第二十六話 あなたもわたしに死ねと言うのか
先週四回更新して居ます
以前のお話を未読の方は其方からお読み下さい
短めですが鬱展開ですのでご注意下さい
今迄も何度か死ぬかもと思った事は有った。
自転車で飛び出しして轢かれかけたとか、出張先の外国で紛争に巻き込まれたとか、希硫酸作ろうとして間違って濃硫酸に水投入したとか、友人の悪戯で突然口にサルミアッキを投げ込まれたとか。因みにサルミアッキを投げ込んだ友人には、後日被害者の会を結成し割り勘でドリアンを送り付けた。シュールストレミングで良くない?って言ったら全力で止められた。
人間生きて居れば死ぬ思いの一度や二度や其以上位経験する。
けれど、個人宛に明確な殺気を向けられ発砲される経験は、生憎と持ち合わせて居なかった。
…昨日迄は。
「…仕事、行かなきゃ」
ベッドから起き上がり着替えようとして、手が止まる。
玄関を開けたら、撃たれるかも知れないのに?
仕事場の誰も、わたしを待って居ない。春田さんが何かしたから口に出さないだけで、皆…。
手が震え脚が萎えて、其の場にしゃがみ込んだ。
何事かと近付こうとした護衛の椎垣さんを、片手を挙げて押し留めた。
挙げた手は、震えて居た。
昨日は大丈夫だったのに、今更怖くなるなんて。
つまり結局昨日一日、わたしは冷静なんかじゃなかったって事か。
今更、今更理不尽な状況が、こんなにも堪えるなんて。
幾らでも代わりの居る、大した価値を持たない人間。そんなの、わたしじゃなくたって居るじゃないか。
なのに。
なのに何でわたしだけ、生きている事を責められなきゃいけないんだ。
零れかけた涙を、歯を食い縛って押し留めた。今泣いたら、駄目だ。折れる。
第一、泣き腫らした顔では仕事なんか行けない。声こそ掛けて来ないものの朝日奈は、まだわたしを気に掛けてくれて居るのだから。
他は皆、刺々しい視線を投げるばかりだけど。
吁、同情を貰える程に周りと親しくなれなかった、其こそわたしの罪なのかも知れないけれど。
生きたいと思うのは、生命の性でしょう?あなた達が生きたいと願う様に、わたしだって、生きたいと願うんだ。
だから。
「わたしは、生きる」
他の何を犠牲にしたとしても。
小さく呟いた声が、椎垣さんに聞かれたかはわからない。
萎えた脚を震える手でぶん殴って立ち上がった。
乱暴に寝間着を脱ぎ捨て、着慣れた仕事着に袖を通す。
わたしは生きる。だから、休まない。
顔を上げると椎垣さんが心配そうな目で此方を見て居た。
「おはよーございます」
ちらりと視線を向けて、扉に向かう。
「あっ、お、お早う、ございます、…」
背中に掛けられた何か言いたげな声に、振り向かない儘扉を開けてトイレに向かう。何時も通りに、朝の支度を済ませる。
洗顔と化粧を済ませ冷蔵庫から取り出すのは、何時も通りのゼリー飲料。
インスタント珈琲をぶち込んだ牛乳をレンジに掛けながら封を切ってくわえる。
いまだに此の時間の此だけ、胃が受け付ける食べ物。
其でも拒絶しようとする胃に無理矢理押し付けて栄養を流し込んで収めさせて、振り向く。
「今日は、椎垣さんだけですか?」
昨日なんか驚きの八人体勢体制だったと言うのに、如何したんだろう。昨日の今日で一人とか、ついに見捨てられたかな?
後藤さんや八郎さんにも見捨てられたんなら、辛いなぁ…。
椎垣さんは目を泳がせて、口籠もった。
「いえあの、」
「結那ちゃんだけじゃないよ。僕も居る」
椎垣結那一曹に代わって答えたのは、
「…春田さん」
朝から無駄にイケメンな地球防衛軍二佐だった。朝日の似合う爽やかさだ。残念ながら、今日は曇りの様だけれど。
曇りの日でも相変わらずのイケメン振りに、眉を寄せて言う。
「其はまた、重役待遇ですね」
「うん。…ごめんね萩紗ちゃん」
「へ…?」
春田さんが唐突にわたしに近付いて、腕を掴んだ。
「なに…?」
「君の保護が決定した。拒否権は、無い」
…ホゴ?
わからない。
カレハ、ナニヲ、イッテイルノ?
「別に、護衛なら今迄だって…」
「そうじゃない」
何で、何で腕を掴んでる春田さんが苦しそうな顔をするんだ。
「君以外に打開策が見付からない以上、君を失う訳には行かないんだ」
わからない。ワカラナイ。
春田さんが、何を言って居るのか理解出来ない。
掴まれた腕が痛い。
壁に寄り掛からないと、立って居られない。
吁、わたしは早く、仕事に行かなくちゃいけないのに。
やりたい研究が、まだ有るのに。
「申し訳無いけど、君の身柄は地球防衛軍で預からせて貰う。滞在地を基地内の宿舎に移して、外出は、許可出来ない」
駄目だ。其じゃ、仕事が、研究が出来ない。
其に、そうだよ、
「後藤さんは?」
顔を上げて、掴まれて居ない方の手で、春田さんの服を掴んだ。
「後藤さんは、外出禁止にはしないって」
「ああ。随分粘ってたね。あまりにも反対するから、君の担当から外したよ」
「そ…んな」
掴んだ手から力が抜け、下に落ちる。
顔も上げて居られなくなって、俯いた。
後藤さんは、わたしに残った最後の希望だったのに。
事務的な春田さんの声が、項垂れたわたしの頭に降りかかる。
「研究所の許可は、もう取り付けて有るから」
そうだね。別にわたしが居なくても、研究は回るもんね。
わたしは別に、必要な人間じゃない。 換えの利く、パーツの一つ。
現状なら寧ろ、居ない方が研究所の為になる位だろう。わたしが居るだけで、其の場の空気が悪くなるのだから。
「勿論休職中の生活は保障する。手当も付ける」
幾ら生活を保障されても手当が付けられても、無期限で休んだりしたら研究所に居場所が無くなる。ただでさえ二度も入院して休んだ上、皆から嫌われてるのに、更に無期限休職なんてしたら帰って来る事が、出来なくなる。
仕事を失ったら、生きて行けない。
生きて、行けないのに。
力が入らなくて、腕を掴まれた儘ずるずると座り込んだ。 不思議と涙は出ずに、笑って春田さんを見上げた。
吁、なんて滑稽なんだろう。
撃たれてから初めて会ったと言うのに、此のひとは気休めの一言すらくれなかったじゃないか。
当然だ。身体が軽傷のみなのはとうに知れているはずなのだから。
彼はわたしの心が傷付こうと何だろうと、犠として無事なら其で良いのだから。
わかってた事じゃないか。最初から。
幾ら表面で、わたしの味方を装って見せても、根底では、
コノヒトハ、ワタシノミカタジャナイ。
「春田さん…あなたも、」
綺麗事並べたて見せたくせにあなた迄、他のひと達と同じ様に、
「わたしに死ねって、言うんですね…」
あなたもわたしに死ねと言うのか。
拙いお話をお読み頂き有難うございます
此の展開は比較的初期に決めて居たので
やっと辿り着けて安心しました
展開が暗くて申し訳無いですが
最後迄お付き合い頂けると嬉しいです




