第10話 泉の精霊と対決ですか?
「マジキモっ。レーネちゃん特製のマナドリ、サゲにきたってワケ?」
白い修道服を身にまとった、12歳くらいと見える少女。
長いプラチナブロンドに青い瞳が印象的だが、不機嫌そうに目を細め、首を傾げている。
修道服は聖女の儀礼服を模したように改造されているが、丈は短くスリットは深く、白いタイツに包まれた細い脚が大胆に露出している。
『良かったな。ソーニャだけが露出狂じゃなくて』
「わたしのは仕事着だよう!」
レーネの視線が頭上に向けられ、細めていた目が大きく見開かれる。
「オバサン、あんたひょっとして、第666代聖女?」
「あー、ママの次はオバサン呼ばわりだよ……」
『なんだ、あいつ。あたしが見えるのか』
興味深げに見下ろすフテネルから視線を外し、レーネはソーニャに指を突き付ける。
「知ってるわよ追放聖女! どうせこのだらしない胸で、偉いジジイを誑し込んで認定させたとかでしょ? マジありえないんですけど。本物の聖女なら追放されるようなやらかし、大聖女様……いえ、女神フェルシアが放っておかないんだから!!」
「逆なんですけど。わたしの胸を掴んだ偉い人が、破門できない腹いせに、追放って言い出したんだけど――」
事情を知っているなら話せば分かってもらえると思ったソーニャだったが、レーネには何か別方向の思い込みがあるようだった。
『ひゃははははッ! 確かに。フツーはありえないやらかしだもんな!』
「もう、ちょっとは反省したんだから! フテネルはメルちゃん守ってて!」
「ウザっ! こいつやっちゃって!!」
周囲を取り囲んだ騎士たちが斬りかかってくる。
最初こそ足止め狙いや牽制での捕縛狙いだったが、ソーニャが下手な牽制程度ではかわしもせず、完全に見切られていることに激昂し、すぐに本気の斬撃に切り替わる。
「本気っていうより正気じゃない感じだね」
聖堂騎士たちは、血走った目で剣を振り回す。おかげでフテネルがあえて意識を逸らさなくても、メルは物陰に隠れ、安全を確保できたようだ。
「どうせそのオバサン、ちょっと斬ったくらいじゃ死なないから! マジメにやってよね!」
「この状態じゃ分からせるのも無理かな。手早く眠ってもらおうか」
レーネの煽りに騎士たちは息を荒げて剣を振る。ソーニャは連携の取れない大振りを苦もなくかわし、軽装鎧の隙間を狙った強烈な一撃で、次々と騎士たちを沈めてゆく。
「このオバサン腐っても聖女だし。ここで黙らせないとレーネが終わっちゃう。ありえないんですけど? ……アシュレ、やっちゃって!」
ソーニャとフテネルに忙しなく視線を走らせていたレーネが、小さな試験管をソーニャに投げ付け、涙目で叫ぶ。
「お!?」
狙いを逸れた試験管に構うことなく、ソーニャは最後の騎士の斬撃を避けようとするが、足元を取られ体勢を崩す。かわせないと判断し、踏み込んで左手で受けたソーニャは、喉元に右の貫手を打ち込み、騎士を悶絶させる。
足元の違和感に目を走らせると、割れた試験管から零れた少量の水が、ソーニャの足を拘束しながら蛇のように這い上がって来る。
『水の精霊ニクセか?』
「本物の精霊なんて見たことないでしょ? マナドリ頼りの騎士なんかより、ずっと強いんだから!」
レーネが次々放り投げるマナ水を取り込み、水の精霊――アシュレはソーニャを拘束する触手を増やしながら、やがて水汲み場へとたどり着く。
噴水の水が派手に噴き上がり、美しい女性の姿を取る。
「うわぁ。キレイだねえ」
場違いに感嘆の声を上げたソーニャは、水の触手にごぼう抜きに引き抜かれ、水汲み場へと叩き落される。
「『ソーニャ!!』」
メルが助け出そうと駆け寄るのを、フテネルは押し止める。
「あひゃ❤ やめといたほうが良いよ。怒ったアシュレ相手に、人間が敵うはずないから」
水面は煮立ったように荒れている。嘲笑いながらのレーネの忠告通り、いま水汲み場に近づけば、ソーニャと同じくアシュレの手で、水の中に引きずり込まれてしまうだろう。
「ざーこ❤ よわよわじゃない。レーネのやることチクったりしなきゃ、許してあげてもいいけど?」
足をつけば腰程度の深さのはずなのに、ソーニャは藻掻くばかりで上がってこない。
「ほらがーんばれ❤ がーんばれ❤ 早くしないと溺れちゃうよ?」
手拍子で煽っていたレーネだったが、とっくに溺れたはずのソーニャが水面を割り立ち上がるのを目にし、口を開けたまま固まる。
『水場で水の妖精が無敵なのは、触れないからだ。残念だったなクソガキ。マナの塊みたいな存在なら、ソーニャは掴めるし殴れるんだよ!』
「そんな……ズルい!」
目が慣れ、マナの濃度で見分けられるようになったソーニャは、水の触腕を捌き、引き千切り、拘束を解いて行く。
水中でやったように、アシュレが口から触手を捻じ込み、溺れさせようとしても、ソーニャはマナを吸収し、咳き込み、えづきながらも水を吐きだす。
失ったマナを補給すべく、アシュレは無数の触手を振り回し、マナ水の瓶を割るが、僅かばかりのマナでは、ソーニャに削られる量に遠く及ばない。
暴れる触手が、慎重に避けていた褐色の瓶を割る。
「アシュレ、ダメ!!」
僅かに動きを止めたのち、触腕は次々褐色の瓶を割り、マナドリを体内に取り込む。
ソーニャに押され、少女くらいのサイズになっていたアシュレは、虹色の輝きを放ち、触手の数と鋭さが増す。
よけきれず肌と衣装を切り裂かれるソーニャ。鏡のような瞳に微かな笑みを浮かべ、構わず間合いを詰める。
「聖なるかな。俗世の穢れを捨て、女神フェルシアに抱かれなさい」
「やめて! アシュレを殺さないで!」
泣きながら駆け寄るレーネも、無数の触腕に襲われ、切り裂かれる。
「悔い改めなさい――」
『ソーニャ!』
フテネルの呼びかけでソーニャの瞳に光が戻る。
だが右の貫手は止まることなく、アシュレの胸部に突き刺さる。
「ああっ……」
水汲み場まで辿り着いたレーネの目の前で、アシュレは色を失い崩れ落ちる。
ぐしゃぐしゃの泣き顔のレーネに、歩み寄り拳を突き出すソーニャ。
「ひゃん!」
悲鳴を上げ顔を庇ったレーネが、こわごわ目を開けると、突き出されたソーニャの掌の上には、甘い異臭を放つ塊が載せられている。
「エナドリの薬効成分。すごいね、ひとりで調合したの?」
にっこり微笑むソーニャの隣に、ずいぶん背丈の縮んだアシュレが顔を出す。
「アシュレ!!」
「お婆ちゃんに免じて、分からせはここまでだ、よ……?」
ソーニャの視線が、へたり込んだ自分の足元に向けられているのに気付き、レーネは初めて自分の粗相に気付く。
「ちょ、ナニ勘違いしてんの! こ、これは聖水! アンタに使わないであげた、とっておきの秘密兵器なんだから!!」
耳まで赤くなり喚くレーネに、ソーニャは頭から水をぶっかけ、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「これはお返し」




