欲しかった言葉
リガンを加えて、更にニシノ山を進んでゆく。
二時間ほど歩き、頂上を越えて下りに差しかかった頃には、空はすっかり茜色に染まり――やがて、ゆっくりと闇に飲み込まれていった。
山の夜は早い。
木々の隙間から差し込んでいた光が消えると同時に、周囲は一気に静寂と暗闇に包まれた。
「……今日はこの辺りで野宿にしよう」
ジークの提案でそう決まり、それぞれが準備に取り掛かる。
私は落ちている枝や枯木を拾い集め、焚火のための薪を組む。
リガンは森の奥へと駆けていき、木の実や果物を抱えて戻ってきた。
私が火を興すための木材を集め、リガンは木の実や果物などの食材を集めてきた。
魔王さんが、集めた木材に魔法で火をつける。
魔法って便利だなとつくづく思う。
焚火の火はゆらゆらと揺れ、私達の影を地面に大きく映し出していた。
昼間に川で捕っておいた魚を枝に刺し、火にかざす。
じゅう……と脂が焼ける音がして、香ばしい匂いが辺りに広がった。
静かな夜だった。
食事中、私はリガンにこの旅の目的や、この2人の恐ろしい程の強さについて説明をした。
「そうだったんですか!?そういう目的で旅をしていたんですね?
じゃあ元の世界に戻られたらお2人はまた敵同士で戦わなければならないのですか?」
リガンが問いかけた。
その言葉にジークと魔王の食事の手が止まった。
「その通りだ。魔族がうちら人間の世界を侵略してくる限りうちらは戦わなければならない宿命にある。魔族が侵略を止めるなら話は別だけどな」
ジークは魔王の方を見ずに、焚き火の炎を眺めながら言った。
「私達には人間界を侵略しなければならない理由がある。戦いは避けて通れない」
女魔王も焚き火を見つめながら言った。
一瞬にして和やかな夕食の場の空気が張り詰めた。
「理由だと?なんの理由があって、人々の街を襲って、罪もない人達の命を奪ったっていうんだ?」
ジークが珍しく声を荒げた。
「私は部下達に人間の命を奪うような命令はしていない。…がそういうことをした部下達が多くいるのも事実だ。
それに関しては反論の余地もない。
だが、それも仕方のないことだったんだ」
「仕方がないだと!!?
ふざけるな!何人死んだと思ってる?!
そんな言葉1つで納得できるとでも思っているのか」
ジークはガバっと立ち上がり女魔王に怒鳴りつける。
ジークは険しい表情で女魔王を睨みつけるが、女魔王は一言も発せず、数秒の沈黙が流れた。
女魔王はゆっくりと俯き、涙を零し始めた。
その涙をみて、激昂していたジークはふぅっと大きく息をして、落ち着きを取り戻し腰を下ろした。
「そういえば。うちらはお互いに勇者と魔王として殺し合いをする程の戦いをしたのに、お互いのことは全く知らないな。
その仕方ない理由ってなんなんだ?」
ジークが優しく問いかけた。
一息ついてから魔王は今の魔界の置かれている状況について語り始めた。
「私達魔族は今、種族の存続に関わる問題に直面しているのだ。
ジーク。お前も魔王城に来たから分かると思うが、魔界は陽の光も差さず、大地は枯れ果てた不毛の大地だ。
その原因が「魔素」と呼ばれる魔界特有の空気に含まれる成分のせいだ。
魔素が雲を黒くし、常に陽を遮り大地や自然の実りを枯れさせる。
魔素は軽い毒のような物なのだ。
私達魔族の身体能力や魔力が高く、寿命が長いのも、この魔素の毒素に対抗するために遺伝子が進化したものだと考えられている。
小さい子供では魔素の毒素に耐え切れず、幼児の死亡率がとても高く、種の存亡に関わるので、少しでも成人した者達が長く生き、種を存続できるようにと。
だが、そんな私達の進化にも限界がきた。
ここ数年、魔界の魔素の濃度がどんどん上がり始めたのだ。
魔素の毒気にやられて死亡する者も増え、死亡までは至らぬものの、魔素の毒素の作用で神経に異常をきたし凶暴化し、魔族同士での殺し合いを始めたり、魔界は血で血を洗う時代を迎えてしまった。
だから私達は魔素のない人間界に住む場所を求めて移住の計画をたてたのだ」
「だったら何故侵略なんだ?
和平の道だって…」
「和平なら持ちかけた!!
人間の全ての国の王達に順番に懇願をした。
我ら魔族の住む土地を少しでもいいから分け与えて欲しいと!!
種族を守るために土地を分けてくれるなら、我ら魔族は何でも力になると。
だが、どこの国の王も答えは
魔族が自分の領土にいるのは不安で仕方がないから無理だ。
魔族と人間の共存が無理なのは歴史が何度も証明している。
邪魔な魔族がなんの労もせずに根絶やしになってくれるとは有難い。
そんな答えばかり。
誰も真剣に取り合ってくれなかった。
だから、私達魔族は魔族が住むだけの土地を求めて人間へ侵略という道を歩むしかなかったのだ。
とはいえ、あまり人間達とも大きな揉め事は起こしたくなかったから、人間の命は奪わないよう命令をしていたのだが、魔界の魔素で凶暴化していた者達は、私の命令を無視し次々に人間達を虐殺してしまい、人間達の怒りを買い、全面戦争にまで発展してしまったのだ。
私とて争いなしで、民を守れるのであれば、あんな争いはしたくなかった。
だが民を、種を守る為にはあれ以外に方法がなかったのだ。
もう争いは大きくなりすぎた。
後戻りは出来ない程に……。
人間か我ら魔族か、どちらが滅ぶかしかないのだ」
魔王はポロポロと涙を流し、小刻みに震えながら語った。
「知らなかった。お前達魔族がそんなことになってたなんて。
魔王であるお前がそんな強い信念を持って戦っていたなんて。
どおりで強いわけだ」
ジークはそう言った後に体を魔王の方へと向けた。
「なぁ。元の世界に帰ったら、俺とお前で人間と魔族が共存する街をつくらないか?」
その言葉に魔王は目を大きくした。
しばらく考えたあと
「人間と魔族はかつて何度も共存を試みた。だけど魔族は身体能力も魔力も人間を遥かに超えており、すぐに人間は魔族に恐怖し、争いが起きた。
各国の王達の言っていたことはその通りなんだ」
「でもそれは昔の人達の話だ。
昔の人達にできなかったからって、俺達が出来ないってことにはならないだろ。
やってみなきゃわからないさ。
それに魔族の方が優れてて、人間が嫉妬してるみたいな言い方がムカつくなぁ!
人間でも魔族とも対等以上に渡り合えるって、俺が証明しただろ?」
ジークはニッカリと歯を見せて笑った。
その笑顔をみて、クールな女魔王の表情が徐々に崩れ、涙が頬を伝ってゆく。
そのまま今まで固く閉ざしていた扉がゆっくりと開くように、女性らしい声をあげて泣き始めた。
きっと魔王は
ずっと誰かにこの言葉を言ってもらいたかったんだ。
本当は誰かに甘えたかったんだ。
それでも一族の抱える問題を王として全て1人で背負い込み、人間達に見放され、ずっと孤独に闘ってきたのだろう。
きっと彼女は甘えたい気持ちを心の中の箱にずっとしまってきたんだ。中身がパンパンになって箱の蓋が勝手に開きそうになっても、自分は王として凛としていなければならない。弱みをみせてはいけないと、その箱が開かないように鎖でぐるぐる巻きにしていたんだ。
いまジークがその箱に巻きついていた鎖を断ち切って 箱の中にあった女魔王の気持ちを外に解放してあげたんだ。
しばらく女魔王は声をあげて泣き続けた。




