13. 温かな待遇
(リ……、リングレン辺境伯様なの!?)
屋敷の方へと歩いていく彼の背を追い、その輝く金髪を見つめながら、私の足はただ無意識に動いていた。
この方が? ……本当に??
これまで耳にしてきた様々な噂話とのあまりの差に、口が無様に開いてしまう。
レオンハルト・リングレン辺境伯。醜く恐ろしい風貌、戦好きの乱暴者。社交嫌いで、人間嫌い。
浮かんでくる全ての言葉が、今目の前に現れ私を優しく迎えてくれたこの殿方とは、全く結びつかなかった。しかも、勝手に想像していた辺境伯様よりも、ずっとお若い。
私を送ってきた御者と使用人は、「それでは我々はこれで……」と簡単な挨拶をすると、私を気遣うようこちらに一礼する。そしてそのまま馬車に戻り、帰っていった。
私は突如現れたこの金髪の美丈夫に、ただただ呆然とついて行く。屋敷の玄関ホールへと辿り着くと、彼はこちらを振り返り、私に温かな笑顔を見せる。
(う……っ! ま、眩しい……っ! ……ちょっと待って。聞き間違いだったかもしれないわ。辺境伯様の、お身内の方っておっしゃってたっけ? そうだったかも……。うん、そうおっしゃった気がするわ)
冷遇され続けてきたこれまでの環境が、思考に影響しているのだろうか。
万が一にも都合のいい聞き間違いをしてしまっており、この後現実を突きつけられた時に苦しまずに済むようにと、私は自分の思考を無理矢理操作する。
目の前の美丈夫を、リングレン辺境伯だとは思わないように努めた。
どなたかはっきりしない美丈夫は、そこに立っていた姿勢正しき壮年の男性を、私に紹介してくださった。彼の横とホールの向かい側には、大勢の使用人らしき人たちがずらりと一列に並んでいる。
「リエラ嬢、こちらが我が屋敷の家令だ。何か困ったことや分からないことがあれば、彼に尋ねるといい。もちろん、私が在宅の時は、いつでも私に声をかけてくれて構わないよ」
「家令のヴァルターでございます。遠路はるばる、ようこそお越しくださいました、リエラ様。屋敷の者一同、こちらにおられますレオンハルト様の奥方となられたリエラ様を、心よりお迎え申し上げます。どうぞ、ご無理なさらず、まずはゆっくりと疲れをおとりくださいませ」
白髪を綺麗に後ろに撫でつけたヴァルターさんがそう言うと、並んでいた全員が一斉に礼をした。
(……こちらにおられます……レオンハルト様……?)
やっぱり、この方がレオンハルト様で、間違いない……?
眩しい存在感を放つ金髪美丈夫をおずおずと見上げると、目が合った彼は再び美しい笑みを見せた。
「さぁ、話は夕食の時にゆっくりするとして……、何はともあれ、まずは君の部屋に案内しよう。……頼むよ。彼女にもう少し、暖かな装いを」
「承知いたしました、旦那様」
レオンハルト様が目配せをしてそう言うと、手前に並んでいた女性が二人、私のそばへと歩み出る。
「彼女たちは、君の専属侍女だ」
「せ、専属侍女!?」
「……?」
「あっ、し、失礼いたしました……。はい、ありがとう、ございます……」
反射的に素っ頓狂な声を上げてしまった私に、レオンハルト様をはじめ、家令のヴァルターさんも、侍女たちも、皆怪訝そうな顔をしている。
生まれてこの方、私に専属侍女がついたことなど、一度もないのだ。マチルダには一人いたけれど。
恥ずかしさと戸惑いで、背中に汗が滲む。レオンハルト様は気を取り直したようにくすりと笑うと、「では、また食事の時に」とおっしゃる。そして、侍女たちに連れられて玄関ホールの奥の階段を上がっていく私のことを、見送ってくださったのだった。
侍女たちは、こちらを気遣うように時折振り返りつつ、前を歩く。
彼女たちについていきながら、私の心臓は高鳴り続けていた。リングレン辺境伯邸のあまりの素晴らしさに、視線があちこちに彷徨う。
高い天井から下がる、硝子の装飾灯。壁には落ち着いた色合いの織物が掛けられ、その間には、歴代の当主様なのだろうか、厳かな肖像画がいくつも並んでいた。回廊の床に敷かれた絨毯は、足が沈むほど柔らかい。
(まるで、別世界だわ……)
領地のローゼン男爵邸の廊下は隙間風が吹き込み、床はいつも軋んでいた。装飾といえば、古びた花瓶が少し置いてあるだけ。
それなのに、ここは……。
廊下の途中に置かれた飾り棚には、精巧な彫刻の施された銀の置物や、淡い色のガラス細工が並べられている。どれも決して派手ではないのに、一目で高価だと感じられるものばかりだった。
(フェルナー伯爵家とも比較にならないわ……。すごい……)
ついみっともなくきょろきょろと見回しては、通り過ぎる使用人たちから静かに頭を下げられ、慌てて前を向いた。
しばらくそのまま進み、二階の奥まった一角にある扉の前で、侍女の一人が私に声をかけた。
「こちらがリエラ様のお部屋でございます。どうぞ」
「あ、ありがとう」
つい「はい、ありがとうございます!」などと言ってしまいそうになり、思いとどまる。開かれた扉から中へと足を踏み入れた私は、そのまま立ち止まり、息を呑んだ。




