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もう戻ることはありません! 〜 実家と婚家で冷遇されてきた地味令嬢は、辺境伯領で薬学の知識を振るいます 〜  作者: 鳴宮野々花


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52. あなたと踊る夜

 その後すぐに晩餐会の開始が告げられ、貴族たちは侍従の案内に従い、会場へと移動を始めた。

 案内された先は大広間と同じくらいの広大な会場で、巨大な長テーブルがずらりと並んでいた。

 けれど、その壮観な光景に感心していられたのも束の間だった。

 着席した私たちの周囲の席には、公爵家や侯爵家など、高位貴族の方々ばかりが座ったのだ。

 誰もが私と新薬に対して興味津々といった様子で、料理が運ばれてきている間、様々な質問は途切れることがなかった。

 私は食事を味わう余裕もないまま、必死に受け答えを続けることになった。

 けれど、隣にいるレオン様や反対隣のテオ先生が、絶妙なタイミングで救いの手を差し伸べ、私が答えやすいように助けてくれていたので、とても心強かった。

 絢爛豪華な晩餐会が終わると、再び移動が始まった。次に案内されたのはボールルームだ。

 そこの光景を目にした瞬間、私はまたも息を呑んだ。

 どこまでも高い天井には、巨大なシャンデリアが幾つも輝いている。磨き上げられた床は、無数の光を受け鏡のように輝きを放っていた。

 壁や柱には、色鮮やかな花々や装飾品。大きな窓の向こうには夜の庭園が広がり、月明かりに照らされた噴水が幻想的な輝きを放っていた。いつの間にか、そんな時間になっていたらしい。

 優雅な音色がボールルームに満ち、華やかな貴族たちが行き交う。まるで夢の世界のようだった。

 

(すごい……)

 

 大広間も晩餐会場も、そしてこのボールルームも。ベルティア王宮はどこもかしこも、別格の美しさだ。

 内心感嘆しながら、レオン様にエスコートされ歩いていると、ここでも何人もの貴族たちから声をかけられる。


「ごきげんよう、リングレン辺境伯閣下。妻と娘がぜひ、奥方とお話しをさせていただきたいと申しておりましてな」

「はじめまして、リエラ様」

「お会いできて光栄ですわ」


 一組との挨拶が終わると、近くで待っていたらしい他家の人々が、入れ替わるように声をかけてくる。

 少しずつ場慣れしてきた私は、彼らと挨拶を繰り返しながら、問われるがままに新薬やクリームのことについて答える。

 そうしているうちに、不意に楽団の演奏が止んだ。

 ざわめきが静まり返り、会場中の視線が中央へと集まる。

 国王陛下と王妃陛下が、フロアの中央へ進み出たところだった。

 やがて流れはじめたのは、先ほどまでとは比べものにならないほど、華やかな旋律だった。

 そうして、お二人のダンスが始まった。

 広大なボールルームにいる誰もが、静かに見守る。

 軽やかなステップを踏むお二人は、ぴたりと息が合っており、まるで一つの芸術作品を見ているかのようだ。

 やがて曲が終わると、会場中から盛大な拍手が沸き起こった。

 国王夫妻が王族席へ下がるとともに、王子殿下や公爵家の方々が、女性を伴い中央へと進み出る。


「さぁ、リエラ。私たちも踊ろう」

「……っ!! は、はい……っ」


 いよいよその時が来てしまった。覚悟はしていたけれど、ダンスに関しては何よりも自信がない。本当に、こんなところで私が踊っても大丈夫なのだろうか。


(思いきりレオン様の足を踏んでしまったり、転倒してしまったりしたらどうしよう……!)


 神にも祈る思いで、差し出されたレオン様の手に自分の手を乗せる。

 彼は相変わらず余裕たっぷりの表情で、くすりと笑った。


「リエラ、大丈夫だよ。私を信じて」

「……はい」


 この笑顔でそんなことを言われれば、素直に頷くほかない。


「周りは気にせず、私のことだけを見ていればいい。全部任せておくれ」

「……はい、レオン様」


 心強いその言葉に、胸がいっぱいになる。この方は本当に、どんな時でも頼りになる旦那様だ。

 レオン様に導かれるように、私もフロアの中央へと進み出る。……心臓が破裂しそう。本当に、この私が、今からこんな華やかな場所で踊るのだろうか。なんだか現実に起こっていることではないみたいだ。

 視界の端には、たくさんの人々の姿が映っている。けれど、私はレオン様の真正面に立ち、彼のことだけを見つめるよう努めた。

 曲が始まり、レオン様の手が、私の腰をそっと抱く。

 次の瞬間、体がふわりと浮くような感覚がし、足が自然と前に動いた。

 音楽に合わせ、たどたどしいステップを踏む。そのままレオン様に手を引かれ、身を任せていると、いつの間にか一つ一つの動きが形になっていた。ドレスの裾が、ふわりと軽やかに広がる。


(あれ……? た、楽しい……)

 

 二人の体が少し離れ、くるりと回り、また彼の腕の中へ引き寄せられるように戻る。

 その瞬間、腰に添えられたレオン様の手にわずかに力が込められた。

 回転の勢いを優しく受け止められ、そのまま自然な流れで次のステップへと導かれる。

 まるで音楽に乗り、体が自然と舞っているみたいだ。

 初めての感覚に胸が高鳴り、自然と頬が緩む。

 レオン様に身を委ねながら、まるで風の上を滑っているような心地がする。

 高揚していると、ふいに足がもつれそうになった。

 

(あ……っ)


 一瞬ドキッとしたけれど、気付けばまた体は滑らかに回転し、レオン様の腕の中にいた。

 驚いて顔を上げると、レオン様が小さく微笑んだ。

 周りから見ればきっと、二人がごく自然に踊っているように見えるのだろう。

 けれど私のダンスのほとんどが、レオン様の技巧によって支えられていた。

 彼が私の歩幅に合わせて動き、ステップが遅れそうになれば、自然な力加減で導いてくれている。次にどちらへ進めばいいのかを私が考えるより先に、その手が正しい方向へと(いざな)ってくれるのだ。


(レオン様……本当に素敵……)


 ダンスの楽しさとは別の胸の高鳴りに、頬がじわじわと熱を帯びる。


「練習の時よりも、ずっと上手だよ。どう? リエラ」

「……とても、楽しいです。気持ちがよくて、いつまでもこうしていたいくらい」


 優しい声に、素直にそう答えると、レオン様が最上級の笑顔を見せる。


「私もだよ、リエラ。何度でも言うが、今日の君はとても美しい。このまま君を、こうしてずっと独占していたくなる」

「……わ、私もです。このままずっと、レオン様を独り占めしていたい……」


 その返事が意外だったのか、レオン様の目が見開かれる。

 そして再び彼の顔に浮かんだ笑みは、先ほどよりも妖艶な気がした。

 私の腰を抱くレオン様の手に力が入り、踊りながら強く抱き寄せられる。

 息を呑むと、耳元で低い声が響いた。


「じゃあもうしばらく、こうしていよう」


 やがて曲が変わっても、レオン様は私を離さなかった。

 大きな窓の向こうに広がる、深い藍色の夜空。

 月明かりを浴びた噴水は宝石のようにきらめき、白く弧を描く水が、幻想的な光を放っている。

 そのロマンチックな風景よりも美しいのは、今目の前で、私だけを一心に見つめている、大切な人。

 シャンデリアの光を浴びてきらめく金色の髪に、深く澄んだ優しい眼差し。

 緊張など、いつの間にかどこかへ飛んでいってしまっていた。

 向かい合って踊るこの人が、ただ愛おしくてたまらなくて。

 この幸せな時間が、ずっと続けばいいのに。そう思った。

 熱に浮かされたように、魔法にかかったように、頭の芯が甘く痺れる。

 気付けば私の口からは、彼への想いがこぼれていた。


「大好きです、レオン様」


 すると彼は、わずかなためらいも見せずに答えた。


「私もだよ、リエラ」


 



 

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