第二十八話 らしくなくは、ないですよ
自傷による怪我描写が有ります
苦手な方はご注意下さい
目が覚めれば、病室、だった。
口の中に違和感。マウスピースでも咬まされて居るのだろうか。
片手を上げようとしたら、手錠が掛かって居た。両手も、両足もだ。ふたつ繋がった輪っかの片方を自分に、片方をベッドに繋ぎ留められて、動かせない。
まるで、展翅された蛾の気分だ。
痛みは感じない。麻酔でも効いて居るのだろうか。
どれ位時間が経ったんだろう?怪我は、如何なった?
怪我を触って確かめたいけど、ベッド上で磔にされた身体に自由は無い。
唯一、自由になる頭を動かして、周囲を見渡す。
白い部屋。個室だ。ひとの姿は無い。白いカーテンで遮られて、外は見えない。
扉の向こう、磨り硝子越しに影が見える。
右側が見辛い。当然か。何となくだけど、右の瞼の感覚がおかしい。つまりもう、其処に在るべきものは無いのだろう。
「…っ!」
右手をベッドの柵に寄せてから、思いきり引き寄せた。
がきん、と耳障りな音が響く。手錠に圧迫された腕が痺れる。痛みは如何にも感じられないのだが、痣になったかも知れない。
気にせずもう一度引くと、扉が開き、ひとが入って来た。
「白波瀬さん…」
今日初めて顔を合わせる佐原さんに、目を瞬いた。
もごもごして居たら佐原さんがマウスピース(仮)を外してくれたので、疑問を口にする。
「もう、“今日”、じゃない…?」
日にちを跨いで居るのかと首を傾げたわたしに、佐原さんが首を振って答える。
「いえ。まだ辛うじて今日ですよ。二十三時です。思ったより早く、目覚めましたね」
「そうなんですか」
「ええ。全身麻酔で緊急手術でした。右目はもう戻らないと。腹部は一部臓器を傷付けて居て…子宮全摘出はしてませんが、妊娠は難しいそうです」
…知識も無いし五分五分だろうと思ってたが、届いてたのか。
ふっと、唇が笑みを描いた。
「一矢は、報いられましたね」
「身体張った一矢とか、やめて下さいよ…」
凄く、凄く痛そうな顔をされてしまった。
佐原さんが手首を見て顔色を変え、傍らのボタンを押す。多分ナースコールだろう。
「手首、血が出てますよ。…っ、済みません、此、外せたら良いんですけど、鍵を春田二佐が…」
「鬼畜だな、流石ハルタニサ鬼畜だ」
死んだ目で呟いて、起きれないか試そうとしたら止められた。
「腹筋ボロボロなんで、無理に起きない方が良いですよ。麻酔効いてて今痛くなくても、後で確実に痛いですから」
「それもそうですねー」
息を吐いて、もう一度右手を引、
「何やってんですか」
「拘束介護に対する叛逆?リストカットならぬ、リスト打撲しようかと」
「やめて下さい。後藤さんに殺される」
ベッドに横たわる女の横で、女の手を握る男。恋愛映画のワンシーンみたいだ。
女の四肢がベッドに拘束されてなければ、だけど。
引こうかなと思ったと同時に止められるなんて、佐原さんなのに後藤さんみたいだ。
きゅっとわたしの手を握った佐原さんが、わたしの顔を見る。微妙に目が合わない。
右目を、見てる?
「後藤さんに、白波瀬さんを頼むって、言われたのにな…」
「頼まれたって、」
ぽつり、と言われた言葉を問うより、部屋の扉が開く方が早かった。
「何事ですか」
わたしより幾つか年上かな位の看護師のお姉さんが、問いながら近付いて来た。
「手錠で、右手首を」
佐原さんが答えて、手首を確認した看護師さんが顔を顰める。
「だから、手錠はやめて下さいと…外して下さい」
「俺の権限じゃ…上司に連絡します」
佐原さんが携帯を出すのを横目に、看護師さんはわたしを見下ろした。
「今晩は」
「こ、今晩は?」
厳しそうな雰囲気の看護師さんに、おどおどと返答する。
「取り敢えず先生を呼んで来ますので、待って居て下さいね。くれぐれも、安静に」
「は、はい…」
歩き去ろうとした看護師さんは、電話相手と何やら言い合って居る佐原さんから携帯を奪い取ると、
「今直ぐ白波瀬さんの拘束具を外しなさい」
有無を言わせぬ口調で言い放った。
「白波瀬さんの安全?治療の邪魔です。四の五の言わず外しなさい。容態の急変でも有ったら如何するつもりですか。治療出来ずに亡くなられても構わないと?」
丁寧で冷静な口調ながら、滔々と春田さんで在ろう電話の相手を責める看護師さんに、唖然とする。
「凄…」
思わず呟くと、鳩が豆鉄砲喰らった様な顔の佐原さんと目が合った。
うん、多分わたしも同じ表情だろうね。
「…わかりました、もう結構です。ただし、退院迄あなたと白波瀬さんの面会は認めませんので。では、時間も無いので此で」
どんな会話が交わされたか不明だが会話が終わり、看護師さんは携帯を佐原さんに押し付けた。其の儘、病室を出て行く。
通話中の儘なのだろう。電話口から慌てた様な声が響く。
「電話替わりました、佐原曹長です。え?否、知りませんって…」
電話を受けた佐原さんが困った顔をして居る。
佐原さんと目が合いそうになったので、わたしは関係有りませんと言う顔でそっぽを向いた。
少し眠い。
其からも佐原さんは春田さんと話して居る様子だったが、うとうとして居たので内容はわからなかった。
知らぬ間に、眠って居たのだろう。
がきっと言う耳を刺す音で、びくりと目を覚ました。
知らず右手を持ち上げて、動く事に驚く。
「え…?」
手錠は、はまった儘。しかし輪っか同士を繋ぐ鎖が半ばで切れて居た。
「動かないで下さいね」
声に目を向けると、先刻の看護師さんが巨大なペンチを左手の手錠に当てて居た。
がきん、と手錠の鎖が強引に押し切られる。
説明も無く両手足の鎖を切った看護師さんは、わたしを見下ろした。
「部屋、移動します。高度治療室に」
「あ、はい」
反射的に起きようとしたら止められた。
「起きないで下さい。持ち上げますよ。いち、に、さんっ」
看護師さんの細腕でわたしの身体が持ち上がり、傾斜の緩い車椅子?みたいなのに乗せられた。
「え、ちょ」
「高度治療室に移して面会謝絶にします。退院迄」
「否、あの」
戸惑う佐原さんを無視して看護師さんが車椅子(仮)を押す。
「着いたら手錠外して手当てしましょうね。其の首の、悪趣味なモノも外しましょう」
確信した。強い。此の看護師さん、強い。
新たな庇護者を得て、逆に不安を覚えた。
だって、ただ知らないだけだったら?
「あの、」
「あなたの事情は聞いて居ます。ですが、どんな事情で在れ患者は患者です」
ザ・仕事人な発言にふと気になって、確認した名札には“後藤”と書かれて居た。
…まさかね。
思っても、耐えきれず問い掛けて居た。
「知り合いに、地球防衛隊員とか、居ます?」
横目で見た看護師さんは、微かながら、微笑んで居た。
「ええ。弟が」
わたしを高度治療室に運ぼうとした後藤さん(姉)は、ふとわたしの手首を見て眉を寄せた。後ろでわたわたしてる佐原さんは、依然として無きものとされて居る。
「腫れが酷いですね。骨を痛めて居るかも知れません」
「あー…思いっきり引っ張ったんで」
「手錠、気付いて居なかったんですか?」
まあ、ふつーはそう思うよね。
「いえ、気付いてましたよ」
「まさか、引き千切ろうとして?」
「そんなまさか」
からからと笑い掛けて、止める。
「否、そうですね、引き千切ろうとしたんです。手錠じゃなくて、自分の腕を」
後藤さん(姉)が、面喰らった、否、違うな。何と言うか、掏摸にでも遭ったみたいな、驚きと憤りがない交ぜになった感じの顔をした。
医療関係者としては、自傷が許容し難いのだろう。
「自分の腕を?」
「わたし、傷ひとつ付けない様に守られてたんですよね」
苦笑して、語る。
「傷ひとつ付けたくなかったらしいんです。でも、昨日、もう少しで一昨日になりますね、襲われて、で、二度と襲われない様にって、監禁されたんです」
「…先刻みたいに?」
「いえ、其の時は手錠迄されなかったですよ。ベッドしか無い部屋に、閉じ込められたんです。子供用のプレイルームみたいに、角を取って壁や床を柔らかくして、怪我しない様に細心の注意が払われた部屋に」
改めて言っても、異様な状況だ。
苦笑を漏らして、失った片目に触れる。
布の感触。包帯が巻かれてるみたいだ。
「子供なら、わかります。でも、わたし、来年には三十路ですよ?わたしの意思は丸無視でそんな所に入れられて、苛立たないはず無いでしょう?そもそも、監禁するなら自分の腹滅多刺しにしてやるって、宣言して在りましたしね」
「だから、自分でお腹を?」
ふわっと、微笑む。
とても、満足げな顔をしてるんじゃないかと思う。
何の解決にもならない馬鹿な行為でも、全力で叫ぶのは心地良い。
自傷と言う名の、叫びだったのだ。
状況は、何も変わらないけれど。
「騙くらかしてナイフを入手して、沢山の監視の中で、彼等が傷付けたくなかったものを滅茶滅茶に壊してやりました。馬鹿ですよね、後藤さん、あ、地球防衛隊員の方のです。後藤さんが居たらわたしだって、あんな暴挙不可能だったのに、自らわたしへの抑止力を、遠避けるんですもん」
お腹に触ってみようとしたら、止められた。触っちゃ駄目らしい。
「そしたら、手錠なんか、掛けるから。手錠掛けたって守れやしないんだって教えてやろうと思って。でも、止められちゃいました。後藤さんに頼まれてたんですって、佐原さん。手首の血管ぶっち切りたかったのに」
「後藤桜です」
「え?」
「私の名前」
後藤さん(姉)が、愛想の無い顔で言う。
「弟とややこしいので、私の事は桜で良いですよ」
「あ…はい」
と、唐突だな…。
サクラさんが流し目で佐原さんを見遣って、溜息を吐く。
「あなたの上司は随分…見る目の無い方みたいですね。閉じ込めて動けなくして、其で自由に出来る方か位、見極めるべきでは?そもそも何の権限が有って、彼女を拘束して居るのかも知りませんが」
「…後藤さんと、同じ事を言うんですね」
佐原さんの言葉に首を傾げた。
多分わたしは、聞いた事の無い話だ。
きょとんとした顔のわたしに気付いて、佐原さんが言う。
「昨日夜の話ですよ。護衛の交代後に白波瀬さんを基地に収容する話を聞いて、其の儘春田二佐の所に殴り込み掛けたんです。幾ら彼女が大事だからって、単なる他人でしか無いあんたに彼女を閉じ込めるどんな権限も無い。閉じ込めて守った気になって、そんなのあんたの自己満足だ。本当に彼女を守りたいなら、彼女の意志に反する監禁なんかに時間使わないで、一刻も早く彼女が自由に研究出来る状況を作れ、って」
「…らしくない」
其しか言えなかった。
らしくない。らしくないよ、後藤さん。そんな、私情に走ったみたいな行動なんて。
「らしくなくは、ないですよ」
柔らかい手が、肩に触れた。
「元々のあの子はそんな感じです。大事なものがとことん大事で、其の為なら何だってやってしまう。自分で仕事を大事にして居るから普段は仕事人間の振り出来て居ますけど、仕事より大事なものが出来れば、仕事なんか全部うっちゃって動くんです」
仕事より、わたしが大事だと?そんな馬鹿な。
きっと、えっと、そう、後藤さんはわたしに、自分を重ねてるから。
わたしはわたしで良いのだと、わたしの儘のわたしで生きて欲しいと、同情でなく言ってくれたひと。
わたしの我が儘じゃなく、自分の為に、生きて欲しいと言ってくれたひと。
わたしの為に動いた所為で遠避けられてしまった、わたしの希望。
如何してか涙が出そうになって、目を閉じた。
気を遣ってくれたのかサクラさんからも佐原さんからも話し掛けられる事は無く、気付けばわたしはまた眠りに落ちて居た。
拙いお話をお読み頂き有難うございます
度々入院して居る萩沙ちゃんですが
作者は医療関係詳しくないので
いやいや有り得ないだろうと言う事が在っても
生温い目でスルーしてやって下さいm(__)m
続きも読んで頂けると嬉しいです




