ムラサメとション
他愛のない会話をしているうちに、遂にコンテストが始まった。
1人、2人と発表が終わってゆく。
6人目の発表が終わった時、控え室内にM&Sの秘書が駆け込んできた。
「みなさん!大変です!
ション会長が……。ション会長がゼノドラグスに誘拐されました」
控え室内が一気にざわついた。
「一体何が!?」
M&Sの制服を着た男が、秘書に尋ねる。
「開会のセレモニーが終わった後に、特別審査員室に行こうとした時にゼノドラグスが現れて、攫われたんです。
サムライが何人か警護についていましたが、全く歯が立たずにやられてしまいました。
今は他のサムライが、会長の捜索に当たっています。
とにかく1人でも多く人手が欲しい状況です」
「くそっ!!こんな時に……。私達も探しに行きます!」
M&Sの社員は全員、控え室から飛び出して行った。
3年に1回の大事なコンテストを棒に振ってまで、会長を探しに行くM&Sの社員達を見て、ションさんがどれだけ尊敬されているのかがうかがえた。
「ジークさん!マオさん!ゼノドラグスですって!私達も助けに行きましょう!」
「えぇー。めんどくさいから嫌だよー。
ションさんとは数分話しただけで、そんなに面識も情もないしねー」
ジークは鼻をほじりながら言った。
この人は本当に勇者なのか……。
「それよりユウナ!お前はいいのかい?
このままじゃ憎い敵が、お前を認める前にいなくなっちゃうぞ?」
ジークがユウナさんに問いかけた。
「ユウナさん!お願いします。私達に力を貸してください。
あなたなら、会長を探し出すこともできるでしょう?」
秘書が涙目で懇願した。
「ふん。父をM&Sから追い出したあんな非人道的な人、どうなろうと知ったことじゃないわ。
私は今は、目の前の発表で手一杯なのよ」
ユウナさんは相変わらず装置をいじっている。
すると秘書が、ユウナさんの元に近づいてきた。
「ユウナさん」
秘書は力強く名前を呼ぶと、機械をいじる手を握り、作業を無理矢理中断させた。
「あなたは、ション会長のことを勘違いされています…」
「勘違いですって?」
「あなたのお父さんは、ご自分でM&Sを出て行かれたのです。
ション会長は、本当はあなたのお父さんに、M&Sの会長職についてもらおうとしていたんです」
「ふん。そんなこと、誰が信じるものですか!」
ユウナさんは秘書の手を振り払い、作業を再開する。
「あなたは、小さくて覚えていないかもしれませんが、小さい頃に、大きな病を患っていたのです」
「それは私も知っているわ。何の病気だったかは知らないけどね。だから私は、もう二度と病にかかるまいと、今でも毎日体を鍛えているの。それがどうしたのよ!」
秘書は一度、深く息を吸った。
「あなたは生まれた頃から、体の機能が発達しきる前に、沢山の機械の排気や化学物質、魔力に囲まれた環境で育ったことによる、呼吸器系の病だったのです。
ムラサメ様は自宅でも様々な研究をしていて、自宅内もそういった環境にあったので、そのせいで、あなたは大病を患いました」
ユウナさんの手が、ぴたりと止まった。
「この病は、進行すると呼吸器だけでなく心臓にも影響を及ぼし、命に関わります。
治すためには、そういった環境から離れて、空気の綺麗な場所でしばらく療養するしか、当時は方法がありませんでした」
控え室は、しんと静まり返っていた。
「ムラサメ様は、ひどく後悔しておられました。
愛する娘を、自分の研究のせいで苦しませていると。
しかも会長職を引き受ければ、分単位で仕事のスケジュールが入り、病を患っているあなたと一緒にいる時間が取れなくなってしまいます。
だからムラサメ様は、M&Sを出て、空気の良い山奥に、あなたと2人で移り住まれたのです
ション会長は、ムラサメ様がM&Sを出られた後も、ムラサメ様とユウナさんを、とても心配しておられました。
一緒に頑張ってきた一番の親友と、その娘さんですからね。
それに、ユウナさんが病を克服したら、ムラサメ様にM&Sに戻ってきてもらいたいという願いもあり、私達M&Sの社員は年に数回、会長の指示で、あなた達の生活をこっそりと見に行っていました。
しかし運命は残酷で、あなたの病が治った時には、今度はムラサメ様が、不治の病に冒されていたんです」
「そ……そんな話。信じられるものですか!!」
ユウナさんは、声を震わせながら言った。
「本当なんです。
ション会長は、ムラサメ様の病を知った時に、一度だけあなた方の住む山に向かい、ムラサメ様とお会いされました。
ムラサメ様が亡くなった後は、ション会長がユウナさんの面倒を見たいと。
しかしムラサメ様は、その気持ちはありがたく思われたようですが、お断りになりました。
また昔の環境に戻って、ユウナさんの病気が再発することを恐れて…」
秘書はハンカチを取り出し、涙を拭いながら語り続けた。
「それならせめて、と、ユウナさんが1人で不自由しないだけの資金の提供を、ション会長は申し出ました。
ムラサメ様の電話やテレビ、車の功績は、我がM&Sの根幹ですから、それを受け取る権利がムラサメ様にはあると。
ムラサメ様はユウナさんのことを考えて、それをお受けし、遺産として遺すことにしたんです。
もっとも、血は争えなかったみたいで、あなたはムラサメ様とション会長の意思とは逆に、その遺産で科学技術者として研究を始めてしまいましたが…」
「そんな……。じゃあ、お父さんが山小屋に移ったあとに、研究をろくにしないで玩具のようなものを作ってたのは…」
「ユウナさんの為です。
あなたとの時間を大切にしたいから、あなたの為に玩具を作ってあげたんです。
本格的な研究は、ユウナさんの病気を悪化させてしまうかもしれないから、出来なかったんです」
「私が研究に使ってきたあの遺産は、元々はションさんが……私のことを想って……」
ユウナさんは、言葉を失ったまま、立ち尽くしていた。
秘書は、胸元から、古びた1通の封筒を取り出した。
「これは、ムラサメ様がション会長に宛てて書かれた手紙です。
会長がずっと大切にしまっておられたもので、今日のコンテストが終わったら、ユウナさんにお渡しするつもりだと、私が預かっていました」
ユウナさんは、ゆっくりと手を伸ばして、封筒を受け取った。
便箋を取り出し、素早く目を通してゆく。
手紙に何が書かれているのかは、私の位置からは分からない。
ただ、読み終えたユウナさんの横顔から、迷いが消えているのだけは分かった。
ユウナさんは手紙を作業着のポケットにしまうと、手に持っていたスパナを、床に置き、控え室を駆け出して行った。
「やれやれ。
ションさんには面識も情も殆どないけど、ユウナにはうちらを元の世界に戻す研究をしてもらわないといけないからな。
うちらも行くか」
そう言ってジークは、控え室から歩いて出て行った。
ったく。この人は……素直じゃないな。
私は微笑みながら、ジークの後を追った。




