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吁、無情  作者: 調彩雨
28/43

第二十七話 さあ、実力行使を始めようか

今週二回目の投稿になります

前話未読の方は其方からどうぞ


後半がR15、自虐的暴力・グロ描写有りです

苦手な方はご注意下さい

 

 

 

 やる事が、無い。


 着の身着の儘に地球防衛軍本部へ連行されたわたしは、何をするでも無くぼんやりとベッドに腰掛けて居た。わたし用に改装されたらしい、従軍女性用宿舎の一室。荷物も奪われ、シーツも毛布も枕も無いベッド二台と空調設備だけ置かれて、必要最低限すら揃えられて居ない殺風景な部屋で、出来る事も無い。


 ご丁寧に、床には毛足の長いラグが貼り付けられ、元は鉄製で在ろうベッドも、鉄筋コンクリートの壁も、鉄製の扉やノブも、はめ殺しの窓のサッシも、クッション材で被われて固い部分は何も無い。窓すら、分厚い透明のビニールシートで補強されて居る。

 固い壁で頭を割って死ぬ事すら、許されて居ないと言う訳だ。服は脱がされなかったし、爪を剥がれ歯と舌を抜かれなかっただけ、マシと思うべきか。


 此処は、監獄だ。


 窓の外にも、扉の外にも、護衛と言う名の看守。何の配慮か部屋にこそ立ち入って来ないけれど、何か不審な物音でも立てれば、直ぐ様保護の名目で部屋に押し入って来るのだろう。

 何処かに、監視カメラが仕掛けられて居たっておかしくない。


 もう、わたし“個人”を必要としてくれるひとは、居ないのだから。


「ふっ…あ、はは」


 楽しくもないのに、笑いが零れた。


 こうして飼い殺されて、何時かわたしは犠に捧げられるのだろう。真綿で首を絞める様に、じわじわと、生きる希望を無くし、生きる気力を失って行く様に仕向けられて。


 何時かわたしが示したよりも、余程わたしを絶望させる未来だ。


 流石はエリート春田二佐。深謀遠慮も甚だしい。


「死んで堪まるか」


 死んだ方がマシかも知れない。死んだ方が世の為になる。そんなのわかってる。

 昨日だって、当て付けに死のうとした位だ。

 生きてたって、何の役にも…


「ああもう!!」


 無駄に苛付いて立ち上がり、助走を付けて振り上げた拳を窓に思い切り叩き付けた。ビニールシート越しで、ぶつけたのが拳の側面でも其成それなりに痛いが、窓自体強化ガラスなのだろう。鈍い音こそ立ったが、びくともしない。割れたら良かったのに。


 わたしの叫びと哀れな窓の訴えを聞き咎めた扉の見張りが、問答無用で扉を開けたのを睨み付ける。


「女の部屋に入るのにノックも無しとか、どんだけデリカシー無いんですか」


 吐き捨てて、見張りを押し退けて部屋を出ようとする。いとも簡単に止められた。


「ちょ、萩沙さんっ」

「煩い」


 わたしを押し込めようとする八郎さんを睨み付ける。


「刃物寄越せ刃物。有言実行しないと気が済まない」


 何時かの言葉通り、腹を滅多刺しにしてやろう。

 確実に、生殖機能を失う様に心掛けて。

 腹を刺すだけじゃなく胸もごうか。鼻を削いだり目をくり抜いても良いだろう。耳も削ぎ、髪も虎刈りにしてしまおうか。


「有言、実行…?」


 わたしの脅しを知らなかったらしい八郎さんが首を傾げる。

 …騙して、くすねられるか。


「髪切りたいんですよ。明日予約してたのに、行けなくなったから。鋏借りられませんか。無いならナイフでも、剃刀でも良いんで」

「え、自分で切るんですか?」

「頼んだら美容室行かせてくれるんですか?大学の時からの行き着けなんで、都心なんですけど」


 美容室の予約を取ったのも大学からの行き着けの美容室なのも本当だ。場所も本当。

 自分で髪を切ろうかと考えて居るのも本当だ。

 ただ、ちょっと髪以外も切ろうと思って居るだけで。


 矢継ぎ早に言い募ると、八郎さんがたじろいで目を泳がせた。


「えっと、あの、基地内に理容室、在るんで、其処に…」

「理容室?わたし一応女なんですけど?十年もお世話になってるスタイリストさんが居るんです。予約取り難いの、運良く予約出来たんですよ?やっと髪切れると思ったのに、」

「…必要なら、美容師は呼び寄せるよ。刃物は渡せない」


 …。


 何時の間に来たんですか春田さん。


「良いんですか?美容師の振りした暗殺者かも」

「十年間、美容師を続けて居る人間が?」

「忙しいひとなのに、呼び付けるんですか?」

「嫌なら、基地内の理容室で耐えて貰うしか無いよ」


 取り付く島も無い。

 本当に、此のひとは何なのだろう。


 顔を見る気にもならず、斜め右下を無意味に眺めた。


「なら、奪った荷物返して下さい。予約取り消したいんで」

「萩沙ちゃん、サバイバルナイフの携帯は、銃刀法違反だよ?」


 調べたのかよ。ストーカーか。

 勝手に荷物調べるとか、犯罪じゃないのか。捜査令状は切ったのか。


 否、撮った覚えの無い写真も持ってたな。目の前の男にとって、わたしの人権なんて塵芥ちりあくた同然か。


「サバイバルナイフ?ああ、ペーパーナイフの事ですか?見た目サバイバルナイフなんですけど、刃は無いんですよ。単なる玩具おもちゃで、切れません。勝手に荷物調べて変な言い掛かり付けるとか、良い趣味してますね」


 此も本当。護身(虚仮威こけおどし)用として、大学入学祝いに親戚のおっちゃんから貰った物だ。刃渡り十五センチ、革製ホルスター付きのなかなか本格的な見た目なのだが、切れるのは精々紙。刃先も丸く鉛筆の尖りすら無くて、気合いで突けば刺傷なら付けられるかな位の、良く出来た玩具だ。

 路上で行われて居た手荷物検査で引っ掛かって、自分の腕に刃を滑らせるパフォーマンスしたから、皮膚が切れないのは実証済みだ。


 其方はダミーで、実際に使える刃物は化粧ポーチの剃刀と、文房具入れの鋏とカッター。

 そして実は其すらダミーで、本当にあかんのはペンケースに入って居る仕込み万年筆だ。

 一見極普通の万年筆に見えるし使えもするのだが、或手順で蓋を開けると仕込まれたナイフがお目見えする。小型のメス程度の小さな刃だが、切れ味が半端無く、うっかり刃に触るとすっぱりさっくり肉が切れる。多分骨も切れる。指位なら簡単に切り落とせるだろう。大学院入学祝いにサバイバルナイフくれたおっちゃんがくれた物だ。おっちゃん、わたしを何処に行かせたいのか。


「カッターも、駄目だよ?」

「ちゃんと使い古したカッターですよ?刃を全部延ばしても、銃刀法に抵触する刃渡りにはなりません。仕事で使いますから、持ち運ぶ正当な理由も有りますし」


 最初から其の場で聞いてたのか、盗聴器でも在るのか。

 完全に腹滅多刺しを警戒して居る春田さんに肩を竦めて見せる。


「…荷物を返すのは構わないよ。十分な人数の護衛が居る所で、と言う条件は付けさせて貰うけど」

「自由権って、何なんでしょうね」

「…普通の状況で告訴すれば、萩沙ちゃんが勝てるね」


 残念ながら今は普通の状況じゃない。

 諦めろ、と言う事か。


 扨。


 此処でわたしに吉報が有る訳だ。

 後藤さんが、居ないと言う。


 護衛だらけの中と言うのは不利な状況だけれど、はっきり言って後藤さんと其以外の実力には歴然の差が在ると思う、多分。

 後藤さんが居れば間違い無く阻まれる暴挙でも、後藤さんが居ないなら或程度成功する可能性が有る。


 わたしは溜息を吐いて、春田さんを見上げた。


「何でも良いんでとっとと荷物返して貰えます?あの部屋、春田さんも入ってみると良いですよ。発狂しますから」

「荷物は返すけど、」

「携帯では予約取り消しの電話しかしません。外部に助けを求めたり現状を広めようとしたりしません。他に何か文句有りますか」

「否…手配するから、部屋で大人しく待ってて」


 春田さんは逃げる様に立ち去り、其の場には八郎さんだけが残る。

 扉の監視はひとりだけ、か。


 八郎さんには目も向けず、わたしは部屋に戻ろうとした。


「…萩沙、さん」

「大丈夫ですよ」


 掛けられた声音から言いたい事を予測し、先んじて答えた。


「確か言ったと思うんですけど、覚えてません?あなた達は敵だって。最初から此っぽっちも信じてませんでしたから、裏切ったとか気に病む必要在りません。あなたに守ってとお願いしましたけど、ごめんなさい、あなたに守って貰えるなんて、ハナから思ってませんでした」


 彼がわたしを守ると言った時、失敗した、と思ったのだ。善良な人間に、守れない約束を結ばせた、と。

 其の時点でわたしは八郎さんの事を、まるっきり信じてなかったと言う事だ。


 振り向いて見た八郎さんは、やっぱり泣きそうな顔をして居た。


 笑って見せる。


 笑って見せる事が出来た自分に、励まされた。笑えるなら、まだ大丈夫。


「八郎さんの責任じゃないんです。あなたは仕事で、上司の決定には逆らえないんだから。悪いのは八郎さんじゃなくて、守れない約束を結ばせたわたしです」

「でもっ…後藤二尉はっ」


 うん。後藤さんについてはわたしも驚きだったよ。

 切り捨てられる程食い下がったらしい事も、春田さんが後藤さんをあっさり切り捨てた事も。


 でも、後藤さんがやったから八郎さんもならう必要なんて、存在しない。


「後藤さんは後藤さん。八郎さんは八郎さんですよ」

「でもっ」


 あー、後藤さんが居たらきっと今頃鉄拳制裁してくれてただろうになぁ。

 本当に、惜しいひとを亡くした。


 後藤さんが居ないから、わたしがさっくり行くしか無いじゃないか。


「ちょっと、黙りましょうか八郎さん」


 笑顔の質が変わったであろう事に気付きつつ、あくまで静かな声を出す。


 元来わたしは短気で攻撃的、優しさのひと欠片も持ち合わせない性悪なのだ。


 うだうだうだうだうぜぇ、って思っても、仕方無いよね?ね?


「先刻からうだうだと何がしたいんですか?謝りたい?責められたい?許されたい?面倒臭い。あなたよりわたしの方が余程辛い状況だってわかってます?あなたが自分勝手に後悔して謝罪して免罪符貰って。あなたは其で満足して自分慰められるんでしょうけど、あなたのエゴに付き合わされるわたしには、何の得も無いんですけど。あなたが後悔すればわたしは解放して貰えるんですか?あなたが謝ればわたしは犠候補から外して貰えるんですか?何の力も無いくせにうじうじと、うっとおしいんですけど」


 うん。

 やべぇ、ちょっとすっきりした。


 ストレス発散って大事だね!八つ当たりしてゴメン、八郎さん!

 ちょっと前向きな気持ちになったよ。


 長く深く息を吐いて、わたしはにこやかに微笑んだ。


「まあ、女ひとり相手に八人掛かりで取り囲ませようって言うどっかの地球防衛軍二佐に比べれば、全然うっとおしくない位の可愛いものですけどね」


 わたしの荷物を護衛のひとりに持たせて来た春田さんに、とびきりの厭味を。


 さあ、実力行使を始めようか。




 わたしの一挙手一投足に、周囲のひとびとが気を張って居る。

 少し、愉快な状況だ。


 まず携帯を取り出し、予約取り消しの電話をする。春田さんの指示でスピーカーモードだ。ヤンデレか。

 偶然にも馴染みのスタイリストさんが出て、少し雑談した。

 行けなくなったと伝えると残念がって、何時でも待ってると言ってくれた。コミュ障のわたしでも気楽に話せる、気の良いおねーさんだ。


 其の後、ペンケースと便箋代わりのレポート用紙を取り出す。


「…手紙書くんで、読まないで下さいね」


 B5の横書きレポート用紙に書くのは、遺言だ。おっちゃんに貰った万年筆を握って、当たり障りの無い文章を書き綴る。先ず母に、其から父に。

 何不自由無く育てて貰った事に感謝し、親孝行出来ない儘死ぬ事に謝罪する。


 内容を盗み見たらしい悪趣味な奴が、気不味げに余所を向いた。


 時々ペンを置いて手首を回したり首を回したりしながら、弟と妹にも書く。

 ろくな姉ちゃんじゃなくてごめん。父さん母さんを頼む。家族と、幸せに暮らして欲しい。


 長時間の緊張はやがてダレる。

 内容が内容だけに、居た堪れなくもなるだろう。


 気が散り始めた監視の中で、おっちゃんにも遺言を書き始めた。


 おっちゃんがくれた万年筆、凄く役立った。


 同じ様に休む振りをして、蓋を閉じた万年筆を取り上げる。ふーっと息を吐きながら蓋を回し、誰に止める間も与えず右目に突っ込んだ。


 鋭い刃は、ぷつ、と軽い音を立てて眼球を破裂させた。


 周囲が、呆気に取られて居る間に、出来る限りを。


 椅子を蹴立てて、薄くなった腹に万年筆を突き立てる。何度も。

 火事場の馬鹿力だろうか。誰かに腕を掴まれたけど、振り払って自分の下腹を滅多刺しにした。


 書いたばかりの手紙に、赤いインクが飛ぶ。

 誰かが何か言ったけど、耳に入らなかった。


 自殺するつもりは無い。死にたいなら、目をもっと深く刺せば良かったんだから。

 四分の一自殺位の、軽い自傷だ。


 わたしは、狂ったのだろうか。

 自分の手で自分の肉に刃を突き立てる、其の感触が心地良かった。


 無論、長くは続かない。

 恐らく数分と経たずわたしは拘束され、血濡れた手から血(まみ)れの万年筆が落ちた。芸術品みたいな万年筆だったのに、真っ赤だ。

 おっちゃんも、こんな用途は想定してなかっただろうな。


 此方を見る春田さんと目が合って、わたしは嗤った。声を上げて、嗤った。


「言いなりになんて、なりませんよ、春田さん」


 けたけたと、或は、くすくすと。

 痛む腹も気にせず嗤って吐き捨てた。


「言ったじゃないですか。監禁するなら、自分の腹滅多刺しにしますって。精々大事な犠が、死なない様に頑張って下さい」


 わたしを拘束する誰かの手は、強張って居た。

 気持ち悪いだろう。不気味だろう。自分で自分を滅多刺しの血みどろにして、笑ってる女なんて。


 其すらおかしくて、わたしはまた嗤った。潰れた目から、血か何か、生温いねばついた液体が溢れ、涙の様に頬を流れる。


 世界が踊る。潰れたのは右目だけなのに、左目の世界も無惨に歪み、真っ赤に染まって居た。

 右も左も、痛みも苦しみも、わからなくなった。


 何がなんだかわからなくなった中で、ひとつわかった事が酷く愉快で、嗤いが止まらなくなる。


 吁、素敵な事が証明されたじゃないか。


 神様気取りの、奴等の弱点。


 やっぱり奴等は、空の見えない所は監視出来ないのだ。


 狂った様に、否、正に狂って、笑い声を吐き出しながら、わたしは赤く澱んだ意識を手放した。






拙いお話をお読み頂き有難うございます


済みません

下手すると襲撃回より悲惨な状況に…orz


元々は後藤さんが止める予定だったのですが

思いの外主人公に絆された(かも知れない)後藤さんが

春田さんに逆らって切り捨てされたが為に

萩沙ちゃんの暴挙を止められる人間が消えました

結果大惨事になって…ごめんなさい


此以上の惨事は本当に無いので

続きも読んで頂けると嬉しいです

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