第二十九話 壊れてるんです
今週二度目の更新です
前話未読の方は其方からどうぞ
目覚めれば、良くわからない計器が並べられた部屋だった。
高度治療室、だろうか。
お腹がじくじくするし、右手首も痛い。右目も、なんか変な感じだ。
持ち上げた右手は何だか大仰な手当てが為されて居た。
「お早うございます」
「おはよーございます?」
声に反応して目を向ければサクラさんだった。
わたしの右手首を見て言う。
「剥離骨折と靱帯損傷です。どれだけ気合い入れて引っ張ったのですか」
「…腕を、千切ろうと…」
働かない頭の儘答える。
サクラさんがわたしの顔に視線を移して、眉を寄せた。
「自分を傷付けるのは、意外に難しいものですよ。コンタクトだって入れられないひとが居るでしょう。自分の目を刺し潰すなんて、そう簡単に出来る事ではないです」
「…わたし、壊れてるんですよ」
横っ腹ぶっ刺したからだけれど、精神科に無理矢理連れ込まれる程度には、危ない行動を取る人間だ。
死ぬ度胸は無くても、死なない程度に自分を傷付けるなら簡単に出来るのだ。
特に理由が無くても、衝動的に自分を傷付けられる。
そんな人間は、きっと普通じゃないんだろう。
「一線を、越えられる人間と越えられない人間が居るとしたら、越えられてしまう人間なんです。残念ながら、ですかね?」
何の自慢にもならない自己紹介を笑顔で流し、何か感想が返る前に言葉を継いだ。
「ところで今は、何時の何時ですか?」
部屋には良くわからん機械が大量に在るくせに、時計も窓も見当たらなかった。手錠こそ無いが此処も、或意味牢獄みたいなものじゃないだろうか。
「十一月二十八日の、午前七時ですよ」
つまり、昨日の今日だ。一日寝過ごしたりせずに、腹滅多刺した翌日の朝に起きたらしい。
摂食中枢がぶっ壊れてると、こう言う時に時間の目安が無くて困るな。お腹が減らないと、時間の経過がわからない。
「絶対安静、ですか?」
「補助を受けてベッドに起き上がる位なら構いませんよ。看護師を付き添いに付けた上で、車椅子で移動するなら病院内を彷徨いても良いです」
「ああ、あんまり重症じゃなかったんですね」
頷くと、白い目で見返された。
「処置が遅ければ失血死して居ておかしくない状態でしたよ。お腹は子宮や腸まで傷付けて居て、目だって、深ければ脳に達して即死でも不思議の無い怪我です」
「其処は手加減してましたって。別に、死にたかった訳じゃないんですから」
確かに目は刺したけども、死のうとした訳じゃなく、単純にインパクト重視だ。腹を刺すより目を潰した方が、見た目に強烈だから刺しただけの話。
あー…。こう言う所が、壊れてるって思われる所以なのかな。
「死にたくない人間は普通、自分の目に刃物突き立てたりしませんよ」
「戦争に行きたくないからって、醤油を湯水の様に飲んだひとは居たでしょう」
「其は、状況が普通じゃないでしょう」
確かに。
死ねと言われて、其ならとより平穏な死因を選んだと言える。
醤油一気と前線突撃、何方が生存確率が高いかと比較したのかも知れない。
でも、其ならわたしだって。
「わたしだって、普通の状況ではないですよ」
悪徳領主の妾にされる位なら、鬼の嫁になる。
そんな感じの話だ。
「…確かに、そうでしたね」
サクラさんは溜め息を吐くと、肩を竦めて頷いた。
其の後、担当医を名乗るおばさ…ごほん、お姉さんに診察を受け、最近すっかり慣れきった点滴を腕にぶっ刺された。
どんな会話がなされたのかはわからないが佐原さんとは和解したらしく、病室内には佐原さんが居て、点滴の間話し相手をしてくれた。
此処は一昨日も運ばれた基地附属の病院で、タナカさんや夏川晴史も居るらしい。
お見舞いに行きたいとも思うけれど、現状の姿をタナカさんに見せるのは躊躇いが有る。夏川晴史だって、良い顔はしないだろう。
タナカさんも夏川晴史も命懸けで守ってくれたのに、其の献身をドブに棄てる様な愚行を犯したのだから。
でも、様子は気になる。
「…ちょろっと、気付かれない程度に様子を覗くとか、駄目ですか?」
「田中一曹なら兎も角、夏川二曹は気付くと思いますよ?」
「逆じゃなくて?」
一曹と二曹なら、一曹の方が階級は上だったと思うのだが。
わたしの疑問に佐原さんはしまったと言う顔をして目を泳がせると、小さく息を吐いてから口を開いた。
「田中一曹はまだ、起き上がれる状態じゃないので」
さぁ…っと、血液が流れ落ちる気配がした。
目と口を力無く開いて言葉を無くすわたしの肩を掴んで、佐原さんは必死な口調で言った。
「命に関わる重傷ではないんです!!ただ、鎖骨付近の骨や肋骨を幾つか折ってるから、暫く安静を言い付けられてるだけで!!普通に意識有るし、自分より白波瀬さんの心配してる位ですから!!」
触れられた肩に温かさを感じて、自分の身体の冷えに気付く。
自分しか、見えなくなる癖。駄目だ。
防弾ベストが無ければタナカさんは死んでた。危険を冒して、助けられた命だったのに。
「…タナカさんには、わたしの事は?」
「まだ、伝えて居ません」
「タナカさんの退院迄の期間は?」
「ひと月の、予定ですね」
…怪我でひと月入院って、かなり重傷、だよね?
わたしの入院は二週間だそうだ。多分、多めに期間を取られて。全治はもっと掛かるけど、全治迄入院する必要は無い。
其処迄して守って貰った結果が、此か。
馬鹿じゃないの。
「タナカさんには、黙ってて下さい。どうせ、護衛には戻れないでしょう?」
地球が滅びるか隷属が決定するかわたしが死ぬか。如何なるにしろタナカさんの復帰前に決着が見られるだろう。
なら、タナカさんが馬鹿の愚行を知る必要は無いだろう。
佐原さんは複雑そうに顔を歪めたが、頷いてくれた。
「出来る範囲では、黙秘しますよ」
「…何ですか其のビミョーな約束」
「同じ病院ですから、バレる時はバレますよ」
確かに。
暫くは病室で安静だろうけど、其の内動き回れる様になるだろう。わたしや護衛さん達が彷徨いて居たら、気付かれて何の不思議も無い。
「…病院、変えたり、とか」
「白波瀬さんの移動は安全面から見て無理ですよ。田中一曹を移動させますか?」
…だよね。
そんな感じはしてたさ。
「いえ。其処迄しなくて大丈夫です」
嘆息して、考えるのをやめた。バレた時は其の時だ。直面したら考えれば良い。
今は、そう。
此の点滴が終わったら、何をするかだ。
「病院移動は無理でも、病院内は動き回って良いですか?」
「看護師と俺の監視付きなら良いんじゃないですか?」
軽いな。佐原さん。
まあ良い。
出掛けて良いなら、出掛けよう。
「じゃあ、タナカさんの様子を覗きに行きたいです。こっそり」
「りょーかいです。なら、俺がお見舞いの振りでもしましょうか?白波瀬さんから様子を見て欲しいと頼まれたって言って。其の方が、よりバレ難いでしょうから」
佐原さんの申し出を有難く受け入れて、わたしはタナカさんを垣間見する事にした。
…包帯まみれだ。
佐原さんが扉を開けて居た僅かな時間、見えた姿に片手で顔を覆った。
胸周りは包帯かギプスか分厚く守られて、片足も動かない様に吊られて。上げられた顔にすら、何やら手当ての跡が見えた。
重傷だ。受け止めるには、重傷過ぎる。
「…わたしなんか、其処迄して守らなくても」
中から漏れる会話に紛れる様な声で、小さく呟いた。
少なくともわたし個人に、其処迄して貰う価値なんて無い。在るとすれば、犠としての価値、だろう。
わたしは犠として有用だから、こうして守られて居るのだ。
はは。馬鹿馬鹿しい。
自分で望んだはずなのに其以上其処に居たくなくなって、わたしは唇を噛み締めた。
逃避した視界にひとが入り込んで、此幸いと意識を逃がす。
見た感じわたしと同年代位の、女性だ。私服だから、お見舞いだろうか。軍人らしくない、可愛らしい感じのひとだ。
困った様に辺りを見回して…迷子?
思わず車椅子を動かして、女性に近付いて居た。
多分、其処から動ければ何でも良かったんだ。
「今日はー。お困りですか?」
女性はわたしに目を留めて、一瞬驚いた顔をした。
…直ぐに何でも無い顔を造る辺り、気遣いのひとなのだろう。
何せ片目包帯女だからね、現状のわたし。
「あ、えっと」
女性は眉尻を下げて呟き、わたしに付き添うサクラさんを見留めて表情を緩めた。
うん。病院で困った時の看護師さんの安心感は半端無いね。
「荷物を届けに来たんですが、道に迷っちゃって。夏川晴史の身内なんですが、病室何処だかわかりますか?」
…夏川晴史、つったか?今?
え?え?
もしかして、噂(?)の恋人?ちー姉さん?
「わかりますが…」
絶句するわたしを気にしつつ、サクラさんが答える。
ちー姉さんの名前、何だったっけ。美晴さんと夏川晴史から何度か聞いたはず。えーと、確か…、
「あ、そうだ。高里千明さん」
「え?」
おぉう、やべぇ、口に出てた?
慌てつつ、言い訳を組み立てる。
「あ、えっと、あの、知り合いで、夏川さんと」
「はーくんの、知り合い?」
夏川晴史、はーくんって呼ばれてるのか。
内心何だか爆笑中ながら、平静を装って答える。
「ええ。仕事の関係で少し」
「…もしかして、萩沙さん?」
「え」
今度はわたしが驚く番だった。
目を瞬くわたしに、高里さんはひとの良さげな笑みを返した。
「みーちゃん、美晴ちゃんから聞いてて。何だか随分、良くして貰ったみたいで」
やっぱり身内枠なんだなと染み染み感じつつ、サクラさんを見上げた。
「夏川晴史の病室って、此処から近いですか?」
「同じ階、ではありますね」
ふむ。
ちろりと、タナカさんの病室を見遣る。
サクラさんに視線を戻すと、口を開く前に言われた。
「看護師としてあなたから、目は離せませんからね」
何なの後藤家は。如何してわたしを先読むの。エスパー?
もう一度ちろりとタナカさんの病室を一瞥して、高里さんを見て、サクラさんに目を戻す。
「ちょろっと、夏川晴史の病室迄お散歩して来ましょう」
サクラさんがタナカさんの病室を見て、呆れた様に目を細める。
「…春田さんとやらや、弟の気持ちが今わかりましたよ」
「え?」
「いいえ。佐原さんに気付かれる前にちゃっちゃと言って帰って来ましょうか」
溜め息を吐かんばかりの顔でサクラさんに言われたものの、まあ気にしない事にして、わたし達は高里さんの案内をする事にした。
拙いお話をお読み頂き有難うございます
続きも読んで頂けると嬉しいです




