39. やきもち?
意味が分からず問い返すと、テオ先生の方が目を丸くする。
「おや、気付きませんでしたか? もちろん、リエラさんと私に対してですよ」
「っ!? だ……っ、誰がですかっ!?」
「ですから、兄がですよ」
驚きのあまり、反射的に大きな声を上げてしまった私と違い、テオ先生はあくまでも落ち着いている。けれど、やけに楽しそうだ。
「久々に会った恩師と教え子なのだから、存分に再会を喜ばせてやりたい、けれどあなたが自分以外の男に懐いているのが面白くない。……私には兄のそんな葛藤が、手に取るように分かりましたけどね。ふふ。……あの人のあんな顔が見られる日が来るとは、思いもしなかったな」
「な……っ、そ……、えぇ? そ、そんなはずは……」
予想もしなかったテオ先生の言葉に、私の心臓は激しく脈打ちはじめた。頭が混乱する。まさか。あのレオン様が、私とテオ先生にやきもちなんて焼くはずが……。
(だってレオン様は、私に対してそんな……、そういう特別な感情はお持ちじゃないでしょう!? 私の方はそういった意味でも大好きですけれども!!)
狼狽えまくる私をよそに、テオ先生は一人で納得したように頷いている。
「あのように華やかな見目をしているし、年齢もリエラさんより上ですが、兄は仕事人間ですから。女性に積極的に関わるタイプではありません。だからこそ、いざこうなって、どう接していいのか分からない部分があるのかもしれませんね。うん。……不器用なところがありますが、兄があなたを愛おしく想っているのは、間違いありませんよ」
「……そんな……」
どうにも信じられなくて咄嗟に否定しようとした私の脳裏に、ここ数日のレオン様の姿がよぎる。
私とテオ先生が話している時、ふいに黙り込んだり、なぜだか私をじっと見つめてきたり。
(それに、今朝のレオン様の、あの行動……)
初めて彼に抱きしめられた瞬間の驚きを思い出しながら、私の頬はどんどん熱くなる。
(あ、あの行動は、もしかしてそんなレオン様の複雑な感情から……? 本当に?)
混乱と焦りと、そしてわずかな期待に、何だかクラクラしてきた。テオ先生は相変わらず落ち着いた口調で、「実弟の私が言うんですから、間違いありません」などと言っている。
「で、ですが……、これまでレオン様から、私に対して、その、そういった想いを感じたことは一度もありませんでしたが……。夫婦になって一年近く経つというのに、いまだに寝室もずっと別ですし……」
「……」
無言になったテオ先生の顔を見上げて、私は我に返り、ますます頭が真っ白になった。
(ああ……! な、何を言っているのよ、私ったら……!)
気が動転するあまり、余計なことを口にしてしまった。
恥ずかしいし、何よりこんなことを聞かされたところで、テオ先生だって反応に困るだろう。
申し訳なさと羞恥心で全身が火照り、私はスカートを握りしめ俯いた。
しばらくすると、テオ先生の穏やかな声が聞こえた。
「ふむ……。もしかしたら、向こうも悩んでいるのかもしれませんね。リエラさんとの距離の縮め方を……。ふふ」
そう言って小さく笑うと、テオ先生は場の空気を変えるかのように、明るい声を出す。
「あんな風に女性を見つめている兄を見たのは初めてです。大切にするあまり、躊躇する部分があるのでしょうね。……まぁ、これ以上は私が口を出すことではありませんね。兄に叱られてしまいます」
再び見上げると、先生はおどけたように肩を竦めた。
「心配しなくても大丈夫ですよ、リエラさん。お二人の関係は、きっとゆっくりと変わっていきますから。……リエラさんも、兄のことをとても慕ってくれているのですね。安心しました」
落ち着きのない私の姿を見てそれを察したらしいテオ先生が、優しく微笑んだ。こちらはますます体温が上がっていく。
「……レオン様は、とても素敵な方ですから……。初めてお会いした時から、私を温かく迎えてくださって。それ以来ずっと、私のことを大切にしてくださっています」
仕事熱心で、領民思いで。
テオ先生のようにいつも穏やかで、私が困ることのないよう、心を砕いてくださる。
そしてこの私を信じ、必要としてくださり、対等に扱ってくださった。
家族からないがしろにされ、婚家でも冷遇され続けてきた私に、初めての自信を与えてくれた。
レオン様のことを想うと、胸が熱くなる。
口を閉じた私に、テオ先生がそっと笑いかける。
「リエラさんの兄へのその想いを、時々伝えてやってください。きっとこの上なく喜びますので」
「……へっ!?」
そう言われ、私の心臓がまた大きく跳ねる。
「……が、頑張ります……」
もじもじしながら小さくそう答えると、テオ先生がくすりと笑った。




