魔王VSゼノドラグス
目の前では、ユウナの想像を遥かに越えた次元の戦いが繰り広げられていた。
ゼノドラグスもマオさん達も、その速さは目で追うことすらできない。
残像が空気を裂き、一拍遅れて衝撃波が肌を叩く。一撃一撃の威力も桁外れで、壁も地面も豆腐のように易々と砕け散り、足元の石畳がめくれ上がって飛礫となって降り注いだ。
魔法に至っては、威嚇や囮に放つ軽い一発ですら、上級魔道士が全魔力を込めた一撃に匹敵する。
腰に下げた魔力感知器が、ピーッ、ピーッ、と悲鳴のような警告音を上げていた。
針は端まで振り切れ、赤いランプが狂ったように明滅している。
自分で作った装置が、ここまでの魔力に耐えきれずに悲鳴を上げるのを、私は初めて見た。
あまりに別次元の戦い。
喉は渇ききり、膝が小刻みに震えていた。
このゼノドラグスとの戦いに、自分が役に立てることなど何一つない。その事実を、痛感させられていた。
刺青の男はサムライのトシキさんと激しく斬り結び、ゼノドラグスの女はマオさんと対峙している。
視界の端では、トシキさんと刺青の男の刃がぶつかるたびに、火花が花火のように散っていた。
ジークは、ションさんがまた人質に取られないようにと、私達と一緒に戦いを眺めていた。
「やっぱりゼノドラグスってのはすごいんだな。マオちゃんが少しばかり苦戦するなんて」
ジークは緊張感のない表情で言う。
まるでマオさんの勝利を確信しているかのように。
その間にも、マオさんは鞭の動きを見切れずにいた。
ヒュッ、と風を裂く音が鳴ったときにはもう遅い。蛇のようにしなる、鱗模様の黒い鞭が死角から襲いかかり、乾いた破裂音とともにマオさんの身体を打ち据える。服が裂け、血の筋が宙に舞った。
「きゃはははは!
さっきのションを助けた男が、あんたのこと舐めんなとか言ってたけど、全然たいしたことないじゃないの!」
甲高い笑い声が戦場に響く。
だが、マオさんは打たれた頬から垂れる血を指で拭い、口の端を吊り上げた。
「あら、そう?
ならそろそろ少しだけ私の力を見せてあげようかしら」
マオさんがニヤリと笑った。
「今まで本気じゃなかったっていうの?
強がりを!これでもくらいな!」
またも鞭が唸りを上げて襲う。
が、それをマオさんは完璧に避け切った。鞭の先端が、マオさんの髪の毛一本分の距離を通り過ぎていく。
「なにっ!?」
ゼノドラグスの女は続けざまに鞭を振るった。右から、左から、頭上から、足元から。四方八方から襲いかかる鞭の嵐の中を、マオさんは舞うように、すべて紙一重でかわしていく。
靴先が床を軽く蹴るたびに、鞭の風圧に遅れて、髪がふわりと揺れた。
「あんたの鞭の動きは変幻自在だからね。
鞭の動きや軌道を予測して避けようとするから、変幻自在の動きに惑わされて攻撃を受けてしまう。
だから私は鞭の軌道や動きの固定観念は捨てて、向かってくるものだけを避けるように考えを変えたの」
「くっ!だがそんなに何度も避けきれるものか!?」
「ふん。もう避ける必要もないわね」
その瞬間、異変が起きた。
マオさんに向かって一直線に走っていた鞭が、直前でぐにゃりと身をよじったのだ。まるで鞭自身が意思を持ち、マオさんを恐れて避けているかのように。
マオさんはその場に立っているだけ。それなのに、鞭は何度打ち込まれても、ことごとく虚空を切り裂くばかりだった。
「貴様!何をした!」
ゼノドラグスの女の表情が一変した。余裕の笑みが消え、瞳に初めて焦りの色が浮かぶ。
「さっき攻撃をくらったときに、私の魔力をちょっとその鞭に忍び込ませたのよ」
「なんだって!?」
「それにしても騙されたわ。というか意外だったわ。
まさかその鞭が、魔法伝導と魔法増幅の性能を持ってるなんてね。
魔法伝導で風魔法を付与して、その風の力で鞭の動きを操ってたのね」
「くっ。気づいてたのか!?」
「魔法伝導率は武器の素材に大きく左右されるし、魔法増幅率も、素材の潜在能力を鍛冶屋の呪法で引き出して初めて宿るもの。
でも一体どうやって、その革の鞭に魔法伝導と増幅を付与したのかしら?
鉱物にしか魔法伝導は宿らないと思っていたけど」
「ふん。簡単な話だ。
この革は最初から魔法伝導と魔法増幅を付与されている素材なのだからな」
「なに?!」
「この鞭は神獣ユルムンガンドの皮で出来ているの。
神獣は神から与えられし無限の魔力で動く生命体。
それ故にその身体から取れる素材には無条件で魔法伝導と増幅が付与されてるのよ!
しかも、かなり高性能のね!
私のこのユルムンガンドの鞭は魔法伝導率90%、魔法増幅率80%よ!
鞭の動きは見切られても、私はこの鞭を装備しているだけで魔力が80%も増す!
そんな軟弱な剣しか持たない牝豚が、ゼノドラグスである私に勝てると思っているのか!?」
言い終わるが早いか、ゼノドラグスの女の姿が掻き消えた。
消えたとしか思えない超速の移動。次の瞬間、女はマオさんの背後に現れ、巨大な火球を至近距離から叩きつけていた。
熱風が荒れ狂い、私のところまで焼けつくような熱気が押し寄せる。
マオさんは振り向きざま、即座に紫の火球を放った。
紫炎と紅蓮の炎が空中で激突する。
ドオォォォォォン!!
鼓膜が破れそうなほどの大爆発が起き、衝撃波が地面を走った。
私は思わず腕で顔を覆い、足を踏ん張って吹き飛ばされまいと耐える。
気づくと、ジークが片手をかざし、私とションさんの前に、淡い光の壁を張っていた。
もうもうと立ち込める爆煙。
その煙に紛れて、今度はマオさんが敵の背後を取っていた。魔力を込めた剣が、白く輝きながら弧を描いて振り下ろされる。
だが敵も紙一重でこれを躱し、躱しざまに雷属性の矢のような魔法を放った。稲光を纏った矢が、空気を焦がしながらマオさんに迫る。
マオさんはそれを片手で弾き飛ばした。
バチィッ、と火花が散り、弾かれた雷は遠くの壁に突き刺さって石壁を粉々に砕く。
間髪入れず、今度はマオさんが闇属性の魔法を放った。黒い奔流が地を這うように女へ襲いかかる。
ゼノドラグスの女はすぐさま魔法壁を展開した。
闇と壁が衝突し、ガラスを爪で引っ掻くような耳障りな音が響き渡る。壁に走った亀裂が瞬く間に広がり、ぎりぎりのところで闇は霧散した。
その後も、息つく暇もない攻防が続いた。
女が鞭を槍のように突き出せば、マオさんは剣の腹でそれを受け流し、懐へ踏み込んで斬り上げる。女は宙で身を翻して躱し、天井の鉄骨を蹴って、頭上から火球の雨を降らせた。
剣と鞭がぶつかり、火花が散る。炎が炎を呑み、雷が闇を裂く。目まぐるしく位置を入れ替えながら、二人は人智を超えた応酬を繰り返す。
魔法のぶつかり合う爆音が何度も何度も響き渡り、戦場の空気そのものが悲鳴を上げていた。
「くそっ!なんでそんな武器しか持ってない牝豚が、ユルムンガンドの鞭を持っているゼノドラグスの私と互角なんだ!!」
肩で息をしながら、女が叫ぶ。
「簡単な話よ。
元々の魔力が私の方が強いのよ」
「私はゼノドラグスだぞ!
私より魔力の強い者なんているわけがないんだ!」
女は激昂し、持っている魔力を全て手元に集中させた。
大気が震える。集まった強大な魔力から、バチバチと青白い電光が弾け、女の長い髪が逆立った。足元の地面が、魔力の圧力に耐えかねて蜘蛛の巣状にひび割れていく。
「くらいな!私の雷の極大魔法を!
ヴェルドラグナ!!」
女が魔法の名を叫び、魔力を解放した。
その瞬間、世界から色が消えた。目が眩むほどの閃光が視界を白く塗りつぶし、轟音とともに超速のビームがマオさんへと襲いかかる。
「ダークマター」
マオさんは静かに呟いた。
相手が魔力を溜めている間に、マオさんもまた同様に魔力を練り上げていたのだ。マオさんの掌から、すべての光を呑み込むような漆黒のビームが解き放たれる。
白と黒。雷光と闇。
二つの極大魔法が正面から激突した。
ズガガガガガガガッ!!
ぶつかり合う中心点で、空間がねじれ、悲鳴のような轟音が鳴り響く。衝撃で周囲の瓦礫が宙に舞い上がり、私は立っていることもできず、ジークに支えられながら必死に目を開けていた。
ジークの張った光の壁が、ミシミシと悲鳴を上げている。
「私のヴェルドラグナが押されているだと!!」
女は歯を食いしばり、更に両手に魔力を込める。額に血管が浮き上がり、全身が震えた。
が、それでもマオさんのダークマターの威力が優っていた。漆黒の奔流は、じりじりと、しかし確実に白い雷光を押し返していく。
ダークマターは相手の極大魔法を飲み込み、そのままゼノドラグスの女に直撃した。
「ぐわぁーーーっ」
断末魔の絶叫とともに、巨大な爆発が巻き起こった。
爆風が吹き荒れ、地面が揺れ、天地が逆さになったかと思うほどの衝撃が全員を襲う。
凄い。
あのゼノドラグスを…倒した?
しかし、ダークマターの爆発の粉塵が晴れていくと、そこにはボロボロになりながらも、なお立っているゼノドラグスの女の姿があった。
「ほぅ。私のダークマターを受けて消滅しないとは。流石だな」
マオさんが目を細めた。
ゼノドラグスはドラゴンのような強靭な肉体を持っていると聞いたが、まさか極大魔法まで耐えられるなんて…。
とはいえ、もうあの女の体はとても戦えるような状態ではない。膝は震え、鱗のように硬いはずの皮膚は裂け、全身から血と煙が立ち上っていた。
「くっ……。牝豚の分際で!
神に等しき私達に逆らうなんて…」
「ふん。
さっきから牝豚、牝豚ってうるさいんだよ!!
あんたが本当の牝豚になってごらんなさい!!」
マオさんが手をかざし、光の球体の魔法をゼノドラグスの女に叩きつけた。
光の球体は女の身体を包み込み、まばゆく脈動を始める。
「こ……これは、強制変身魔法!!
だが、こんなものは効かんぞ!!
弱体化魔法や、相手を変身させる魔法は相手との魔力差がかなりなければ効力を発揮しない!!
あんたと私にはそれを成立させる程の魔力差はないはず!」
「そうね。このままじゃ効かないかもね」
マオさんはそう言うと、自分の服の胸元に手を突っ込み、そこから緑色に輝く石を取り出した。
「これは魔晶石といってね、ルクス族の魔力増幅の魔法が詰め込まれているの!
1回しか使えない物だけど、その増幅率は私の剣やあなたの鞭を上回るわ!」
そう言うと、緑色の石が眩く光り始めた。
澄んだ翠の輝きが脈打つように強まり、その光に反応するかのように、ゼノドラグスの女にかけられた魔法の光も、ぐんぐんと強くなっていく。
「これで終わりよ!」
「くっ……まさかゼノドラグスの私が…
こんな…牝豚に……
ぐわぁーーーっ!」
ゼノドラグスの女にかけられた魔法が、視界を焼き尽くすほどの閃光を放った。
私は思わず目を閉じる。
閃光の光が消え、恐る恐る目を開けたとき、そこには1匹の、15センチ程の小さな黒豚が、ぽつんと震えていた。
「どう?自分が牝豚になった気分は?本当はこの石使わなくても余裕で勝てたんだけどね。あなただけはルクスの想いが込められたこの石を使って倒したかったのよ」
マオさんはニヤリと笑った。




