第8話 うらむ理由がなくなったら、ごめんなさいの番ですよね?
ソーニャが持参していた携帯食を与え、アリーセが小屋から見繕ってきた服を着せたあとも、魔狼の少女は警戒を解かず、距離を取って座り込んでいる。
「あいつらは、遊びであたしたちの村を襲ったんだ」
「あいつらって?」
「剣や弓矢を持ったやつら!」
「ギルドの護衛兵? 聖堂騎士のほうかな?」
「どっちもだ!」
ワグルーの話を聞くと、護衛兵と聖堂騎士が、賭け勝負がてら魔物狩りをしているとのこと。
ここでも伯爵の件同様、アメルハウザー伯爵の領民だと知ったうえで、講和を反故にして「魔物だ」ということを理由に襲ってきたという。
「怖かったね」
親近感を抱いたアリーセは、自分より幼いワグルーの頭を撫でようと手を伸ばすが、そのたびごとに唸られ、噛みつかれそうになり手を引っ込めている。
「そのうえ、街道の護衛と称して、道行く人からもお金を巻き上げてたんだ……」
町と隊商を守る護衛兵だけでなく、フェルシア教団の一部である聖堂騎士までが手を汚していると知り、ソーニャの声も沈んだものになる。
『その騎士様たちが来やがったぜ!』
フテネルの警告から間を置かず、木立の奥から6人の男たちが現れた。
§
「ほッ、見付けた! バイガス殿、これで吾輩の勝ち越しですな!」
髪を脂で塗り固めた、護衛兵のリーダーらしき男が、ソーニャたちを指し、甲高い喜声を上げる。
「気が早いぞ、サナルティ。余計な者もおるようだが……こ奴、吸血鬼か?」
さらに5人の軽装の騎士たちが合流する。毛皮のマントを羽織った大柄な男が、左頬の目立つ傷跡を擦りながら訝し気な声を漏らした。
「ただの吸血鬼じゃあないよ。この子はアメルハウザー伯爵のご息女だよ!」
アリーセを背に庇い声を張り上げたソーニャに、バイガスは太い眉をピクリと動かし、目を細める。
「田舎修道女風情が小うるさいことだ。サナルティ、吸血鬼を狩れば、倍の得点でどうだ?」
「バイガス殿にはかないませんな。良いでしょう。ですが吾輩が狩れば、バイガス殿の完敗ですぞ」
ソーニャに庇われ、ワグルーを背中に庇うアリーセは、自分たちを賭けの標的として笑い合う男たちに、涙目になりながらも叫んだ。
「わたしはエルンスト・アメルハウザー伯爵の娘アリーセ! そしてこの人は、第666代聖女、ソーニャ様だよ!」
聖女と聞いて、バイガスの笑声が止まる。だがすぐに、
「馬鹿め。このような所に、聖女様がおられるはずがない。たかが修道女一人、魔族討伐中の事故として処理すれば問題ない」
「いやいや、なかなかの身体つき。余禄として、じっくり味わってから始末しましょう。殺して埋めれば、このような森の中まで探すものはおりますまい」
下卑た笑いを浮かべ、各々の得物を構える男たち。
「はー、これは分からせないとダメかなぁ」
ほほ笑みながら、修道服のスカートの裾を、ふとももが露になるまで裂くソーニャ。男たちの視線が集中したわずかな隙に、ソーニャの姿は視界から消えた。
「どこに!?」
「うぎゃッ!?」
最後尾でワグルーに狙いを定めていた兵士は、ソーニャに手首ごと弓を握りつぶされ、左膝を前から蹴り砕かれた。
「ぜんぶ終わるまで、逃げちゃダメだよ」
「ひッ……」
耳元で不吉な呟きを残された兵士は、必死に這いずって茂みの奥に潜り込み、うずくまってガタガタ震えるのみとなる。
アリーセに短刀で斬りかかった騎士は、コウモリの翼をひらめかせた宙返りでかわされ、後頭部を蹴られつんのめったところを、ワグルーに喉元を噛み裂かれた。
「やるね、ワグルー!」
「おまえもな!」
『おまえは、子供の姿をしたものに剣を向けるのですか』
『女神フェルシアは見ておられます。それは聖堂騎士にふさわしい振る舞いですか』
『選ばれた聖女を殺したものは、永遠に地獄の炎に焼かれるでしょう』
わずかに良心を残し、魔族とはいえ子供でしかないアリーセやワグルーへの攻撃を躊躇する者たちは、どこからともなく聞こえるフテネルの囁きに心を乱される間に、あっけなくソーニャの蹴りや拳で沈められた。
「き、貴様らァ!! なにをしている不甲斐ない! ええい、ここは吾輩の、20匹の魔族を斬った銘剣で――」
「20人も斬ったの?」
「ひぃ!!」
配下をことごとく倒された衛兵長サナルティは、不意に距離を詰め、目の前にあらわれたソーニャの姿に悲鳴を上げ、飛び退きながら剣を抜こうとする。
だが手の中にあるのは柄だけで、剣身は鞘に残ったまま。
抜剣の瞬間、ソーニャに指で挟み折られたと悟り、柄だけになった銘剣だったものに絶望の眼差しを向ける。
「だいじょうぶ。ちゃんと20人分贖うまで死にはしないから。安心して」
「い~~や~~だ~~!!」
絶叫するサナルティ。
だがソーニャの分からせを始める前に、背後から忍び寄っていたバイガスが長剣を振り下ろす。
「え……ちょ……バイガス殿……」
素早く身を翻したソーニャはちらりと視線を投げ、身代わりに袈裟懸けににされたサナルティが致命傷を負っていないことを確認すると、長剣を構えるバイガスと対峙する。
「俺はそいつらのように簡単に倒れんぞ。俺には聖堂騎士としての誇りと大義がある」
「後ろから斬りかかっておいて、いまさら誇りもないんじゃないかな?」
「ぬかせ!」
戦いなれているらしく、バイガスは足場や木立の空間を的確に把握し、ソーニャを追い詰める。
「魔族との講和などまやかしだ! この傷が疼く限り、俺は目に付く限りの魔族どもを殺し続けてやる!」
鋭い突きを際どくかわすソーニャ。
修道服の脇腹が裂け、わずかに血が滲むが、傷はすぐに消える。
「癒しの力か。聖女は騙りだとしても、そこそこは使えるようだな。だが次は癒す間もなく殺す!」
「じゃあ傷は治ったから、こんどはあなたがごめんなさいする番だね」
「何を――」
ソーニャの言葉を、口元を歪めて笑い飛ばそうとしたバイガスは、左頬の引き攣る感覚がないのに気付き、思わず手で確かめた。
かつて獣人に切り裂かれた、深い傷跡がすっかり消えている。
「馬鹿な!? こんな古傷を癒せる力、ま、まさか本当に」
にっこり笑うソーニャの顔が眼前に迫り、膝、股間、鳩尾、首筋と、立て続けに衝撃を受け、バイガスは仰向けに倒れた。ソーニャが上からのぞき込むが、全身の痛みで指一本動かすことができない。
「この毛皮、魔狼の人の? 皮ってどうやって剥ぐんだっけ?」
ソーニャの視線が身体をなぞる冷たいナイフのように感じられ、脂汗が滲む。
耳元に、獣の唸り声が近付く。
「まて、やめろ……」
「ワグルー、やっちゃっていいよ。即死以外は治すから」
森の中に、バイガスの絶叫が響いた。
§
「ワンパックじゃない。あたしはワグルー!」
「えぇー……」
ソーニャたちが森から連れ帰ったワグルーに引き合わせると、メルは露骨に不満そうなそぶりを見せたが、仕草や反応が仔狼の時そのままだったので、すぐに打ち解けた。
「ワグルーはこれからどうするの?」
「家を修理してもらっても、ひとりぼっちだしねえ……」
ソーニャに分からされた護衛兵と聖堂騎士たちにお願いすれば、3日で村ごと元通りになるだろう。だが、失われた命だけは元に戻らない。
「家に来ればいいじゃない、ねえ」
ワグルーの灰褐色の髪をわしゃわしゃ撫でるメルが言い切るが、背後では腕組みをした女将が渋い顔をしている。こっそり犬――狼を飼っていた件で絞られたばかりだから、一人分の生活費が増えるのは、簡単に許可されそうもない。
「まあメルの友達だし、たまに来るくらいなら、好きなもの奢ってやってもいいけどね」
心を入れ替えた護衛兵たちは、これまで搾取した償いに、4割の賃金で働くと申し出た。おかげで仕入れ値が下り、売り上げ増が見込め、いつもは不愛想な女将の人あたりも、幾分チョロくなっている。
「うー、森のマナも少ないしな」
『ソーニャが分けてやった分が無くなれば、月の満ちた夜に人の姿になれる程度ってところか』
「し、城に来るのがいいよ! ね、ママ!」
もじもじして発言の機会を伺っていたアリーセが、大声で宣提案しソーニャの手を引っ張る。
「お城の近くに小屋を建てれば、いつだってママにマナを分けて貰えるし、小屋が嫌なら、お城の中にも空き部屋いっぱいあるし!」
「いいのか?」
「アリーセのお家だからね。アリーセとワグルーが仲良くできるならいいよ」
「やった! ありがとうママ!」
満面の笑みでソーニャに抱き着くアリーセ。
「それじゃああたしは、いつでもマナがもらえるママの部屋で暮らすぞ!」
「わ、ワグルーのママじゃないでしょ!!」
「アリーセのママでもないんだけどな……」
「ママは黙ってて!」
『マナを確保するために旅に出て、マナを供給する相手増やしてどうするよ、この能天気娘』
喚き合う2人の魔族の娘に挟まれたソーニャの頭上を漂いながら、フテネルはあきれ顔で苦笑を漏らした。




