38. 工房を案内
その後身支度を整えると、私はテオ先生とともに馬車に乗り、屋敷を後にした。
「この地がこんなに暖かく過ごしやすいのも、今の時期だけですね。嫁いできた時、ここの寒さに驚いたでしょう? 大丈夫でしたか?」
馬車の中。向かい合って座るテオ先生の変わらぬ口調に、胸がじんわりと温かくなる。
嬉しさに頬を緩ませながら、私は頷いた。
「はい。たしかに嫁いできた初日から、ローゼンなどの南方領地との気温差には驚きました。真冬なんて、何もかも真っ白に染まった外の景色が物珍しくて、作業部屋の窓から毎日眺めていましたから……。でも真夏は、こんなに過ごしやすいんですね」
すると、テオ先生が目を細める。
「そうですね。ここの長所は、真夏がうだるような暑さではないところでしょうか。風も爽やかで気持ちがいいですよね。……おや、あれですか、工房は」
見えてきた深緑色の屋根に気付いた先生が、小窓から外を覗いている。
「そうです! 賑わっているので、きっと驚かれると思います。ふふ」
そう答えた私は、馬車が停まるとテオ先生とともに外に出て、工房入り口の扉へと足を進めた。
工房に入ると、私はまずフリッツ一家をテオ先生に会わせた。ローゼンから移り住み、今はここで作業責任者として働いてくれているフリッツおじさんとその家族だと紹介すると、先生は束の間目を丸くしていた。
「それはまた……、このような北の地まで、はるばるご苦労様でした。あなた方のような人がいれば、リエラさんも心強いでしょう」
テオ先生は事情を追及することなく、フリッツ一家をそう労ってくださった。
その後私は先生を案内しながら、工房の中を見て回った。
薬草の洗浄場、乾燥室。調合作業室に、保管倉庫。
作業員たちが忙しそうに働く様子や、棚に並ぶ薬草や記録帳を一つ一つ見ながら、テオ先生は感心したように何度も頷いていた。
工房内を一通り見終えると、私たちは建物を出て、裏手へと回った。
そこには試験栽培用に作ったばかりの薬草畑が広がっている。
涼やかな風に揺れる薬草を眺めながら歩いていると、テオ先生が呟くように言い、感嘆の息を漏らした。
「いやぁ、これは想像以上ですね……。もうすっかり仕上がっているじゃありませんか。もう立派なリングレンの産業ですよ」
「ありがとうございます。まだまだ試行錯誤の毎日ですが……」
私は苦笑すると、先生が微笑んだ。
「ここまで形にするのは、簡単ではなかったはずです。本当に頑張りましたね、リエラさん」
「ふふ……。皆のおかげです」
先生の言葉に少し照れながら、私は工房の建物を見上げた。
「先ほど紹介したフリッツさん一家もそうですし、作業員の皆も、本当によく働いてくれています。それに……、何より、レオン様のおかげです」
大好きな人の優しい笑顔を思い浮かべながら、私はそう口にする。
「私の望む通りの工房を建ててくださったのも、販路を整えてくださっているのもレオン様です。私は自分の希望を伝えるばかりで……。実際に形にしてくださったのは、レオン様や、ここで働いてくれている皆なんです」
「なるほど」
「だから、私一人の力ではありません。たくさんの人に支えてもらって、ここまで来られました」
言葉を紡ぎながら、心の中でしみじみと感謝する。
そんな私の隣で、テオ先生は口元に指先を当てながら、何だか面白そうな顔をしている。
「たしかに、兄はあなたのためにかなり頑張ったのでしょうね」
「……え?」
思わず問い返すと、テオ先生は工房を見渡しながら楽しそうに続ける。
「兄上は、建築や薬学の専門家ではありません。それなのに、洗浄場から乾燥室、調合作業室までの配置が実によく考えられている。作業員たちが無駄なく動けるようになっていますし、採光や風通しも十分です」
「……ええ」
「乾燥棚の高さや通路の幅まで、実際に作業する人間のことをしっかり考えて造られている。兄上はきっと、あなたの話を何度も真剣に聞いたのでしょうね」
「は、はい。冬の間、私の希望を何度も細かく聞いてくださって、綿密に計画を立てたうえで建築にとりかかっていましたので……」
外が真っ白に染まり北風が吹雪く中、レオン様は度々時間を作っては、私の話を聞いてくださっていた。
その頃のことを思い出していると、テオ先生が私の顔を覗き込むようにして言う。
「リエラさんの希望をここまで丁寧に叶えていることに、正直少し驚いています。あなたのことを、とても大切に思っているのでしょうね」
「へっ!? い、いえ、それは工房が必要だったからで……」
なぜだか狼狽えてしまい、私は言い訳のように先生の言葉を否定する。
けれど、テオ先生は口角を上げたまま、静かに首を横に振った。
「もちろん、それも大きな理由でしょうが、それだけではありませんよ」
「え?」
「兄上は、あなたが思っている以上に、あなたのことを大事にしています」
そう言うと、テオ先生は突然小さく声を漏らして笑う。
「ふふ。……案外、独占欲も強いようです。帰省して以来、ずっとやきもちを焼いていますしね」
「……やきもち、ですか? 誰に……?」




