44. 王宮からの招待状
それから一週間。
ようやく完全復活した私が真っ先に取りかかったのは、ユリアーネ様やヘルミーナ夫人など、結婚式の延期により迷惑をかけた人々への詫び状をしたためることだった。
皆私を気遣う温かい返事をくださり、私はその厚意を噛みしめながら、日々の仕事へと戻った。
フリッツ一家のおかげで、保湿クリームの生産は順調に進んでおり、作業員たちもすっかり製造工程に慣れている。
私は配合や仕上がりを確認しながら、量産体制に向けた調整を進めた。
その一方で、美容クリームの最終調整も重ねていった。
女性たちの感想を聞きながら、香りや肌触り、保湿力の微細なバランスを見直す。
そうしてさらなる改良を重ねた末、ようやく納得のいく美容クリームが完成した。
最初は工房の女性作業員たちや屋敷の侍女たちだけに試作品として使ってもらっていた美容クリームは、またたく間に領内へ、そして周辺の領地へと評判が広がっていった。
風が急激に冷たくなり、冬の気配はすぐに濃くなった。
やがて雪が舞いはじめると、山々はあっという間に白く染まり、リングレンの地は一面の銀世界となった。
雪が積もる前に蓄えておいた薬草や花を使い、工房では薬や保湿クリーム、美容クリームの生産が続けられていた。
作業員たちの手際もすっかり良くなり、工房は冬の間も忙しく稼働し続けていた。
ある日の夕食の時。以前から私が興味を持っている、鉱石などを使った化粧品の話題になると、レオン様はそれらに関する文献を手配してくださると言った。
「雪が解けはじめたら、王都から取り寄せてみよう」
「ほ……本当ですか? 嬉しいです! ありがとうございます、レオン様」
一つ完成すれば、すぐに次のものが作りたくなる。
けれど、もう無理をしてはいけないことはよく分かっている。
「今度は急いで手を出さずに、ゆっくりと勉強して、時間をかけて研究に取り組むようにしますね」
以前倒れてしまった時のことを思い出しながらそう言うと、レオン様が楽しそうに笑った。
「そうだな。あれもこれもと焦って進めても、どこかで破綻してしまう。まずは今の作業を安定させて、後々じっくりと進めていくといい」
真冬の間、工房で生産された薬や保湿クリームは、橇を使って領内の村々や鉱山へと運ばれていった。
例年通りの厳しい冬だけれど、ひどい手荒れに悩まされる人々はだいぶ減ってきているらしい。
無論、傷薬や風邪薬、関節の痛み止めの塗り薬なども、領民たちの冬の暮らしを支えた。
工房は休むことなく稼働を続け、作られた品々はリングレンの隅々まで行き渡っていった。
私がリングレンで過ごす二度目の冬が終わり、少し暖かくなってきた頃には、保湿クリームや美容クリームの評判も様々なところに広まっていた。
王都の商会や治療院、薬店をはじめ、他領からも注文が相次ぎ、リングレン邸には毎日のように取り引きを望む書簡が届くようになっていた。
そんな中、さらに別の書簡が届いた。
それは、王宮で行われる建国祭の招待状だった。
夕食の席で、レオン様がそのことを私に説明してくださった。
「ベルティア王国では毎年、建国を祝う祭典が王都で開かれている。今年は建国百五十年の節目にあたるから、例年以上に大規模な催しになるようだ」
「百五十年の節目……。そうでしたね」
頭の中で、フェルナー伯爵家に嫁いで以来勉強を続けてきた王国史の知識と照らし合わせ、私はそう答える。
「このような年は特別だからな。高位貴族家の者たちはもちろん、普段であれば王宮と縁の薄い下級貴族家にも、招待状は送られているだろう」
「そんなに大規模なのですね……! きっと見たこともないほど、きらびやかなパーティーなのでしょうね」
華やかな世界とは縁のなかった、私の人生。そんな場所を想像するだけでも、胸がドキドキする。
私の反応を見たレオン様は、小さく笑った。
「例年の建国祭には名代を立てていたのだが、さすがに今年は、私も行かねばなるまい」
「えっ……、そうなのですね」
社交を好まず、また北方防衛を担う辺境伯として滅多なことでは領地を空けないレオン様でさえ、今回は王宮へ赴くのだ。すごい。
そんなことを考えていると、レオン様がもう一度笑う。
「君ももちろん、私と一緒に王宮に行くんだよ」
「……えっ!? わ、私も……ですかっ!?」
思わず高い声を上げると、レオン様が楽しそうに言う。
「当然だ。君はリングレン辺境伯夫人だろう? 招待状は辺境伯家に来ているのだから」
「……は……、はい……」
(私が、王宮に……!? ひゃぁぁ……!! どうしましょう……!!)
途端に心臓の鼓動が速くなり、頭の中が不安や高揚、そして緊張で、一気に騒がしくなる。
そんな私とは対照的に、レオン様はのんびりとした口調で言った。
「そうとなれば、準備することはいろいろあるな。まずは招待状の返事を出し……、私が領地を空ける以上、国境の警備体制についても、事前に細かく指示を出しておかねばな。工房の方も、しばらくリエラが不在になることを考え、段取りを整えておいた方がいいだろう」
「は、はい……。分かりました」
上擦った声でそう答えると、レオン様が微笑む。
「君のドレスの準備は、ヘルミーナ夫人が張り切ってくれそうだ。私からも要望を伝えておかねば」
「……あ、辺境伯家への招待状ということは……、ユリアーネ様や、テオ先生も行かれるということですよね?」
「ああ、そうだね。今回はさすがにテオドールも列席するだろう」
レオン様のその言葉に、何だかますます高揚してしまう。
(すごいわ……。ユリアーネ様やテオ先生と、皆で王宮で開かれるパーティーに出席するだなんて……! マナーの復習をたくさんしておかなくちゃ……!)
そう考えた直後、ふと別の人たちのことが脳裏をよぎった。
(……ということは、ローゼンの家族やフェルナー伯爵一家も、王宮に集まるのよね)
両親やマチルダ、そしてニルス様の顔が浮かび、かすかな不安を覚える。
(……まぁ、王宮ってものすごく大きいんですものね。顔を合わせずに済むといいな……)
などと、この時の私はとても楽観的に考えていたのだった。




