第7話 森で仔犬探しをすればいいんですか?
「ちゃんと吸血鬼だって隠せる服装選べて偉いね。よしよし」
人間ばかりの町に、たったひとりで怖かっただろうに。
無茶をしたアリーセの気持を思い、ソーニャはアリーセのフードを脱がすと、菫色の髪を優しく梳かした。
酒場の隅の席で、特別注文のパフェとパンケーキを前にしたアリーセは、怒っているポーズを続けながらも、夢中で料理を頬張りはじめる。
涙目で笑顔を浮かべるアリーセの姿に安堵したソーニャは、今までの経緯を説明した。
「つまりママは、城を出てからお金をごっそり減らして、夜のお店でアルバイト始めた……ってことだね?」
「えっ! ちが、そんな人聞きの悪い……あれ? うん、……そうかも」
『ソーニャは馬鹿だからな。仕方ないさ』
「馬鹿って言わないでよう」
いつのまにか帰ってきたフテネルが、アリーセの尻馬に乗り、ソーニャをからかう。
「フテネルがいっしょでこの有り様なのは、フテネルの監督不行き届きじゃあないの?」
『あたしはこの馬鹿と違って、ちゃんと調べ物をしていたさ。ソーニャ、この町の教会に、シスターいたのを覚えてるか?』
「このありさまって……」「2回も馬鹿って言われた」と呟いていたソーニャは、司祭の陰に隠れるように、おどおどした様子の修道女がいたことを思い出す。
『なんか悩んでるていだったから、「この町に聖女が来たのも、女神フェルシアのお導きです。何でも打ち明けてみなさい」ってお告げを下してやっておいたぜ。明日にでも聞きに行ってみるんだな』
「フテネル、またそんなお告げを悪用してー」
フテネルをたしなめようとしたソーニャだったが、シスターが本当に悩んでいたのなら、気付かなかった自分のほうが悪いと、お小言を飲み込んだ。
「さあ今日はもう上がっていいよ、ソーニャ。あんたの娘の払いのおかげで、3日分は稼げたからね!」
「娘じゃないですけどね?」
「ママ、今日は一緒に寝ていいよね?」
「う、うん。いいよ。置いてってごめんね、アリーセ」
「やったぁ!!」
支払った金貨と女将の計らいで、早仕舞いしたソーニャに抱き着くアリーセ。
仕事疲れに加え、甘えるアリーセにたっぷりマナを与えたソーニャは、夢も見ず深い眠りに落ちた。
§
「わ、ワンパックがいなくなっちゃって……」
「ワンパック?」
翌朝、金の力で休みを勝ち取ったソーニャは、アリーセを伴い教会を訪れた。
幸いシスターは、第666代聖女であるソーニャに対して、恐れではなく、敬愛を抱いてくれていたようだったが、その分テンパって話の要点が掴みづらい。
「ママ、シスターがメルちゃんから預かってた仔犬だよ」
「メルちゃん?」
『女将の年の離れた妹だろ。話聞いてんのか?』
「お、お客さん相手のご商売だから、家では飼えないって……」
「ふむ?」
「メルちゃんが仕入れに付いて行った時のことだって。ママも会ってるはずだよ」
「ああ、リンゴくれた子だぁ」
ひとり理解が追い付かず、呑み込みが悪い子扱いに釈然としないものを感じていたソーニャだったが、フテネルが教会でシスターの悩みに勘付いたのと同様、アリーセはトナルの町に辿り着いた際、仔犬を探し歩いているメルに出会っていたようだ。
「それじゃあ、わたしにワンちゃんを探して欲しいのかな?」
「そ、ソーニャさま……それがその、足とかおっきくて。ワンパック、犬じゃなくって、恐らく、狼なんじゃないかと……」
「あー、それで」
『町の中を探しても見つからない。町の兵士や騎士団に見つかる前に、探しに行って欲しいワケだな、森に』
§
「うーん、この広い森の中から、仔犬――仔狼か。仔狼一匹探し出すのは大変だねぇ」
『狼でも、小さい時から飼えば懐くからな。腹を減らして、餌を貰いに出てくるのを待つほうが効率的じゃないか?』
アリーセはこめかみを指でグリグリし、何やら難しい顔をしていたが、パッと顔を綻ばせ、背に小さなコウモリの翼を生やすと、森に向かって羽ばたいた。
「思い出した! ママ、わたしに付いてきて!!」
「あ、アリーセ! 人目のある時間から羽だして目立っちゃダメだよ!」
ソーニャは慌ててアリーセの後を追い、森へと踏み込む。
「森の奥に、魔族の村があったはず。きっとそこの子だよ!」
アリーセの話では、アメルハウザー伯爵の領内には、昔は多くの魔族が住んでいたのだという。城に住むのも最後はアリーセ親子だけになったが、その頃にもたまに魔族の村からの客人があったのだと。
『マナ不足は人間より魔族に効くからな。森に住むのをあきらめて、マナの濃い魔族領の方に移ったか』
「ずっと前だけど、何度か家族で来たこともあるから」
そう言ったアリーセだったが、城からではなくトナルの町から森に入ったせいか、何度も方角を見失い、迷っている様子。
「でもアリーセ、なんでその狼が魔族だって分かったの?」
「メルが、残り物を上げても食べ残しには見向きもしなくて、お皿に並べたものしか食べないって言ってたから」
「ぜいたくで、食にこだわりのあるタイプなだけじゃないのかな?」
『こっちに踏みあとがあるぞ!』
フテネルが見付けた踏みあとを辿ると、森の木々が切り開かれた一角に、簡素な丸太小屋が数棟、寄り添うように建つ集落に辿り着いた。
「ぜんぶ廃屋みたいだねぇ」
「そんな……」
幼い頃訪れた場所の寂れた様子に、アリーセはショックを受けたようだった。
ただ人の気配がないというだけでなく、明らかに荒らされた形跡がある。
『ここも襲われたってことか』
フテネルの言葉に、アリーセは沈み込み、暗い表情を浮かべる。
その時、背後の茂みが微かに物音を立てた。
「いた!」
ソーニャが追い掛けるより早く、灰褐色の影は森の奥に逃げこもうとする。
先回りしたフテネルが、突然目の前に現れると、仔狼は驚き、転がりながら向きを変える。
ソーニャの手をすり抜け、いちばん幼く与し易しとみたのか、駆け寄るアリーセの喉元に噛みつこうと飛び掛かる。
「キャッ!?」
「噛んじゃあだめだよね?」
仔狼の牙はアリーセに届かず、庇ったソーニャの前腕に阻まれている。
噛みつこうにも牙が通らず、逆に押し込まれて口を閉じることもできない仔狼は目を白黒する。
『ああ確かに。こいつは魔狼だな。獣になれる人じゃなく、人の姿を取れる獣だ。マナ不足で、人の姿になれないんだな』
口を閉じられないまま地面に押し付けられ、ソーニャにお腹をわしゃわしゃ好き勝手に撫でられる仔狼は、完全に敗北を悟ったのか、涙目のように瞳を潤ませ、唸り声をあげている。
「じっとしててね、ワンパック」
「……わふ……」
ソーニャが癒しの要領でマナを注ぐと、仔狼は、悔しそうな表情を浮かべる少女に姿を変えた。
「ぶへ……ペッ! わ、ワンパックじゃない。ワグルーだ!!」
口に押し込まれた腕を抜かれると、少女は腹を見せ寝そべったまま、反抗的な眼差しで叫んだ。
『とりあえず、絵面が犯罪的だから、なんか着せたほうが良くないか?』




