ジャカンはいい国、一度はおいで
長い船旅も終わり、ようやくジャカンにたどり着いた。
船は、『タテハマ』という港街に着いた。
デッキから見えたタテハマの港は、これまで見たどの港とも違っていた。
岸壁には大型の客船が何隻も並び、その向こうには、ガラス張りの高い建物が、朝日を受けてきらきらと輝いている。
石畳の通りには瓦屋根の木造の家々が肩を寄せ合い、軒先に吊るされた赤い提灯が、潮風に揺れていた。
古い街並みと、見たこともない最先端の建物が、当たり前のような顔で同居している。
街は多くの人で賑わっていた。
私達は、何かジーク達が元の世界に帰る手掛かりはないかと、街の人に話を聞いて回った。
とはいえ、情報収集はなかなか進まなかった。
なぜなら、この街があまりにも面白すぎたからだ。
パルさんに聞いたとおり、この国は魔力を応用した科学技術が進んでいる。
広場の中央では、魔力を活用した巨大な立体映像が空中に浮かび、ニュースを流していた。
遠方の人の姿や声を送る、テレビというものらしい。
「うわっ、人が宙に浮いてる!?」
リガンが目を丸くして、映像の下をぐるぐる回っている。
「俺たちの世界にも、こんなのはなかったな」
ジークが腕を組んで、感心したように言った。
「魔界にもなかったわ。魔力をこんな風に使うなんて、考えもしなかった」
マオさんも、珍しく素直に驚いた様子で、映像を見上げている。
遠くの人と会話ができる電話という機械もある。
通りの角には小さな箱のようなものが置かれ、人々が受話器を耳に当てて、誰かと話をしていた。
そして、車。
鋼鉄で出来た馬車のような乗り物が、馬もいないのに、ゴォォと低い音を立てて、通りを走り抜けていく。
まだ作れる技師が少なく、ジャカンの中でも少ししか出回っていない超高級品らしいが、その速さと滑らかさは、馬車とは比べものにならなかった。
初めて見るものばかりで、私達4人は途中、目的を忘れて観光を楽しんでいた。
全員が子供のようにはしゃいでいた。
昼になり、私達は街の人に勧められた、港沿いの寿司屋に入った。
木のカウンターに並んで座ると、職人さんが目の前で手際よく握ってくれる。
大きな手でさっと握られたごはんの上に、薄く切った生魚がのせられ、私達の前にそっと置かれた。
「これは、魚を…生で、ですか?」
リガンが耳をぺたんと伏せて、皿の上の寿司を恐る恐るのぞき込んでいる。
「騙されたと思って、食べてみな」
ジークはすでに一貫を口に放り込んでいた。
私もマグロの握りを一貫、口に運んだ。
舌の上でとろけるような脂の甘みと、ほのかに酸味のある米が、口いっぱいに広がっていく。
生魚特有の臭みはまったくなく、海の香りだけが鼻の奥にふわりと残った。
「おいしい……!」
リガンも意を決して食べると、ぴんと立てた尻尾が、ふりふりと揺れた。
だがその直後、
「ん゛ん゛ーーっ!!!」
リガンが鼻を押さえて、のけぞった。
握りの間に仕込まれた、鮮やかな緑色のワサビが、鼻に抜けたのだ。
獣人で鼻の利くリガンには、きつすぎたらしい。
「だ、大丈夫ですか!?」
「は…鼻が…ツーンって……」
涙目で悶絶するリガンを見て、ジークは腹を抱えて笑っていた。
「それがうまいんだよ!」
寿司は、忘れられない程の美味しさだった。
それ以外にも、ジャカンは他の国とは明らかに異なる文化、生活水準を有していた。
海に囲まれた島国ゆえに魚が豊富に採れ、海のミネラルを多く含んだ土壌や、山から採れる野菜も格別に美味しかった。
夕方まで情報収集を続けたが、ジャカンに着いたその日にはめぼしい情報は得られず、私達は『旅館』と呼ばれる温泉付きの宿屋に泊まった。
この国は温泉資源も豊かで、数多くの温泉宿泊施設がある、世界でもトップクラスの温泉大国だと、女将さんが自慢げに話していた。
その晩、マオさんは大浴場から戻ってくると、これまでに見たことがないほど、ほくほくとした顔をしていた。
頬は桃色に染まり、浴衣姿で髪をおろしている。
「…悪くないわね、この温泉というやつは。
露天風呂とやらは、星を見ながら入れるのが良い」
マオさんは上機嫌になっていた。
翌日になり、私達はまた街に出て情報収集を始めた。
しばらく街で色んな人の話を聞いていると、私達は、電話や車という技術を発案したという、ションという人物の情報を手に入れた。
早速、私達はそのションさんに会いにいくことにした。
ションさんに会うのは困難を極めた。
ションさんは、これだけの技術を発案し、実現した、世界一とも言える科学技術者だという。
ジャカンの技術者と魔法科学者を1000人集めた『M&S』という会社の会長をしているらしく、その生活は多忙を極め、分単位でのスケジュールで動いているために、時間がなかなか取れない。
M&Sの本社は、街で一番高い、ガラス張りのビルだった。
何度も面会の申し入れをしたが、会社の受付で当然のように断られた。
それでも私達は諦めずに何度も面会の申し出をし、ようやく面会の許可がおりた。
だが、不審者を会わせるわけにはいかないと、面会のためのセキュリティーチェックは念入りに行われた。
私達は2日後の午後に13分だけ面会の約束を取り付けることができた。
そして2日後。
私達は、ションさんが会長を務める『M&S』の応接室で、面会の時を待っていた。
ガラス張りの壁の向こうには、タテハマの街と、遠くに青い海が一望できた。
革張りのソファは、座ると体が深く沈んだ。
しばらくして、恰幅の良い50代の男性と、若い女性が入ってきた。
「初めまして。ワシはこのM&Sで会長を務めている、ション・ミウラと申します。今日はどういったご用件で?」
面会の時間は限られている。
私達は簡潔に要件を伝えた。
「異世界に人を転送する方法ですか…?
残念ながら、今のワシ達には、それだけの知識と技術はないです。今から研究を始めたとしても、何年、何十年かかるかわからない。そもそもそんなことが可能なのかも…」
ションさんの言葉に私達はがっくりとした。
それはそうだ。
そんな技術があれば、既に私達の世界とジークの住む世界はとっくに繋がっているはずだ。
しばらく重い沈黙が続くと、秘書の女性が口を開いた。
「あの……ユウナさんなら、何か知ってないですかね??ユウナさんは、以前から空間に関する研究を続けていたはずです」
「ユウナくんか…。確かにあのコなら、何か手伝えることもあるかもしれんが、今は時期が時期だからのう。素直に協力してくれるとは思えんが…」
ションさんが眉間に皺を寄せた。
「あの……。そのユウナさんというのは…?」
私が問いかけた。
「天才…じゃよ。ワシを遥かに上回るね。
まだ18歳の若い女の子じゃ。
彼女の父の『ムラサメ コウスケ』はワシと共にこのM&Sを立ち上げた優秀な科学技術者でな。
父のコウスケを追い出し、ワシが1人でここまでの地位に就いたと、彼女はワシ達をとても恨んでおる。
ワシ達のことを見返してやろうと、人里離れた山奥で1人研究に明け暮れておるよ」
「会長!!追い出したなんて……」
秘書が声を荒げる。
「まぁまぁ。事実はどうあれ、結果はワシが今は1人で会社を仕切っておることに変わりはない。
お客人たちよ。あのコは今は自分の研究に手一杯じゃ。行っても無駄かもしれんよ?」
「んー。まぁどっちにしろ手掛かりは無いわけだし、ダメ元で会いに行ってみるか」
ジークが言った。




