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もう戻ることはありません! 〜 実家と婚家で冷遇されてきた地味令嬢は、辺境伯領で薬学の知識を振るいます 〜  作者: 鳴宮野々花


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59. 怒り

「……は?」


 突然言われた言葉の意味が分からず、私はつい素っ頓狂な声を上げる。

 けれど父はやけに焦った様子で、周囲をちらちらと見回しながら、苛立たしげに言い募る。


「新薬の製造に、大きな問題が出ておる。効率を重視し、新しく雇った責任者に生産体制を任せていたのだが、品質の劣化が著しく、各所から苦情が相次いでいるのだ。取引の打ち切りも後を絶たない。このままでは、ローゼンは終わりだ」


(……やはりそうなってしまったのね)


 懸念していた通りの結末となったことを知り、私は嘆息した。上質な薬を作るためには、綿密な工程と整った環境が必要だと、私はあれほど説得したのに。フリッツ一家だって、最後の最後まで領主である父に抗い、薬の品質を保つために進言を続けてくれていたのだ。

 それらの訴えをことごとく退けてきたのは、他ならぬ父だ。

 

「辺境伯閣下に願い出て、帰省しろ。もちろん、理由は伏せてだ。新薬の製造方法やコツは、お前が一番よく分かっているだろう。元々お前が作りはじめたのだから。一度ローゼンの薬草事業を立て直し、それからリングレンに戻れ」

「お断りします」


 考える必要もなかった。

 きっぱりと断った私の顔を、両親は信じられないというように凝視してくる。

 母が低く声を震わせた。


「リエラ……! あなた、お父様のお話が分からないの? このままでは、もうローゼンは立ち行かなくなってしまうわ! 実の娘なのだから、助けるのが当然でしょう!?」

「お言葉ですが、お母様。私はもうローゼン男爵家の娘ではなく、リングレン辺境伯夫人です。夫に理由を偽って長期間実家へ戻るなど、できるはずがありません」

「な……! 手を貸そうという気持ちにもならないのか! 現場を回していたフリッツ一家もいつの間にかいなくなり、もう後がないのだぞ!?」

「フリッツ一家でしたら、今はリングレンの工房で働いてくれていますわ。お父様に解雇されて困り果てていたのを、レオン様が雇ってくださいました」

「な……!! 何だと……!?」

 

 私が口を開くたびに、二人はわなわなと唇を震わせながら、目を吊り上げる。

 怒りに満ちた表情で詰め寄ってくる二人を前にしても、私の心は冷めきっていた。

 きょうだいの中で私一人を冷遇してきたのは、あなたたちではないか。

 見た目が地味で良縁は望めないからと、私をたった一人領地に残し、兄と妹だけを王都へ連れて行き、お金と手間をかけて育て。

 私が良薬を開発し領地の事業に貢献しても、認められることはなく、政略結婚でフェルナーへと嫁がされた。

 そこで冷遇されながらも、歯を食いしばって頑張っていたのに、マチルダとニルス様の要望一つで呆気なく離縁させられた。そして今度はすぐさま、リングレンへ行けと命じられた。打ちのめされている私の気持ちなど、ほんの少しも気遣ってくれることもなく。

 さらに今、実家の事業を立て直すために戻ってこいと言うのだ。自分たちの都合が全て。冗談じゃない。

 こうして久しぶりに再会しても、私を気遣う言葉の一つさえもない。ただ、自分たちの要求を突きつけ、命じてくるだけ。

 家族からの愛情など、とうの昔に諦めていたはずなのに、心が凍っていくような感覚がする。

 けれど両親は、もちろん私の感情などおかまいなしだ。

 父は私を睨めつけ、怒りを押し殺すように深く息をついた。

 

「……リエラ。お前の持つ知識と技術は、私が学校に通わせてやったからこそ身に付いたものだ。そのおかげでお前はリングレン辺境伯に気に入られ、何不自由ない暮らしができている。親への感謝の心がわずかでもあるのならば、ローゼンのために多少の労力を割くことなど当たり前だろう!」

「……お父様。何をおっしゃっているのですか」

 

 無意識のうちに、そんな言葉が口をついて出た。

 よくも今さら、こんなことが言えたものだ。

 理不尽さに、お腹の底が怒りで震える。

 

「学校に通えたことについては、感謝しております。たとえ家の中で兄や妹に比べて私の待遇だけが極端に悪くとも、おっしゃる通り、今の幸せがあるのは、あの頃得た知識のおかげです」


 私がそう言うと、父と母の目が光った。口を挟む暇を与えず、私は言葉を続ける。


「ですが、学んだ知識を生かし、薬草を扱う技術として磨いてきたのは、私自身です。学校での授業を受けただけで、誰もが私と同じ薬を作れるようになるわけではございませんわ」

「な……! お、お前……!」

「それに、私が今リングレン辺境伯領で生産している薬やクリームは、全てリングレンの地で採れた薬草や花を使っているからこそ作れたものです。作業場所となる工房も、人手も、資金も、すべてレオン様が用意してくださいました。ローゼン男爵領の薬草や作業小屋、職人たちを持ち出したわけではありません。……あ、フリッツ一家は別ですよ? お父様が解雇した後に、レオン様が雇ったのですから」

「リエラ……!! あ、あなたって子は……!! どうしてそんなに可愛げがないの!?」


 母が頬を痙攣させ、こめかみに青筋を浮かべている。

 けれど、私は怯まなかった。間違ったことは言っていない。

 間違っているのは、この人たちだ。

 私は深く息を吸い、はっきりと言った。

 

「ローゼンの利益のためにと、私を他家へ差し出したのは、他ならぬお父様ではありませんか」

「……っ!!」

「その私が、これまで懸命に学んできたことを嫁ぎ先で活かし、ようやく役に立てるものを作るようになった途端、今度はローゼンに戻ってこいとおっしゃるのですか? それはあまりにも筋が通りませんわ」


 そう言い切った途端、父の表情が一変した。目を剥き、顔全体を紅潮させ、今にも怒声を叩きつけんばかりの形相で私を睨みつける。

 ひっぱたかれるかもしれない。そう覚悟した、その時だった。

 低く凛とした大きな声が、回廊に響いた。


「そこで私の妻に何をしている」




 

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