51. 彼らとの再会
大広間の片隅に準備されたその場所には、色とりどりの様々な飲み物や、軽食が並んでいた。
何種類ものお酒に、果実水、それにハーブティーのようないい香りのお茶。一口サイズのパイに、小さく盛ったハムや燻製肉。チーズにナッツ、ドライフルーツや、可愛らしい小さな焼き菓子たち。
「わぁ……、すごい。美味しそうですね」
甘い香りと綺麗な見た目に、私のお腹が小さく鳴った。
レオン様は給仕から受け取った果実水を私に手渡してくれる。
「ありがとうございます、レオン様」
「うん。……じきに晩餐会が始まる。あまり食べすぎないようにするんだよ」
「ふふ。はい、分かりました」
そう返事をすると、レオン様にエスコートされながら、私は隅に置かれた椅子に腰かけた。冷たい果実水を喉に流し込むと、あまりの美味しさに深いため息が漏れた。喉が渇ききっていたらしい。
その時、給仕が様々な軽食を少しずつ載せたトレイを、私の目の前に持ってきてくれた。
「リエラ、どれが食べたい?」
レオン様が優しく問いかけてくれるけれど、甘えていいものか分からず戸惑う。
「ほ、本当によろしいのですか? 辺境伯夫人である私が、ここで何か食べても……」
「はは。そんなこと何も気にしなくていい。貴族たちの休憩のために準備してあるのだから。遠慮はいらないよ」
彼の言葉に、私はおずおずとトレイを覗き込む。
「じゃあ……、その焼き菓子を一つだけ」
「うん」
レオン様は給仕のトレイから、可愛らしい焼き菓子を二種類取り、私の隣に腰かけた。
「レオン様も召し上がるんですか?」
そう問うと、彼は首を振る。
「いや、どっちも君のだ」
「……へっ?」
思わず顔を見上げると、レオン様は目を細めて私を見つめ返す。
「持っていてあげるから、一つずつ食べるといい」
そう言うと、彼は大きな手に持った焼き菓子を私の口元に一つ差し出す。
「……あ、甘やかしすぎです、レオン様。恥ずかしいのですが……」
「大丈夫。誰も見ていないよ」
(いえ、ものすごく見られていますが!)
私にしか視線を向けていないレオン様は、気付いているのかいないのか分からないけれど、さっきからたくさんの人が、こちらの一角を遠巻きにずっと眺めているのだ。
そのまま食べさせられるのは恥ずかしすぎるため、私は口元に持ってこられた焼き菓子を両手で受け取ると、小さく口を開ける。
もぐもぐと食べる私を、レオン様は満足そうに隣で見つめている。
「……レオン様は、何か飲まれないのですか?」
「うん、私はいいんだ。もう少ししたら晩餐会の会場に移動するだろうしね」
(で、でも私には食べさせてくれるのね……)
今の状態だと、私を休憩させるためにレオン様が甲斐甲斐しくお世話をしているようにしか見えない。というか、その通りなのだけど。
こちらを見ている貴族たちは、一体どう思っているのだろうか。
二つ目の焼き菓子を食べ終え、果実水を飲み干すと、レオン様がグラスを受け取り給仕に渡してくれる。
「すみません、レオン様。お手間をかけてしまって……」
「リエラはそんなこと、一切気にしなくていいんだ。私が君を大切に扱っていることを、王国中の貴族たちに知らしめるまたとない機会だしね。君の出身を侮り、失礼な態度をとる者が決して現れないように」
その言葉に、私ははっとする。
(レオン様……。それでさっきから、私のことを甘やかして……?)
胸がじんわりと熱を帯びる。
たしかに、ずっとレオン様の隣にいるからだろうか、声をかけてくる人たちは皆とても丁寧な態度で、嫌みなことなど一度も言われていない。
私は緊張しっぱなしで自分のことで手一杯なのに、レオン様は余裕たっぷりで、私のことまでこんなにも考えてくださっている。
(うーん……。私はまだまだね……)
そんなことを思いながら、何気なく辺りを見渡した、その時だった。
視界の端に、既視感のある人たちが映った気がした。
無意識にそちらに視線を戻した私は、硬直し、息が止まった。心臓が痛いほど強く脈打つ。
(……お、お父様……、お母様……)
遠巻きにこちらを見ている貴族たちの奥の方に、ローゼンの両親の姿があったのだ。そして、そのそばには──。
(……っ!)
真っ赤なドレスをまとったマチルダに、ニルス様。そして、さらにその近くには、あのフェルナー伯爵夫妻もいるではないか。
全員が同じような表情で、私のことを凝視している。目を大きく見開き、口をぽかんと開け、呆然としている様子だった。一体いつから見られていたのだろう。
ごくりと喉を鳴らしたその時、レオン様が気遣うように私に声をかける。
「リエラ? どうした」
「……い、いえ。……あの、向こうに、家族の姿を見つけたものですから……」
たった今潤したはずの喉に、渇きを覚える。特にニルス様やフェルナー伯爵夫人からの視線には、動揺を抑えられない。
レオン様は大広間を見渡し、他の人々とは違う様子でこちらを凝視する彼らに気付いたのだろう。「……あれか」と小さく呟いた。
そして彼は、私に密着するほど距離を縮める。
「っ!? レ、レオン様……っ?」
「大丈夫だよ、リエラ。こうしてずっと、私がそばにいる」
「……はい」
慈しむような青い目で見つめられ、低く落ち着いた声が、心地よく耳に響く。それだけで、私の心は少し穏やかになった。
(……そうよね。大丈夫。私はもう、実家や婚家で冷遇されていた頃とは違う。あの人たちはもう関係ない。今日の私は、レオンハルト・リングレン辺境伯の妻として、ここにいるのだから)
レオン様の瞳を見つめ返しながら、心の中でそう自分に言い聞かせる。すると体の奥から、自信のようなものがじわじわと湧いてきたのだった。




