32. レオン様への挨拶
ヴァルターに案内されながら応接間へ歩く間、フリッツ一家は揃って顔を強張らせ、辺りをキョロキョロと見回していた。ローゼン男爵邸よりもはるかに豪奢なこの屋敷に、畏縮しているのだろう。私も最初はそうだった。
彼らと一緒に応接間に入ると、そこにはすでにレオン様がいた。
「レオン様、お待たせいたしました。こちらが、お話ししていたフリッツさん一家です」
私がそう紹介すると、フリッツ一家は慌てた様子で深々と頭を下げた。
「お、お初にお目にかかります、閣下。ローゼン男爵領で薬草加工に携わっておりました、フリッツと申します。このたびはありがたいお話をいただき、また、迎えの馬車まで出していただき、恐縮でございます」
ぎくしゃくと動きながら、引きつった声でそう挨拶をするフリッツおじさんに続き、他の三人も一斉に頭を下げる。
レオン様はそんな彼らの様子を見ながら、穏やかな声で答えた。
「遠路はるばる、ご苦労だった。このリングレンの領主、レオンハルトだ。そう固くならなくていい。まずは楽にしてくれ」
「は、は……っ」
レオン様がそう声をかけ椅子を勧めると、一家は強張った表情で、ものすごく座りづらそうに、浅く椅子に腰掛けた。
私はレオン様の隣に静かに座り、フリッツおじさんに向かって詫びた。
「こんなことになってしまって、本当にごめんなさい。フリッツおじさんたちは良い薬を作るために、私の教えたやり方を忠実に守ってくれていただけだったのに……。そのせいで結果として、仕事も故郷も失わせてしまったわ」
「そんな……! リエラ様には何の責もございません! それに、リエラ様の薬は多くの人たちに喜ばれ、求められておりました。我々も、良い技術を学べたことに感謝しております。本当ですよ」
私の言葉を、フリッツおじさんは慌てたように否定し、そう言ってくれた。
私たちの会話を見守っていたレオン様が、フリッツおじさんに向かって口を開く。
「君たちが身に付けてきたその知識や技術を、今後はリングレンで振るってほしい。君たちがそばにいてくれれば、リエラも心強いだろう。それを期待して、私は君たちをこの地に招いた」
レオン様の言葉に、フリッツ一家は神妙な顔で頷く。
「リエラから伝えていた通り、住む家や収入については、安心してくれていい。不慣れな気候で、馴染むまでは大変だろうが、困ったことがあれば遠慮なく相談してくれ。これからよろしく頼むよ」
レオン様がそう言って微笑むと、フリッツおじさんをはじめ、他の三人も一様にぽかんと口を開ける。そしてその直後、慌てたように皆再び頭を下げた。
話が終わると、レオン様は「リエラとは積もる話もあるだろうから、ゆっくりしていくといい」と言い、先に退室した。フリッツおじさんたちがものすごく緊張しているから、気を遣ってくださったのかもしれない。
一家と私だけになると、四人は揃って深く息をつき、肩を落とした。その様子に、思わずくすりと笑ってしまう。
「ふふ。緊張したわよね」
私がそう言うと、ベラおばさんが額に手を当て頷く。
「ええ、そりゃあもう……。こんな立派なお屋敷に足を踏み入れたのも初めてならば、あんな高貴なお方から話しかけられたのも初めてですからね」
「俺もさっきから冷や汗が……」
ヨハンも胸を押さえながらぼそりとそう言った。
エマが私を見つめ、きらきらと目を輝かせる。
「その……、リングレン辺境伯閣下は、とても恐ろしい人物だと噂で聞いていたのですが……、あんなにお優しくて、しかも美丈夫だなんて。私、びっくりしました! リエラ様、本当によかったですね……!」
エマの言葉に、他の三人も首を大きく縦に振る。
「いや、本当に……。正直、いろいろと覚悟したうえでここまで来たのですが、噂とは全く違うお方で驚きましたよ」
「リエラ様はどうお過ごしだろうか、ご無事だろうかと、ずっと心配してたからねぇ。よかったよかった……」
フリッツおじさんとベラおばさんまでそんなことを言うものだから、なんだか可笑しくなってしまう。そして、ずっと私を気遣ってくれていたフリッツ一家の優しさに、胸がじんと温かくなった。
「ありがとう、皆。見ての通り、私はリングレンに嫁いできてから幸せだし、充実した日々を送っているわ。おじさんたちも、今までより生活はずっと楽になると思う」
ローゼン男爵領の作業員や村人たちは、皆いつも疲れ切った顔をして働いていたし、身なりも粗末だった。
けれど、リングレンの村の人々は、厚手の外套や丈夫な靴を身に着けている。顔色も明るいし、屋敷の使用人たちにも、どこかゆったりとした余裕が感じられる。
父と違い、レオン様がこの広大な領地全体へ目を配り、民たちに豊かな生活をさせている証拠なのだろう。
私の言葉に、フリッツ一家は嬉しそうに目を細めた。
「人生を賭けた大きな選択でしたが……、来てよかったです。リエラ様、本当にありがとうございました」
そうしみじみと言い、改まった様子で頭を下げる一家を見つめ頷きながら、私はぼんやりと考えた。
(ローゼン男爵領は、今後どうなっていくのかしら……)
効率ばかりを優先し、質を軽んじた薬作りを続ければ、せっかく上がったローゼンの評判は、いずれ地に落ちるはずだ。
信用してくれている取引先に質の悪い品物を出せば、その信用を失う。
そして一度失えば、もう取り返しがつかないというのに。
(あの小さな領地だからこそ、良いものを丁寧に作り続けることも、領民を大切にすることも、とても大事なことだと思うわ。なぜ父はそれを理解しようとしないのかしら……)




