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もう戻ることはありません! 〜 実家と婚家で冷遇されてきた地味令嬢は、辺境伯領で薬学の知識を振るいます 〜  作者: 鳴宮野々花


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30. 心を痛める

『リングレン辺境伯夫人リエラ様

 突然このようなお手紙を差し上げる無礼を、どうかお許しください。

 リエラ様が領地を離れられてから、領主様は薬の生産効率を上げるため、王都から新たな作業責任者をお招きになりました。

 ですが、その方は薬草の扱いに関する専門知識はほとんどなく、リエラ様が教えてくださった綿密な工程を全て省き、効率と生産量を優先する指示ばかりを出されます。

 このままでは、せっかく生み出せるようになっていた良薬たちの質が著しく落ちてしまうと、私は何度も領主様に訴えました。

 ですが、それが領主様のお気に召さなかったのでしょう。

 私ども一家四人は、ついにまとめて解雇されてしまいました。

 領主様に逆らった者として、領民からは敬遠され、ローゼン男爵領で新たな仕事を探すことも難しい状況です。他領へ出ようにも、紹介状も伝手もございません。どうにもならない現状に、途方に暮れております。

 本来であれば、すでに他家へ嫁がれたリエラ様に、このようなことをお願いするべきではないことは、重々承知しております。

 それでも、他に相談できる方を思いつきませんでした。

 もしもローゼン男爵領の近くで、我々の働き口にお心当たりがございましたら、お力添えをいただけますと幸いです──』


(……フリッツおじさん……)


 最後まで読み終えた私は、いたたまれず、手紙を胸に当てた。皆の顔が脳裏に浮かぶ。

 私の拙い説明を真剣に聞き、協力してくれたフリッツおじさん。明るい声で背中を押してくれたベラおばさん。父の反応を心配しながらも、精一杯手伝ってくれたヨハン。学校が休みの日には、籠いっぱいの薬草を抱えて作業小屋の手伝いに来ていたエマ。

 彼らは私がローゼンを去った後も、私の教えた工程を守り続けようとしてくれていたのだ。

 それなのに、父は長年真面目に働き続けてくれたフリッツおじさんを、家族ごとあっさりと切り捨てたのか。


(ひどいわ、お父様……。私の開発した新薬は、たしかにローゼン男爵領の役に立っていた。周辺の領地からも注文が入るようになって、こんな遠方の辺境伯領にまで、その評判が届くようにまでなった。それなのに、効率ばかりを重視して、真面目に働いてくれていた一家を解雇してしまうなんて……)


 手紙に書いてあることは、もっともだった。

 領主の不興を買って解雇されたフリッツ一家を自分のもとで雇い、目をつけられたくないと、領民たちは思うはずだ。

 一家で働き口を失い、どれほど困っていることだろう。

 その日はもう、薬草の研究にも薬作りにも、一切身が入らなかった。




(助けてあげなきゃ……。けれど今の私は、リングレン辺境伯家に嫁いだ身。私個人で軽率に動けば、フリッツおじさんたちを助けるどころか、ローゼン男爵家との余計な揉め事を招くかもしれない)


「……エラ、……リエラ」


(ローゼン男爵領の近隣の領地に、私が紹介状を書く……? ううん、それも迂闊にはできないわ。どうしよう……)


「リエラ」


(……っ!)


 ふと、自分の名を呼ぶ大きな声に心臓が跳ね、私は我に返った。

 顔を上げると、そこには心配そうにこちらを見つめるレオン様のお顔があった。


(し、しまった……!)


 そうだ。今はレオン様との夕食の真っ最中なのだった。

 私はカトラリーを両手に持ったまま、料理を前にしてぼうっとしてしまっていた。一体どのくらいの時間、こうしていたのだろうか。レオン様が話しかけてくれているのにさえ、気が付かないなんて。


「も、申し訳ございません、レオン様……」


 気まずさに、肌がじんわりと汗ばむ。どうにか誤魔化そうと言い訳を考えていると、レオン様が真剣な表情で言った。


「今日は食事の始めから、ずっと上の空だった。一体どうしたんだ? 何があった?」

「……っ」


 一瞬、フリッツ一家のことを話してしまおうかと思った。けれど、私にとっては大切な人たちでも、レオン様は一度も会ったことさえない、ただの他領の民の話なのだ。聞かされたとて、反応に困るのではないか。

 そんな考えが頭をよぎり、私は咄嗟に目を逸らす。


「す、すみません。今日の薬作りのことを考えてまして……」


 苦し紛れにそう口にすると、レオン様が少しの間沈黙した。そして、穏やかな声で再び名を呼ばれる。


「リエラ。薬のことを考えていただけなら、君はきっと、もっと楽しそうな顔をする。今の君は、とても苦しそうだ」

「……っ」


 言葉につまり、私は無意識にレオン様の顔を見る。優しい声とは対照的に、彼は真剣な目で私を見据えている。

 まるで、バレてしまったいたずらを隠そうと悪あがきをする幼子になった気分だ。


「私は君の夫だ。君が何かを抱え込み困っているのなら、放ってはおけない」

「……レオン様……」

「それとも、私は君にとって、そんなにも頼り甲斐のない存在なのかな」

「っ! そ、そんなことは……!」


 慌ててそう声を上げたけれど、レオン様の瞳の奥は少し笑っていて、冗談めかして言っているのだと気付いた。

 彼はすぐに真面目な顔付きに戻り、言葉を重ねる。


「話してごらん、リエラ。何をそんなに悩んでいるんだい?」

「……はい。……実は、その、ローゼン男爵領から、今日手紙が届きまして……」


 観念した私は、フリッツ一家のことをレオン様に打ち明けた。


 




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