53. 接触
立て続けに三曲も踊り、私とレオン様はようやくダンスを終えた。
音楽が止み、周囲で踊っていた人々がフロアから下がっていく中、割れんばかりの拍手が耳をつんざく。誰に向けられたものなのだろう。
レオン様の手に引かれ歩きながら、私の頭は急速に冷えていった。
(……ひ、非日常が、私をおかしくしてしまった……!!)
初めての王宮。緊張と興奮の連続。さらにレオン様のエスコートでとても楽しいダンスタイムを過ごし、私はこの上なく高揚していた。ロマンチックな光景と雰囲気に呑まれ、気付けば私はレオン様に、愛の告白をしてしまっていたのだ。
(ど……っ、どうしよう。ものすごく恥ずかしい……!)
心臓は今日一番の激しい鼓動を打ち、もはや脈打つたびに痛みを感じるほどだ。全身がかっかと火照り、レオン様の顔が見られない。以前テオ先生から、時々自分の気持ちを伝えるといいという助言は、たしかにいただいた。けれども……!
(こんなところで……。なんて大胆不敵なことを、私ったら! ……でも、ちょっと待って。レオン様は少しも変な顔をせず、私もだよ、って……。き、気付かれてないのかな、もしかして。何か、違う意味にとられた……?)
ではレオン様の言葉は、どういう意味合いなのだろうか。一人混乱していると、いつの間にかレオン様はテオ先生とお話しをしていた。
「いやぁ、見事でしたね。さすが兄上。久しぶりのダンスだったのでは? 全然なまっていませんねぇ」
「この大舞台でリエラに恥をかかせるわけにはいかないだろう。私のことより、お前はどうなんだ。誰か誘ったのか」
「私もちゃんと踊りましたよ。他家のご夫人方と。リエラさんの美容クリームは非常に評判がいいようでしたので、私からも何人かに宣伝しておきました」
「あ、は、はい。ありがとう、ございます……」
私が無意識にそう返事をする横で、レオン様がため息をつく。
「ご夫人ではなく、どうせならご令嬢方を誘えばいいだろう……」
「屋敷の財布を預かり、社交界への影響力がより大きい方に広めるのが、得策でしょう?」
「いや、クリームの話ではなくお前自身の話をしているんだ。全く……」
二人がそんな会話を交わしている間に、気付けば私たちの周囲には、再び人だかりができていた。
「リエラ様、ごきげんよう。とても素敵なダンスでしたわ……!」
「はじめまして、リエラ様。少しお話しをさせていただいてもよろしくて?」
「え、ええ、もちろん。はじめまして」
様々な年代の女性たちが、期待に満ちた目で私を見つめ、距離を詰めてくる。
挨拶を受け、話をしているうちに、皆がリングレンの美容クリームの愛用者であったり、その評判を耳にして興味を持った令嬢たちであったりすることが分かった。
(これは、またとない機会よね。資産や影響力の大きいご夫人方、ご令嬢方にうまくアピールすることができれば、リングレン産の新薬やクリームを王国中に広めることだってできるはず……!)
近くでは、レオン様が案の定どこぞの紳士に声をかけられ、新薬に対しての質問に答えている。
テオ先生だって、ダンスの合間にも宣伝してくれていたというではないか。私も頑張らなければ。リングレンのために……!
ひそかにそう決意した私は、周りを囲む女性たちから、新薬や美容クリーム、薬草工房のことなどを尋ねられ、一つ一つ丁寧に答えていった。
気付けば緊張も薄れ、会話を楽しむ余裕さえ生まれていた。
「リングレンの美容クリーム、本当に肌がしっとりするのよ。あれほど高品質のものは、これまで使ったことがなくて、驚きましたわ」
「ありがとうございます。リングレンは寒冷地ですので、冬期の乾燥がひどくて。そんな時期にも使いやすいようにと、何度も試作を重ねた結果、辿り着いたものなのです」
「そのお若さで、あんなにも素晴らしい品物をお作りになるなんて。感心いたしましたわ」
「光栄です。工房の作業員たちが日々頑張ってくれているおかげです」
「今後は他にも、新しいお品物を作るご予定などはございますの?」
「ええ。まだかなり先になるとは思いますが、いずれは化粧品などにも着手できればと……」
「「「まぁ……!!」」」
私の返事に、女性たちは一層目を輝かせる。
和気あいあいとした楽しい雰囲気の中、そんな談笑をしている時だった。
ふと、人垣の向こうに視線を向けた私は、思わず息を呑む。
ローゼン男爵一家とフェルナー伯爵家の面々が、強張った表情でこちらへ歩いてきていたのだ。先ほどは気付かなかったが、そばには兄もいる。相変わらず影の薄い人だ。
真っ先に声をかけてきたのは、父だった。
盛り上がっている輪を乱すように、ご夫人や令嬢たちの間を割って入る。
「失礼。彼女と話をさせていただきたい。そこにいるのは、我が娘です」
(お……、お父様……)
強引に進み出てくる父に、ご夫人や令嬢たちは皆眉をひそめ、離れていく。なんて失礼極まりない態度だろうか。ローゼン男爵家は、今日この場に集まっている中でも最も家格が低いはずなのに。
目の前に立った父の背後には、私の全身を舐めるように見る母とマチルダ。その目には、なぜだか怒りのようなものがこもっている。
フェルナー伯爵夫妻やニルス様、それに兄も、その後ろからこちらをじっと見ていた。
「リエラ……」
久しぶりに間近で対面した父は、以前よりずっと痩せていた。落ち窪んだ目は濁っていて、クマまである。強いアルコールの匂いが、鼻をついた。
父や家族の不穏な目つきにうっすらと恐怖を感じながらも、私は再会の挨拶をしようと唇を開いた。
けれど、その時。
(……っ!)
突然肩を抱き寄せられ、思わず息を呑む。
隣を見上げると、レオン様がまるで射抜くような眼差しで、父のことを見据えていた。




