謝ったから、萩沙ちゃんも謝って」
「うぅ…なに?」
「謝って。ごめんなさいって。ほら」
「なんで」
謝罪を求められる、意味がわからない。
何だ?生きててごめんなさいとでも、言えと?
「おれは萩沙ちゃんに元気に生きてて欲しいのに、萩沙ちゃんは自分の価値を認めないから、傷付いた。だから、謝って」
「はぁ?」
はぁ?(↓)じゃなくて、はぁ?(↑)だ。控え目な疑問じゃなく、メンチ切りの方。
不可解過ぎて不愉快と言う態度を示したわたしを、少し強く抱き込んだ夏川晴史が叱る。
「萩沙ちゃんが死んでも、世界は変わらない?ふざけないでよ。変わる。おれの世界は、確実に、変わる。おれの世界にとって掛け替え無いものを、そんな無価値みたいに言うなよ」
「掛け替えなんか、幾らでも、」
「無いから。無いよ。ひとつも無い」
なんでさ。
わたしなんて、ほぼ他人じゃないか。
「死ぬなんて、言うな。言うなよ。ばか」
なんで。
なんで泣いてんだよ。
「死んで欲しくないんだよ。守りたいんだよ。今度こそ、失いたくないんだ」
今度こそ、と言う言葉で気付く。夏川晴史は、わたしと母親を重ねてるんだ。
「わたしは、あんたの、母親じゃ、」
「萩沙ちゃんを母親代わりだなんて思ってない。母さんはこんなに弱くなかったよ」
わたしだって、弱くなんか。
睨もうとしたわたしを泣き顔で見据えて、夏川晴史はわたしの頬に触れた。
「弱音を飲み込んで強がらなきゃ立ってられない様な、痛々しい弱さは無かったよ、母さんには。ねぇ、萩沙ちゃん。壊れる迄強がらなくたって良いんだよ。泣いて、本音を言って良いんだ」
「なにを、」
言いかけた言葉は、止めざるを得なかった。
ぽろりと頬を滑る、温かいものの所為で。
「あ…」
目を見開き、瞬けばぽろぽろと雫が溢れ出る。
頬を撫でる夏川晴史の指先が、温かい雫で濡れた。
「生きたいって、怖いって、言って良いんだよ、萩沙ちゃん」
「う…あ、あぁー…」
決壊した涙腺は塞き止め様も無く氾濫し、涙に釣られる如くみっともなく嗚咽が漏れた。
嗚咽と共に、言葉迄、引き擦り出される。
夏川晴史に縋り付きかじり付いて、撫でる手に促される儘、涙を言葉を零した。
「うっ、あ、死に、たくっ…ない、っふ、死にたく、ない。ひっく、い、生きた、い…あ、ぅう」
「うん。そうだね。良いんだよ、其で」
「こ、わい…ひっ…く、ぅぁ、うっ、怖、い。死にたく、うっ、く、ない…」
「大丈夫。頑張ったね。大丈夫だよ」
流した涙のあとを埋める様に与えられる言葉。普段なら、白々しい、子供扱いするなと、苛立ちを募らせただろう慰めが、今は酷く胸に染みた。
段々と言葉は不明瞭になり、単なる嗚咽と呻きになっても、夏川晴史はわたしの背を撫で、良いんだよ、大丈夫、頑張ったね、偉いね等と、穏やかに慰めを吐き続けた。
わたしが泣き疲れて微睡み始める迄、夏川晴史は忍耐強くわたしを抱き締め撫で続けて居た。
「萩沙ちゃん、無理しなくて良いんだよ。おれが守るから。誰が何て言っても、おれは萩沙ちゃんが大事だから」
最後に耳に入った其の言葉が、眠る直前に耳に入ったものか、寝入った後の夢なのかは、わからない。
聞く機会も無く病室に連れ戻され、目覚めて自己嫌悪に陥ったから。
拙いお話をお読み頂き有難うございます
涙脆いのは自覚無く擦り減ってるからです
本来の萩沙ちゃんなら此処迄弱くないはず
萩沙ちゃんの消耗度合いが末期気味ですが
お話もクライマックスが近付いてたりします
完結迄微力ながら力を尽くしますので
最後迄お付き合い頂けると嬉しいです




