14. 夢の世界
室内にいた数人の侍女が、私に向かって厳かに礼をする。
そこは、まるで夢の世界だった。
大きな窓から差し込む柔らかな陽光が、淡いクリーム色の壁と、天井から下がる優美な装飾灯を照らし出している。部屋の奥には天蓋付きの大きな寝台が置かれ、真っ白な寝具には細やかな刺繍が施されていた。その枕元には、小さな可愛らしい硝子の燭台。
窓際には、落ち着いた濃茶の長椅子とテーブルがある。壁際には文机と、磨き上げられた化粧台。どれも品があり、美しい設えの調度品ばかりだった。
ベッドの反対側の壁には、私が入ってきたのとは別に、もう一つ扉があった。
テーブルの上には、淡い桃色の薔薇や白百合が飾られた大きな花瓶が、存在感を放っている。
(……ここが……、私の部屋……?)
大きな暖炉にはすでに火が入れられており、赤々とした炎が、部屋の空気を温めていた。
心地よい暖かさに包まれた美しい部屋の中で、私は唇を薄く開き、なかば呆然と佇む。
最初の婚家であるフェルナー伯爵家で与えられていたのは、最低限の家具が置かれた、窓の小さな薄暗い一室だったというのに。
(こんな風に迎えていただけるほど、私は歓迎されているの……?)
そう思った途端、指先が震え、胸の奥がじんわりと熱くなる。
実家でもフェルナー伯爵家でも冷遇され、追い出されるように馬車に乗ったのだ。辿り着いたここでは、当然これまでより一層辛い人生が始まる。そう思っていたのに。
自分の身に起こっていることが信じられず、軽くめまいさえした。
その時、私をここに連れてきてくれた侍女の一人が、優しく声をかけてくれた。
「リエラ様、こちらにおります者たちも、リエラ様付きの侍女でございます。どの者にご用命くださっても構いませんので、どうぞ、これからよろしくお願いいたします」
その言葉に、私は室内にいた女性たちへと視線を向ける。
彼女たちは品のいい笑みを口元に浮かべ、再び私に向かって頭を下げた。
「あ、ありがとう。よろしくね」
予想もしなかった現実を受け止めきれず、気持ちが追いつかない。けれど、私はあくまでリングレン辺境伯夫人としてここへ来たのだ。不自然にへりくだったり、自信なさげな態度を見せたりしては、レオンハルト様の恥となる。そう思い、私は気持ちを奮い立たせ、優美に見えるよう意識して微笑んだ。
侍女は言葉を続ける。
「では、リエラ様。お召し物のお着替えをさせていただきます。旦那様がご心配なさっておいででしたので、暖かな衣装を」
「え、ええ」
ごめんなさい、ここまで寒いとは予想していなかったんです。王都より北側は寒いとは聞いていたけれど、体感したことはなく……。嫁ぐに当たって衣装の新調も、特にしてもらえなかったし……。
頭で言い訳をしながら、私は動揺を抑え返事をした。
数人の侍女たちが、寝台が置いてあるさらに奥の方から、衣装掛けや大きな衣装箱を運び入れてきた。それを目にした瞬間、また心臓が大きく高鳴った。
衣装掛けに吊るされたドレスたち、そして箱から次々に取り出される、ケープやストール。そのどれもがあまりにも美しく、そして可愛らしくて、思わず声を上げそうになってしまったのだ。
その一枚一枚に、私はじっくりと視線を這わせる。
襟元と袖口にふんわりとした白いファーが縁取られた、淡い生成り色の厚手のドレス。
銀糸の繊細な刺繍が施された、くすんだ薔薇色の、ベルベットのドレス。
淡い水色の、柔らかそうな生地のドレスには、同じ色合いのケープが添えられている。端から見えるケープの裏側には、厚手の生地が重ねられているようだ。
「……なんて素敵なの……」
もう我慢できず、声を漏らしてしまった。
すると侍女たちは皆、嬉しそうに微笑む。
「お気に召したのでしたら、ようございました。いかがでしょう。ご希望のドレスはございますか?」
そう問われ、私は胸をときめかせながら、おずおずと口にした。
「じゃあ……、その、ケープとお揃いの、水色のものを……」
「こちらでございますね。承知いたしました。こちらは旦那様が直接お選びになった一着でございます。きっとお喜びになりますわ」
「え……っ、そ、そうなの……?」
「ええ」
上品に微笑み頷く侍女の言葉に、頬がじわじわと火照る。
(なんてお優しい方なんだろう。噂なんて、全くあてにならないものなのね……。全然違うじゃない)
手際のいい二人の侍女にドレスを着せられながら、私はぼんやりとマチルダのことを考える。
(本当なら、ここに嫁いできて今こうしてドレスを選んでいたのは、マチルダのはずだったのよね。……レオンハルト様は、本当は私じゃなくて、華やかで美しいと評判のマチルダの方をお望みだったのでは……?)
そんなことを思い、途端に不安になる。
マチルダの評判を聞き準備していたはずのこれらのドレスを私が着ているのを見て、レオンハルト様は不快になられないかしら。
ふいに、私を初めて見た時のニルス様の反応が脳裏に蘇る。
『……チッ。外れか』
あの時のニルス様の、露骨なまでの失望の表情。
このドレスを着てレオンハルト様の前に出た時に、もしも同じ顔をされてしまったら……。
「……っ」
冷たい手で喉元を摑まれたような、嫌な不安が胸に満ちる。
そんな私の気持ちなど知らない侍女たちは、にこやかに私を化粧台へと誘った。
「さぁ、リエラ様。次はお髪とお化粧を整えさせていただきますね」
身なりを綺麗にしてもらった私は、そのままソファーへと誘導される。そして侍女の一人が出してくれたいい香りのする美味しい紅茶を、ゆっくりと堪能した。疲れと緊張で強ばっていた体が解れ、少し眠くなってしまった。
夕食の時間となり、いよいよ私は部屋を出て、一階の食堂にいるというレオンハルト様のもとへと向かった。
再びの緊張に、解れた体がまた一気に強張る。
長い回廊を歩いている間、私は何度もごくりと喉を鳴らした。
小刻みに震える足を動かし、ぎこちない動きで食堂へと足を踏み入れる。すでに席についていたレオンハルト様は、私の姿を見て優しい笑みを浮かべた。
下ろしっぱなしだった栗色の髪は、先ほど侍女たちが可愛らしいハーフアップに結ってくれた。この水色のドレスに似合う小さなサファイアのイヤリングとネックレスも、レオンハルト様が準備してくださっていたものだという。
祈るような気持ちで彼の第一声を待っていると、レオンハルト様は泣きたくなるほど温かな言葉をかけてくださった。
「なんて美しいんだ、リエラ嬢。よかった、とても似合っているよ」




