23. 実地視察へ
辺境伯邸へ来て、およそ一月。今日はレオン様と一緒に朝食をとることができた。早朝からお出かけになることも多いレオン様とは、ここへ来て半分くらいの日数しか、朝食をともにしていない。
「今日の午前中は屋敷にいるよ」
「っ! そうなのですか?」
レオン様のその言葉に、嬉しくてつい声が弾んでしまう。
彼は静かに微笑むと、オムレツにナイフを入れながら続ける。
「リエラのために作らせていた、実地視察用の服が出来上がったらしい。朝のうちに持ってこられるそうだから、見てみるといい」
「は……、はい! ありがとうございます、レオン様。楽しみです……!」
彼の言葉に、喜びで胸がいっぱいになる。これで気になる場所を好きなだけ確認して回ることができるのね。一体どんな装いなのかしら。
朝食が終わり、私室に戻る。しばらくすると、侍女の一人が私を呼びに来たので、応接間へと向かった。
そこにはすでにレオン様と、その他見慣れない方々が数人いた。
「リエラ、この者たちが、君の服の仕立てを任せていた職人だ。君のドレスも、全て彼女たちが手掛けている。そしてこちらの女性が、デザイナーのヘルミーナ夫人だ」
レオン様が私にそう紹介すると、白髪交じりの灰色の髪をきっちりと結い上げた、スタイルのいい女性が前に進み出た。
「お初にお目にかかります、リングレン辺境伯夫人。ヘルミーナと申します。このたびはお召し物をお任せいただき、誠に光栄に存じます」
「はじめまして。素敵な衣装の数々をありがとうございます、ヘルミーナ夫人」
少し緊張しつつ、そう挨拶をする。
彼女はにこやかに一礼すると、控えていた職人たちに目配せをした。彼らが衣装箱を開けはじめる。
「今回は実地視察用とのご要望でしたので、動きやすさと防寒性を第一に、それでいてご身分に相応しい仕立てを心がけ、お作りいたしました」
その声とともに、箱の中からは次々に衣装が取り出される。
「……っ! まぁ……っ!」
思わず感嘆の声が漏れる。用意されていたのは、これまで私が着てきたどのドレスやワンピースとも、全く違う装いだった。衣装掛けに広げられたそれらを、私はじっくりと眺めていく。
上衣は腰にかかるほどの丈で、体の線に沿うよう丁寧に仕立てられている。胸元と袖口には控えめで繊細な刺繍が施され、実用的でありながら、気品もあった。生地は厚手で、触れるとわずかに起毛しており、冷たい風を遮る工夫が感じられる。
腰には、幅のある革のベルト。その下には、柔らかな布が前後に分かれる形で重ねられていた。歩くたびに揺れるその布は、遠目には短めのスカートのようにも見えそうだけれど、内側には細身のズボンが仕込まれている。足の動きを妨げることなく、けれど見た目はあくまで女性らしい、絶妙な仕立てだった。
羊毛で作られたそのズボンは、股下のマチや膝の辺りに余裕があり、屈んだり大きく歩いたりしても、生地が突っ張りそうにない。
そして、くるぶしまでを包む革の編み上げ靴。底は厚く、滑りにくいよう刻みが入っており、ぬかるんだ地面でも安心して歩けそうだ。内側には柔らかな毛皮が貼ってあり、冷え対策も万全だった。
暖かそうなケープには、大きめのフードがついている。これを被れば、霧や小雨、冷たい風からも身を守れるだろう。重くないのに、手にするだけで驚くほど温かい。
「素敵……」
思わず声を漏らすと、ヘルミーナ夫人が弾んだ声で言う。
「上衣、ベルト、スカートにズボン、そしてケープに、ブーツ。こちら一式を、微細にデザインを変えつつ、今回は四着お持ちいたしております」
その四着は、深い森を思わせる落ち着いた緑に、濃茶のもの。そして、霧がかった高原の空のようなやわらかな灰青色に、薬草の若葉を思わせる、淡く澄んだ黄緑だった。
「ふむ……。ブーツは全て茶系だし、衣服は汚れても、さほど目立ちにくそうな色味だ。私はとてもいい出来栄えだと思うが、リエラ、君はどうだい?」
衣装をじっくりと検分していたレオン様が、私にそう問いかける。私は間髪を容れずに答えた。
「もちろん、とても気に入りました……! 動きやすそうで、可愛くて素敵です。ありがとうございます、レオン様、ヘルミーナ夫人。視察に着ていくのがとても楽しみです!」
「お気に召して光栄でございます、リングレン辺境伯夫人」
ヘルミーナ夫人は満足げに微笑み、恭しく礼をした。
翌日から、私は早速辺境伯領の様々な場所に足を運ぶことにした。どの場所にどんな薬草を育てることができるのかを、まずは確認するためだ。
朝食を終えると、レオン様は鉱山作業の視察のために、先に屋敷を出られた。
「いいね、リエラ。くれぐれも無理なことはしないようにしてくれ。当面はあくまでも、実地の状況確認程度だ。わずかでも危険な場所には、決して立ち入らないように」
「はい、承知しております、レオン様。無茶なことはいたしません」
「護衛と使用人たちには、話を通してある。決して彼らから離れないで」
「はい。分かりました」
ともに朝食をとっている最中、レオン様は何度も私にそう言い聞かせた。
相変わらず子どもを諭すような様子に、若干の寂しさを覚えたけれど、それをはるかに上回る喜びが、胸を満たす。
(こんなに人から心配されたこと、これまで一度もなかったな……)
そう思い、緩んでしまいそうになる頬を引き締めながら、私は神妙な顔でレオン様の言葉に頷いた。
リングレン辺境伯領は、国境の山脈に連なる高原と深い谷が入り組んだ、ひとことで言えば扱いにくい土地だ。平らな畑は少なく、石混じりの斜面や、朝霧の立ちこめる湿地が目につく。
これから訪れる冬の寒さも、非常に厳しいと聞く。穀物を育てるには、決して恵まれた土地とは言えない。
(でも、だからこそこの地は、薬草の栽培にこれ以上ない環境のはずだわ……!)
昼夜の寒暖差、澄んだ空気。痩せた土壌に、清らかな水。
強い日差しを受ける斜面には、即効性がある香りの強い薬草が育つはずだし、朝霧に包まれる谷あいには、湿り気を好む数種類の薬草を育てることができるだろう。
レオン様に詳しく聞いたところ、これまでの辺境伯領では、薬草といえば森で採れるものを細々と集める程度だったそうで、本格的に育て、管理するという発想はなかったようだ。
(それじゃもったいないわ。ここの土地なら、もっともっと上質な薬草がいくらでも育てられるはずだもの……!)
やる気漲る私は、朝食を終えるといそいそと準備を整え、リングレン辺境伯邸を出発したのだった。




