48. 集まる視線
王宮が近付くにつれ、街道を行き交う豪奢な馬車の数も、目に見えて増えていった。窓の外を眺める私は徐々に緊張が高まり、何度も深呼吸を繰り返す。午後の日差しが傾きはじめていた。
やがて馬車が、大きく速度を落とした。
「着いたよ」
そのレオン様の声に返事をすることもできないほど、私は圧倒されていた。
目の前に、巨大な白亜の王宮がそびえ立っている。
何本もの塔が空高く伸び、その先端には黄金の装飾が輝いている。
外壁が陽光を反射し、まるで建物そのものが光を放っているかのようだった。
広大な前庭には美しく整えられた花壇や噴水が並び、その先には果てしなく続く石畳の広場が広がっている。
(す……すごい……。ここが、ベルティア王宮……!)
王国中の富と権威を集めて築かれたようなその壮麗さに、私はただただ息を呑むことしかできなかった。
王宮へ続く広場には、数え切れないほどの馬車が並んでいる。
続々と降り立つのは、色とりどりの衣装を纏った貴族たち。家格の高い人たちばかりなのだろう。どの一団も堂々としており、周囲には侍従や護衛たちが付き従っていた。
「さぁ、降りるよ、リエラ」
「は……、はいっ!」
レオン様の言葉に答える声が裏返る。
先に降りた彼は、私を安心させるように優しく微笑むと、自ら手を差し出し私をエスコートしてくれた。
(……大きくて温かいな。レオン様の手……)
何度も感じてきた彼の手の温もりが、今はこんなにも頼もしい。彼のそばにいれば、きっと大丈夫だという気持ちになる。
正面玄関をくぐると、同行していた侍女が私たちの外套とショールを受け取り、クロークらしき場所へと持っていった。
豪奢な玄関ホールを抜け、大広間へと続く回廊を、レオン様と歩きはじめる。
けれど、その頃には、周囲の人々の視線がものすごく気になるようになっていた。
「……レ……レオン様……。何だか、その、ものすごく見られていますね……」
「そうかい?」
驚いたことに、レオン様は全く気にしていないようだ。
普段通りのくつろいだ雰囲気を漂わせている彼に、信じられない気持ちになる。
「レオン様はすごいです……。こんなにも大勢の高貴な方々の視線を一身に受けているのに、いつもと全然変わらない……。私なんて、注目を浴びるレオン様の隣にいるだけで、もう心臓が壊れちゃいそうです……」
気を紛らわせるために、私は小声で彼に話しかけ続ける。だってそうでもしていないと、四方八方から向けられる見知らぬ貴人たちの視線に耐えきれず、今度はここから逃げ出してしまいたくなるのだ。
するとレオン様は、くすりと小さく笑った。
「注目か……。まぁたしかに、私が王都に出てくるのは子どもの時以来だからな。一体どこの誰だろうと訝しまれているのだろう」
「う、噂とは、全く違いますものね、レオン様って」
そう同意すると、彼はこちらに身を屈める。
「だけどね、リエラ。注目を浴びているのは、何も私だけじゃない。君だってそうだよ」
「え……っ? そ、そうですかっ?」
「当たり前だろう。今日の君は、贔屓目なしに誰よりも美しい。豪華に着飾ってきているどこの名家の女性たちよりも、君の輝きは抜きん出ている。皆の目を引きつけるんだよ」
「ま……、まさか……」
さっきからレオン様は、こんなことばかりおっしゃる。
そんなはずがないのに。たしかにこのドレスや宝石たちの美しさは素晴らしいけれど、地味だ根暗だと言われ続けてきたこの私が、こんなに大勢の視線を集めるはずが……。
そう思いながら、私はレオン様にしっかりと寄り添ったまま、勇気を出して周囲に視線を向ける。
するとたしかに、どこを見ても人々と目が合うのだ。
大きく見開いた目で、こちらを注視している男性。
広げた扇の陰から、品定めをするかのようにじっと見ている貴婦人。
何人かで固まり、口元に手を当てながら、私を見つめたまま何やらひそひそと話している若いご令嬢たち。
「…………っ」
気まずさに耐えきれず、私は周囲から顔を隠すように俯いた。レオン様が小さく笑う。
「ね? 後でたくさん話しかけられるかもしれない。……はは、そんなに身構えることはないよ、リエラ。君は本当に可愛いな」
こんなにも引きつった顔でギクシャクと不自然に歩く私を見て可愛いなんて言ってくださるのは、世界広しといえどもレオン様だけだろう。
やがて私たちは、大広間へと辿り着いた。
天井まで届きそうなほど巨大な両開きの扉は、すでに大きく開かれている。扉の両脇には侍従たちが控え、その向こうには、まばゆい光に満ちた空間が広がっていた。
中にはすでに大勢の貴族たちが集まり、あちこちで談笑に花を咲かせているのが見える。色鮮やかなドレスや礼装の人々が行き交い、無数のシャンデリアの光を受けて皆の宝石がきらきらと輝いていた。
笑い声や話し声、楽団が奏でる優雅な音色が重なり合い、その華やかな光景はまるで別世界のようだった。ずっと騒がしかった私の心臓が、その光景を目前にしてますます高鳴り、もう息をするのさえ苦しい。
レオン様の腕に重ねている自分の手は、もうすっかり汗ばんでしまっていた。
(そーっと入るんだ……。できるだけ注目を浴びずに済むように……。いや、こんなにも目立つレオン様の隣にいるんだから、難しいかもしれないけど……できるだけそーっと……)
ごくりと喉を鳴らしながら、そんなことを考える。
その時、大広間の扉の前に控えていた侍従が、朗々とした声を響かせた。
「レオンハルト・リングレン辺境伯閣下、並びにリエラ辺境伯夫人、ご到着にございます!」
「っ!?!?」
(ひぃっ!! お、大きな声で、名前を呼ばれた……!)
心臓が一際大きく脈打ち、肩が跳ねる。極限に達した緊張のために頭が真っ白になるけれど、それでも私は、レオン様に恥をかかせてはいけないという思いだけは忘れなかった。
内面の動揺をどこまで隠し通せているかは分からない。けれど、私は精一杯の笑みを口元に浮かべ、背筋を伸ばし、レオン様の速度に合わせて足を進めた。
大広間に足を踏み入れると、それまで響いていた談笑の声が、波が引くように少しずつ遠のいていった。柔らかな音楽だけが、変わらず奏でられている。
無数の視線が、全身に突き刺さる。そんな感覚がした。喉が干からびたようにカラカラになり、私は縋り付くように、レオン様の腕に預けた手に力を込めた。
私の緊張を察したのだろう。レオン様がいつもの優しい笑みをこちらに向け、耳元でそっと囁く。
「大丈夫だよ、リエラ。すぐにこの雰囲気に慣れるさ。それに、私がずっとそばにいるよ」
「……はい」
とても慣れそうもないけれど、レオン様の落ち着いた声に、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。




