31. 再会
「……そうか。それはその一家にとって、由々しき事態だな」
「はい。腕が良くて誠実で、素晴らしい作業員一家だったんです。収入が途絶え、きっと困っているだろうなと……。どうにかしてあげたいのですが……」
「ふむ……」
私の話を最後まで聞いたレオン様は、あっさりとこう言った。
「その一家は、寒い地域が苦手ではないだろうか」
「……え?」
私が問い返すと、レオン様は優しく微笑む。
「君がそれほど買っている優秀な作業員たちならば、このリングレンに呼び寄せたらいいじゃないか。君も助かるだろうし、気心の知れた友人がそばにいてくれたら、心強いだろう?」
「……レ、レオン様……っ」
予想もしていなかったその言葉に、私は息を呑んだ。
「ですが、そんな……。よろしいのですか?」
おずおずとそう問うと、彼はゆっくりと頷く。
「薬草加工に関わる人手は、こちらでも必要だろう。優秀な人材ならば、尚更だ。リングレンには薬草の扱いに長けた者が少ないしな」
「レオン様……、あ、ありがとうございます……!」
胸がいっぱいになり、視界がぼやける。よかった。フリッツおじさんたちを助けてあげられるし、何よりまた、彼らに会えるかもしれない。そのことが、嬉しくてたまらない。
私は心からのお礼を、レオン様に伝えた。彼は微笑んで言葉を続ける。
「ローゼン男爵家が手放した人材ならば、我が領で受け入れることを責められる筋合いもないしな。だがまずは、彼らに意向を確認しなければ。ここへ来ることを望むとは限らないだろう」
「は、はい。すぐに手紙を書いて、フリッツ一家の気持ちを確認しますね!」
身を乗り出すようにしてそう答えると、レオン様が楽しげに笑った。
「来ると決まれば、雪解けを待って迎えを出そう」
夕食を終え私室に戻るやいなや、私は便箋を取り出し、フリッツおじさん宛に手紙を書いた。
そわそわしながら返事を待つこと、二週間。ようやくフリッツおじさんからの手紙が届いた。
そこには、『ありがたくお話をお受けさせていただきたいです。ぜひリングレン辺境伯領で働かせてください』といった内容が記されていた。
飛び跳ねたくなるほどの喜びを抑えながら、私はそのことを、執務室にいるレオン様に伝えに行った。
「そうか、分かった。この屋敷の丘を少し下ったところに、村があるだろう。あそこの空き家を住まいとして用意しよう。工房の建設予定地にも近いから、彼らが働くにも都合がいいはずだ」
「工房の建設予定地、ですか?」
そう問い返すと、レオン様が頷く。
「この屋敷からさほど遠くない敷地に建てるつもりだ。君が行き来しやすいようにね。工房の造りについては、この冬の間にじっくり詰めていこう。君の意見を聞きながら、働きやすい形に整えていければと思っている。雪解けを待って着工するつもりだ」
「は、はい……! ありがとうございます!」
胸をときめかせながら、私はそう答えた。冬が終わる頃の楽しみが、もう一つ増えた。
その後も厳しい冬は続き、窓の外では白い雪が絶え間なく降り積もっていった。
私は使用人たちに作業を教えながら、薬草の研究や薬の試作を重ね、レオン様と工房の造りについて何度も話し合い、春の訪れを待ちわびた。
そうしてさらに幾月かが過ぎ、季節は少しずつ移り変わっていった。
地面を覆い尽くしていた雪はゆっくりと溶けはじめ、ようやく土の色が覗きはじめた。
屋敷の屋根からは、雫が絶え間なく滴り落ちるようになった。
ずっと灰色だった空にも晴れ間が増えた頃、ついにレオン様が、ローゼン男爵領へ向け迎えの馬車を出してくださった。
その日以来、私は毎日そわそわしながら、窓の外を見ていた。
(……そんなにすぐに来るはずがないじゃない。私ったら……。ここからローゼン男爵領までは、馬車で片道十日はかかるのよ。さぁ、作業に集中しなくちゃ!)
何度も自分にそう言い聞かせ、フリッツ一家の道中の無事を心の中で祈りながら、毎日を過ごした。
そうして、馬車が屋敷を出発してから、二十日ほどが経った頃。
ついに彼らが、このリングレン辺境伯邸にやって来たのだった。
その日私は、作業部屋で乾燥中の薬草を確認していた。窓を開けると、まだ少し冷たい風が吹き込んでくる。けれど雪解けの湿った匂いは、長かった冬の終わりを感じさせた。
しばらく作業に集中していると、ふと遠くの方から、馬のいななきと車輪の音が聞こえてきた。
(……っ!)
胸が跳ね、私は咄嗟に窓辺へと駆け寄り、外を見る。
すると、わずかに残っている雪を踏みしめながら、馬車がゆっくりと敷地内へ入ってきていた。後続の馬車には、大きな荷物がいくつも積まれている。
「……フリッツおじさんたちだわ……!」
気付けば私は、手に持っていた薬草を机の上に置き、そのまま部屋を飛び出していた。廊下を早足で進み、駆けるように階段を下りる。すれ違った使用人が驚いたようにこちらを見たけれど、気にしている余裕はなかった。
すでに玄関扉のところにいた家令のヴァルターが、私の姿を認め微笑むと、ゆっくりと扉を開いてくれる。外へ出ると、ひんやりとした風が頬を撫でた。ちょうど馬車が止まり、御者台から御者が下りたところだった。
馬車の扉が開き、中からフリッツおじさんが姿を現す。長旅の疲れが残っているのか、頬が少しこけていた。けれど、私の姿を見た瞬間、彼の目が大きく見開かれる。
「リエラ様……!」
「フリッツおじさん……!」
次いで、ベラおばさんとヨハンも降りてきた。二人とも私の姿を認めると、目を輝かせる。
そして最後に、小さな荷物を抱えたエマが、おそるおそるといった様子で馬車から下りてきた。
「……エマ……」
懐かしい赤茶色のおさげとそばかすを見た瞬間、込み上げるものに視界が揺れる。
エマが私の存在に気付いた。
目が合った瞬間、彼女は震える声で私の名を呼んだ。
「リ、リエラお嬢様……っ!」
「エマ……!」
こちらへ走り寄ってくるエマのもとへ、私も駆けていく。目の前に来た彼女を思わず抱きしめると、私の目からは大粒の涙がこぼれた。
「あぁっ、す、すみません……。お嬢様じゃなくて、リエラ様とお呼びしなきゃでした……!」
「よかった……、本当によかったわ。エマ、無事に着いたのね……!」
「うぅ……っ、リエラ様ぁ……! お会いしたかったです……!」
「わ、私の方こそよ……!」
エマは子どものように泣きじゃくりながら、私にしがみついてくる。
胸の奥から溢れてくる喜びに、私も嗚咽を抑えられない。
しばらくして、私はようやく顔を上げ、涙を拭う。
すると、そんな私たちのそばで、ベラおばさんも目元を押さえていた。
フリッツおじさんが、私に向かって深々と頭を下げる。
「……このたびは、ありがとうございます、リエラ様。本当に、本当に助かりました」
声を震わせるフリッツおじさんの隣で、ベラおばさんとヨハンも、同じように頭を下げる。
私はエマの手を握ったまま、首を横に振った。
「皆がリングレンに来てくれて、すごく嬉しい。長旅、お疲れ様。……会いたかったわ」
そう言いながら改めて一家の顔を見渡す。
懐かしい顔ぶれに、胸が熱くなる。
心の底から安堵した私の頬を、また新しい涙が伝った。




