36. 三人での夕食
その後、ヴァルターがじき夕食の支度が整うと告げに来たので、私は一度私室に戻り、軽く湯浴みをしてドレスに着替えた。
再び食堂で顔を合わせたレオン様やテオ先生とともに食事を始めると、話は尽きることがなかった。
「なんだかこうして見ると、まるで別人のようですね、リエラさん」
ふいにテオ先生が、そんなことを言う。
「……え? そ、そうですか……?」
ナイフを動かしていた私は、先生の言葉に戸惑い、顔を上げる。
すると先生が目を細め、私のことをじっと見つめた。
「ええ。さっきお会いした時はさほど感じなかったのですが……。今こうして見ると、立ち居振る舞いもすっかり落ち着いているし、見違えるほど美しくなられました。辺境伯夫人となってまだ一年も経っていないのに、もうすっかり貴婦人ですね」
「そんな……、あ、ありがとうございます」
テオ先生の言葉に照れてしまい、頬が熱くなる。再会できた喜びと高揚感も加わり、何だか体がふわふわと宙に浮いているような心地だ。
レオン様が小さく頷く。
「リエラは毎日薬草工房での仕事や研究に励んでいるだけではなく、空いた時間を見つけては、作法や家政についても熱心に学んでいるんだ。領地経営の勉強も始めているし、人知れず努力を重ねているよ」
「レオン様……」
褒められて気恥ずかしくなっていると、テオ先生が納得したように首肯した。
「そうでしょうね。リエラさんは本当に努力家でしたから。教えたことは何度でも復習していたし、少しでも分からないことがあれば、すぐに質問をしに来ていました。それだけではなく、応用したり研究を重ねたりしながら、新薬まで作り出してしまったのですから。頭が上がりませんよ。あなたは本当に素晴らしいです」
「テ……、テオ先生まで、そんな……」
二人がかりで手放しで褒められ、全身がかっかと熱くなる。もじもじしていると、「それにしても驚きました」と、テオ先生が感心したように言う。
「兄上から話は聞いていましたが、まさかこれほどの規模になっているとは思いませんでした。専用の薬草工房まで出来上がっているのですから」
「いえ、まだまだです。失敗することも、たくさんありますし……」
「その失敗の積み重ねが大切なんですよ」
先生のこの言葉は、平民学校時代にもよく聞いていた。また懐かしさが込み上げ、自然と頬が緩む。
レオン様は、静かにカトラリーを動かしている。
「兄から聞きましたが、もうこのリングレンでもいくつかの新薬を開発したとか」
「はい。民たちにも重宝されるようになりましたし、他領との取引も始まって、需要が安定しています」
テオ先生の言葉にそう答えると、彼は満足げに頷いた。
「素晴らしいですね。嫁いで一年足らずで、リングレンの新たな産業として確立してしまったわけだ。ね? 兄上。リエラさんならば間違いない相手だと、私が言った通りだったでしょう」
テオ先生が少し冗談めかしてそんなことを言うと、レオン様も口角を上げ、ああ、と答えた。
「まさかこれほど優秀かつ、懸命に励んでくれる女性だとは。私は本当に果報者だ」
「レオン様……」
以前にも、同じようなことを言ってくださったことがあった。嬉しさと照れくささで、頬がどんどん熱くなる。
話を逸らしたくて、私は気になっていたことをテオ先生に尋ねた。
「あの……、先生は昔、寒冷地に自生する薬草についても詳しく教えてくださいましたよね」
「ええ。たしかに」
私の問いに、テオ先生はゆっくりと頷く。
「リングレンにも、素晴らしい薬草がたくさんありました。それなのに、どうしてこれまで本格的な薬草事業は行われていなかったのでしょう……?」
するとテオ先生は苦笑しながら、レオン様と顔を見合わせた。
「理由はいくつかあります。まず大きな理由は、亡き父が薬草にあまり関心を持ってはいなかったんです」
「前辺境伯閣下が、ですか?」
そう問い返すと、レオン様が答えた。
「父にとって、リングレンを支える産業は、鉱山と軍馬だった。人手や資金はそちらに使うものであり、野に生えている薬草を事業にするという考えはなかったのだと思う」
「なるほど……」
「そして父が亡き後領主を継いだ私には、別の課題が山ほどあった。鉱山の整備に、軍備の維持。辺境伯騎士団の再編や、この広大な領地の管理。新たな産業にまで手は回らなかった」
「そうですよね……」
苦笑するレオン様を見て、私にもその大変さがどれほどのものか想像はできた。
テオ先生が口を開く。
「加工の手順を整え、人を育て、品質を揃え、販路を築く。……薬を作ることと、一つの事業を成り立たせることは、また別の話です」
そう言って、テオ先生は柔らかく微笑んだ。
「だから私は驚いているんですよ、リエラさん」
「え……?」
「リングレンに昔から存在していた薬草を、領地を支える一つの産業へと整えたのは、あなたなのですから」
そう言い切るテオ先生の言葉に、レオン様も静かに頷いた。
「この領地には兄上という嫡男もいましたし、鉱山事業も軍馬の育成も安定していて、他領と比べればずっと恵まれていましたからね。私はリングレンに留まって何かをするよりも、ここを出て、自分の知識を伝えて回ることを選んだのです」
そう言うと、テオ先生は優しい眼差しで私を見つめた。
「そうして教えてきた中に、あなたがいたわけですよ、リエラさん。だから結果としては、私もこのリングレンにも大きく貢献できたと思っていますよ」
茶目っ気のある口調でそう言うと、テオ先生は楽しそうに笑った。
「あ、ありがとうございます……。ですが、私がこのリングレンに貢献できているのでしたら、それはやはりテオ先生のおかげです」
照れつつもそう感謝を伝えると、テオ先生が少し真面目な表情になった。
「あなたにそう思ってもらえているのなら、とても光栄ですよ、リエラさん」
私たちの会話を黙って聞いていたレオン様は、私と目が合うと小さく微笑む。
そして目を伏せると、また静かに食事を進めていた。




