第9話 マナドリを飲めば元気100倍ですか?
森の奥にあった魔族の集落を襲撃した者たちを分からせた後も、ソーニャは食堂でのアルバイトを続けている。
分からせた聖堂騎士や護衛兵も店に顔を出すが、彼らは寒村の村長と同じく、マナの減少で弱体化した魔族に付け込んだだけで、彼ら自身がマナの減少を引き起こした訳ではなかった。
「そう簡単に解決する問題じゃないねえ」
「ママはお給仕するのを楽しんでるんじゃないの?」
最初はソーニャのアルバイトに反対していたアリーセも、今では宿の仕事を手伝うようになった。
「そういうアリーセも楽しそうだね」
「ママと別れて城でお留守番を続けるのも退屈だし、給仕服も可愛いしね!」
ソーニャとお揃いの給仕服を用意されたことも、アルバイトをする大きな理由のようだ。
「あたしもそっちのほうが良いぞ!?」
なにかとアリーセと張り合うワグルーだったが、不器用で給仕を失敗する頻度がけた違いだったため、女将からホールに出ることを禁じられている。
エプロン姿で厨房の手伝いや、宿の部屋の準備や後片付けを手伝っている。
失敗してダメにする食器やシーツ類も少なくはないが、妹のメルが喜んでいる手前、女将も大目に見てくれている。
「まあ、あんたらが来てくれて、客足が付いたのは確かだしね」
酒を出す夜の時間でも、ソーニャやアリーセに多少絡む客はいるものの、大きな騒ぎには発展しない。この町のこわもてだった、聖堂騎士と護衛兵が軒並み分からされたことを、みな知っているからだ。
事情を知らない旅人や商人が羽目を外しそうになり、地元客が真顔で制止する場面もしばしば見られた。
「アリーセも、フードなしで出歩けるようになって良かったね」
もともとアリーセやワグルーが迫害される謂れはなく、正常な扱いに戻っただけなのだが、ソーニャがいなければ悪い方向に変化し、差別として定着していただろう。
「マナが足りないんなら、マナ水を仕入れれば良いんじゃない? ねえ、お姉ちゃん」
「あー、あれはダメだ。聖魔戦争前ならともかく、今じゃおまじない程度の効き目しかないぞ」
在庫調べから帰ってきた妹・メルの言葉に、女将は渋い顔で応える。
「でも今はマナドリとか出てるし」
「なにそれくわしく!」
皿を下げてきたソーニャは、メルの言葉に食いついた。
§
トナルの南西にある町ハスレ。女神フェルシアゆかりの泉があり、マナが豊富に含まれた水は、万病に効くと重宝されていた。
泉守りは代々聖女を輩出する家系として知られ、今の泉守りであるレーネも、最年少で聖女になるのではと噂される人物である。
『女将の話じゃあ、その泉もよそと同じでマナ不足になってるんだろ? なんだそのマナドリってのは』
メルの仕入れに付き添い、バイト店員としてハスレの町を訪れたソーニャに、フテネルは不審げな表情を露わにする。
「はい、ソーニャ。両方買ってきたよ」
メルが手に入れた瓶を手に、ソーニャはしげしげと見比べる。
どちらもディフォルメされた長髪の少女が、ウィンクするラベルが貼られている。
「こっちはマナ水。普通の水――聖別はされてるかな? 害はないけど、万病に効くってのは誇大広告だねぇ」
透明な瓶をためつすがめつ調べたソーニャは、褐色の瓶を手にする。
「これがマナドリ? うーん、開けてみないと分からないかな?」
きゅぽんと栓を開けると、甘く刺激的な匂いが鼻をくすぐる。
「薬湯かな?」
『いやこりゃマズいだろ。精力剤、強壮剤に使われる薬草のブレンドだ。香りや口当たりでごまかされるが、かなりの依存性がある薬草も含まれてるぞ』
「ハスレでは結構な人気だって聞いたから、良さそうなら卸せないか交渉したいんだけど。どうかな?」
「えーっと……あんまり良くない、かな?」
フテネルの声が聞こえていないメルは、ソーニャに感想を尋ねる。
確信がないまま、無難な応えを返そうとしたソーニャの尻を、腰の曲がった小さな老婆がぴしゃりと打つ。
「これ! レーネちゃんを悪く言うんじゃないよ。代々続く泉守りを、ちっちゃい頃からひとりで頑張ってるんだからね!」
「うへぇ、ごめんなさい!」
「買って試してるみたいだから、これで許してあげるけどさ。買わないで文句付けてたなら、こんなもんじゃすまないよ!」
ぷりぷり怒りながら去る老婆。
その手にもマナ水の瓶が握られている。
「あれ? お婆ちゃんのはマナが濃いような?」
§
「泉守りのレーネちゃんに会ってみようよ」
ソーニャたちが町の人たちに話を聞くと、昔は泉に寄り添うように泉守りの小さな庵があり、誰でも自由に泉の水を汲んでいたのだという。
今では泉はフェルシア教会の敷地内にある、豪奢な噴水を兼ねた水汲み場となっている。周囲を聖堂騎士団が見回っており、お布施を収めたものだけが、マナ水を授けて貰える形となっている。
『もともとフェルシアゆかりの泉だったから、聖地として文字通り教団が取り込んだんだな』
「こっちの水は、自然の湧き水と変わらないね」
噴水の周囲には何か所も授与所が設えられており、ロザリオや女神フェルシアの絵姿、マナ水やマナドリが並び、観光地の様相を呈している。
「メルちゃん、マナドリ、マナ水の20倍も払わなきゃなの?」
「マナ水も卸して貰えるようなものじゃなかったね」
『卸せなんて言い出したら、ヤクザの商売に噛ませろって言うようなもんだぞ?』
「マナドリは薬効成分加えてるぶん、良心的なのかな?」
「必要な人が自由に汲めるただの水なのに、値札をつけるのはおかしいよねぇ」
声が大きすぎたのか、ソーニャとメルの会話を聞きとがめ、聖堂騎士が周りを取り囲む。
「怪しい給仕め。マナドリの評判を落としに来たのか?」
「我々はフェルシア教団に帰依し、大聖堂を守護する騎士である。だがその力もレーネ様のマナドリあってのもの。ゆえに我らは聖堂騎士である前にレーネ親衛隊である!」
「レーネ様に嫉妬しての暴言か、この田舎娘!」
口々にソーニャを罵る騎士たち。
だが妙にテンションが高く、様子がおかしい。
「給仕服になれて油断しちゃったけど、修道服で来ればよかった」
『田舎給仕が田舎修道女になるだけだ。ソーニャのイモっぽさは変わんねーよ』
フテネルを小突こうとしたソーニャの動きに反応し、騎士たちが腰の剣に手をかける。
「やば!」
『馬鹿……』
波が引くように周囲から人が離れ、メルを後ろに庇ったソーニャが構えたとき、教会から小さな人影が現れた。




