56. 突然の接触
私に何か話しかけようとしていた父たちだったけれど、レオン様のおかげで会話を交わさぬまま立ち去ってくれた。少しほっとし、私はその後、レオン様やユリアーネ様たちのそばで他の列席者との歓談を楽しんだ。
やがて国王陛下の締めのご挨拶が終わり、王族が全員退席される。それに続き、列席していた貴族たちも帰路につくために動きはじめた。それぞれがボールルームから退場していく。
私は最後まで多くの女性たちに声をかけられ、親交を求める挨拶を受けた。レオン様に話しかける貴族たちも何人もいたけれど、彼は決して私のそばを離れなかった。
挨拶の隙間を縫って、テオ先生が私たちに、小声で話しかけてくる。
「母上が疲れ切っているので、私たちは一足先にタウンハウスに戻りますね」
「ああ。母上を頼む」
レオン様が答えると、彼は軽く頷き、「ではリエラさん、また」と声をかけてくれた。
ボールルームから出て行くテオ先生とユリアーネ様の後ろ姿を見送っていると、また別の人が、レオン様に声をかけた。
「失礼いたします、リングレン辺境伯閣下」
その人の姿を見て、私はかすかに緊張した。王家の侍従の服装だったからだ。
レオン様が顔を向けると、彼は非常に美しい礼をとった。
「国王陛下が、お帰りの前に少しお時間を頂戴したいとの仰せでございます」
「……陛下が?」
レオン様はそう声を漏らすと、私に向き直る。
「リエラ、すまないが、奥にある控え室で少し待っていてくれるか」
「もちろんです、レオン様。どうぞ、いってらっしゃいませ」
国王陛下のお呼びと聞いて、引き止めるはずがない。レオン様は小さく頷くと、私の耳元に顔を寄せる。
「ゆっくり座って、果実水でも飲んでいるといい。手短に切り上げて戻ってくるよ」
「そ、そんなお気遣いは結構ですので……!」
(本当にすごいな、レオン様って……。国王陛下から直々にお呼び出しを受けているというのに、特別なことだとも思っていなさそうだわ……)
滅多に領地を離れないとはいえ、王国の重鎮だからこういった状況には慣れていらっしゃるのだろうか。
普段通りの落ち着いた様子に、感心してしまう。
「リエラを頼む」
「承知いたしました、旦那様」
私の後ろに控えていた侍女が、レオン様の声かけにそう返事をすると、彼は侍従とともに去っていった。
「では、リエラ様、控え室に」
「ええ」
私も侍女を伴い、ほとんど人のいなくなったボールルームを後にした。
けれど、その先の回廊は、帰路につく貴族や、その従者たちでごった返していた。
外套を抱え早足で歩き回る侍女たちに、馬車を出す順番を確認している従者たち。ご婦人やご令嬢、酔いの回った紳士たちが、あちこちで立ち止まって話し込んでいる。
私は思わず足を止め、周囲を見回した。
(うーん……、レオン様がどのくらいでお戻りになるかは分からないけれど、お疲れのはずだし、合流したらすぐに帰れるよう準備しておいた方がいいわよね……)
そう思った私は、小声で侍女に問う。
「ね、控え室って、奥に見えているあの部屋かしら? 手前に侍従の立っている……」
「さようでございます。事前に確認しておりますので、間違いございませんわ」
「そう」
ほんの少し考え、私は彼女に告げた。
「すぐそこだから、私、先に行っておくわ。出入り口がだいぶ混み合っているから、あなたは先に、レオン様の外套と私のショールを取ってきてくれる? それと、馬車の確認もお願い」
「承知いたしました、リエラ様。すぐに戻りますので」
そう答えた侍女がクロークの方へ向かうのを確認し、私は奥の控え室へと歩きはじめた。部屋は廊下の先に見えているので、もうすぐ一休みすることができる。歩きまわったり踊ったりで、足はすっかり疲れ切っていた。
けれど、途中で先ほど挨拶を交わしたご令嬢に呼び止められた。彼女は何人かの友人と一緒にいて、気付けば私はまた取り囲まれてしまっていた。
「リエラ様……! 今日はお会いできてよかったですわ」
「ね、リングレン辺境伯閣下って、とても素敵なお方ですのね……! 誰よりも凛々しくて、美しかったわぁ……。皆見惚れておりましたのよ」
「これまで出回っていた噂って何だったのでしょう? アテにならないものですわね。まさかあれほど素敵な殿方だったなんて……!」
「リエラ様と並ぶと、本当にお似合いのご夫婦でしたわ!」
「リエラ様が羨ましいですわ!」
若い女性たちの活力はすごい。こんなに長時間の宴の後だというのに、顔中をきらきらと輝かせながら、高い声でキャッキャと喋り続けている。主にレオン様について。
(私も同年代のはずなんだけどな……。不慣れだからかしら。彼女たちほどの元気は全然残っていないわ……)
若干引きつった笑みを返しながら、私は今後の親交を求める彼女たちの言葉に頷き、どうにか解放されたのだった。
(や、やっと休憩できる……!)
控え室の目の前まで来た時、私は安堵して深く息をついた。中には誰もいないかしら。ここって、辺境伯家専用の控え室なのかな。
勝手の分からない私は少し不安になりながら、扉の前に立つ侍従の方へと向かって歩く。おそらくもうすぐ、私の侍女も戻ってくるだろう。
ところが、その時だった。
私の右腕が、突然誰かに強く摑まれた。
その乱暴な力に驚き、心臓が大きく音を立てる。
(……っ!?)
息を呑み振り返ると、そこに立って私を見下ろしていたのは、ねっとりとした笑みを浮かべた男だった。
「ようやく一人になったな、リエラ」




