50. 詰めかける女性たち
その後、王子殿下や王女殿下たちの御前でどんな言葉を交わしたのかはよく覚えていない。直前の両陛下との会話をうまくこなせなかった自己嫌悪や、それによるますますの緊張で、半ば呆然としていたのだ。
けれど挨拶を終え王族席から下がると、レオン様が私を褒めてくれた。
「落ち着いてこなせていたな、リエラ。立派だった」
「ど……っ、どの辺りがでございますかっ!」
泣きたい気持ちになりながら、私は思わずそう声を上げる。
レオン様は顔を隠すように下を向き、片手で口元を隠して楽しそうに笑う。
「いや、本当によかったよ。しとやかで愛らしく、君の魅力は十二分に伝わったはずだ」
「そ……そんなことを言うのはレオン様だけです! ……きっと皆様呆れておられます。ごめんなさい、レオン様。恥をかかせてしまったかもしれません……」
すっかり元気を失った私の背に優しく手を当て、レオン様が顔を覗き込むようにして言葉を重ねる。
「そんなはずがないだろう。怪物だの悪魔だの、ろくな噂のない私の隣に堂々と立ち、このような盛大な祝賀の場に現れ、さらに国王陛下や王族の面々と挨拶を交わしたんだ。ここにいる誰もが、君に感心しているよ」
「……そんな……」
まさか、と言おうと顔を上げた私は、そのままぴたりと固まった。
大勢の貴族たちが、またも私とレオン様に注目していることに気付いたのだ。
近くに立っているご令嬢たちなどは、目をきらきらと輝かせ、今にも何か話しかけてきそうな雰囲気を醸し出している。
再び緊張し、私は喉を鳴らした。
そうしているうちに、テオ先生やユリアーネ様も挨拶を終え、王族席の方から戻ってきた。
四人で少し言葉を交わすと、ユリアーネ様は他家のご婦人から声をかけられ、お喋りの輪に入っていかれた。テオ先生も、ご友人だろうか、同年代の品の良い男性に話しかけられ、嬉しそうな表情で会話を始める。
するとそのタイミングで、一組の夫婦がレオン様と私に声をかけてきた。どうやら王国軍の上官のようで、レオン様とは面識があるらしい。
彼らが去ると、続いて高位貴族家の人が代わる代わる目の前にやってくる。
「以前より、一度ご挨拶をと思っておりましてな」
侯爵家当主にそう声をかけられたレオン様が、軽く頭を下げる。
「これはご丁寧に」
「北方の安定に尽力しておられますな。頼もしいことだ」
そう言葉を交わしている横で、侯爵夫人の視線は完全に私へと向いている。
「あなたがリエラ様ですのね。お噂はかねがね……。あのような素晴らしい美容クリームを開発されたのが、まさかこんなに可憐でお美しい方だったなんて。驚きましたわ」
「こ、光栄でございます」
(この方も美容クリームのことをご存じなのね。……ああ、私さっきから「光栄でございます」しか言えていないわ……どうしよう)
とにかく笑顔だけは絶やすまいと、緊張に頬を引きつらせながらも応えていると、侯爵夫人の娘さんやそのご友人などが集まってきて、気付けば私の周りにはきらびやかな人だかりができていた。
「リエラ様、あの素晴らしい美容クリームは、どのようなきっかけで作られましたの? あの技術はどこで学ばれたのですか?」
「王都ではまだ入手困難なのですが、今後販売数を増やされるご予定は?」
「種類は他にもございますの? リングレンの女性たちは、毎日あのクリームをお使いなのかしら? 羨ましいわ」
「……は、あの、……ええ」
(ま、眩しい……)
美しく着飾った高貴な女性たちが、私の視界を塞ぐ勢いで詰めかけ、矢継ぎ早に質問を投げてくる。さっき王族席で気力を使い果たしてしまった私は、もう頭が真っ白なのだ。一つ一つの質問に丁寧な言葉で答えねばと考えているうちに、もう次の質問が飛んできて、みっともなく口をあわあわさせてしまう。
すると、会話を切り上げたらしいレオン様がこちらを向き、私の手を自分の腕からそっと外した。そして、そのまま肩を抱くように腕を回す。
女性たちは一様にはっとした顔で、レオン様を見上げる。
するとレオン様は目を細め、優しい声で言った。
「申し訳ない、皆さん。妻はこのような公の場に慣れておらず、とても緊張していまして。少しだけ、あちらで休憩させてきてもよろしいでしょうか」
(……レオン様……)
優しい気遣いにほっとして、気持ちが少し落ち着く。
ところが、目の前の女性たちは皆、レオン様の顔を見て石像のように固まってしまった。
やがて彼女たちの頬が、赤く染まりはじめる。
そして、先ほどより高く甘い声で、次々に彼に返事をした。
「も、もちろんでございますわ! 後ほどまたゆっくりとお話をさせていただけましたら嬉しゅうございます」
「嫌だわ、私ったら、気が利きませんで。ごめんあそばせ。うふふ」
「どうぞリエラ様、あちらで辺境伯閣下とごゆっくりなさって」
おほほうふふと上品な笑い声を上げ、皆扇で顔を隠すようにしながらレオン様を一心に見つめている。
そんな女性たちに、彼は最上級の笑顔を見せた。
「ご理解いただき、感謝します。後でまたゆっくり、妻の話を聞いてやってください」
レオン様のその言葉に、女性たちは一斉に頷いた。
「もっ、もちろんでございますわぁ」
「ぜひ、ゆっくりとお話を伺いとうございます。……よ、よければ、閣下もぜひご一緒に……」
(……皆さん眩しいけれど、レオン様が一番輝いてるわね……)
うっとりとした表情で彼を見つめ続ける女性たちに背を向け、レオン様は私の肩を抱いたまま、大広間を移動しはじめた。
「……皆さん見惚れていました。レオン様の笑顔に」
歩きはじめてから小さな声でそう言うと、彼は苦笑する。
「出回っている噂がひどかったからな。案外普通の男だったと、その差に驚いたんだろう」
「……絶対にそれだけじゃないと思いますが」
こうして移動している間も、大広間のあちこちから私たちを凝視する数多の視線がまとわりつくようだ。
レオン様は全く気にするそぶりも見せず、飲み物や軽食が置いてある一角へと向かった。




