第18話 あれ、審判は終わったんじゃないんですか?
「よいしょっと」
白い空間に浮かぶ書き割りの一つに映る、最近のソーニャの想い出が枠に手をかけ、バリバリと雑に引き裂きながら、白い空間に転がり込んできた。
「ソーニャ……貴女、どうやってここに――」
愕然として呟くシリル。
刹那の後、見られたくないその当人に、心の柔らかい部分を晒していることに気付き、慌てて記憶の数々をかき消した。
「ソーニャ、いつもはどれだけ起こしても起きないくせに、こんな時だけ……」
涙ぐみながら、シリルはソーニャに歩み寄り手を差し伸べる。
クローディッドは場違いな闖入者のソーニャにではなく、中空に鋭い視線を投げていた。
「10年振りかな。確かに君なら、僕の裁断法廷にでも潜り込める」
『誰とでもって訳じゃあねーぞ。ソーニャだから連れ込めたんだ』
「ふん。興がそがれたよ。君を見てると苛立ちが治まらない。用が済んだなら帰ってくれないか?」
『言われなくとも!』
クローディッドに露骨に拒絶されたフテネルは、拗ねた表情を浮かべ舌を突き出すと、ソーニャを残して宙に消えた。
それと同時に、逆回しのように白い空間に応接セットが現れ、書き割りのように部屋の壁が立てられ、来賓室が再現される。
ソファに腰を下ろしたクローディッドは、ソーニャとシリルにも席を勧め、部屋の外で待つ修道女に声を掛けた。
「すっかり冷めているな。改めてお茶にしようか、新任聖女諸君!」
§
給仕役の修道女に淹れてもらったお茶を前に、シリルは居心地の悪い思いを味わっていた。隣に座るソーニャはギリギリ品位を保つ素早さで、焼き菓子やケーキを口に運んでいる。
淹れなおしたお茶の香りにつられ、ソーニャの腹の虫が派手に鳴ったため、改めて用意された3段ケーキスタンドに載せられた品だ。
いつもなら「はしたない!」とか、「もっと味わって頂きなさい!」とたしなめる場面だが、大聖女であるクローディッドが、「こっちのクッキーはどうだい?」「このジャムも試してみるといい」と勧めている状況では、口を挟むこともできない。
「いったいどうやって回復したんですの? 奇跡を起こすにも、マナどころか体力さえ空っぽのはずでしたのに」
「アシュレが子供サイズに戻るのと引き換えに、手持ちのマナを分けてくれたんだよ。レーネちゃんに感謝だね」
「アシュレ?」
「水の精霊」
ひそひそと声を潜めるシリルとは対照的に、もきゅもきゅとケーキを頬張るのに忙しいソーニャは、ぞんざいな応えを返す。
「シリルは大聖女様への用事はすんだの? 呼ばれてるのはわたしだって話じゃあなかった?」
「それは! もう、いいから!」
首筋まで赤く染めたシリルは、ソーニャに大事なことを確認する。
「クローディッド様の『裁断法廷』で、何を見たか覚えてます?」
「何をって? 奇跡で作られた空間に入るなんて初めてだったから。ねーっと、確か――」
「ああもう、分からないなら良いですわ!」
質問の意図を測りかね、首をひねるソーニャに、シリルはとりあえず胸をなでおろす。
「君たち、仲が良いねぇ」
猫のような捉えどころのない笑みを浮かべ、クローディッドは同期の聖女たちを眺めている。
「シリル。君への裁断は取り消されたわけじゃない。埒外の力で、うやむやにされただけだ。保留、ってところだね。これからも励むように」
「……お言葉、胸に留めます」
「クローディッド様、わたしの審判の話は?」
神妙な表情でかしこまるシリルの隣で、ケーキをお茶で流し込みながら、ソーニャが小さく手を挙げる。
「君をどう量ったものか、正直考えあぐねているよ。それでも、シリルが先走ってくれたおかげで、懸念事項を一つ、確認もできたことだし――」
引き合いに出されピクつくシリルと、焼き菓子を口に運ぶ手を止めないソーニャを前に、しばし考える素振りを見せていたクローディッドは、芝居がかった調子で前髪を払い、高らかに言い放つ。
「北方の魔族討伐は一段落したばかりだけれどね。君たちには、僕の審判を兼ね、魔族軍残党の平定を手伝って貰うよ!」
§
「おおごとにならなくて良かったねぇ」
西方大聖堂を辞する間際。
ソーニャはほくほく顔で、給仕役の修道女から焼き菓子のおみやげを受け取っている。
あきれ顔のシリルに、さり気なく近づいたクローディッドが小声で囁いた。
「嫌な思いをさせてしまったね。僕にしても、これも『裁断の聖女』の役回りだ。許してくれるかい?」
「クローディッド様が“面白い”とご興味おありなのは、ソーニャのほうでしたわよね?」
『裁断法廷』でのやり取りを思い出し、シリルは素っ気なく返す。
「“面白い”のは彼女のほうだが、“期待している”のは君のほうだよ、シリル」
口説かれているのかと、シリルが思わず身を引くと、クローディッドは苦笑を漏らす。
「ああ、違う違う。そうじゃない。真面目な話、マナを集めるソーニャの体質、君はどう思う?」
「どうって……ソーニャだからとしか?」
「名のある魔族とも遣り合ってきた僕でさえ、魔術ならともかく、あんな体質の持ち主は初めてだ。ソーニャの聖女としての在り方は、僕も疑っちゃあいない。だけど、彼女はそもそも、人間なのかな?」
ふと、中空に視線をさ迷わせ、何かを確認したのち、クローディッドはシリルからそっと身を離した。
「シリルー、見てー! シリルの分も貰ったよ!」
大きなバスケットを手に駆け寄るソーニャと入れ違いに、クローディッドは片手をあげる芝居がかった別れの挨拶を投げ歩み去る。
大聖女の背中を見送りながら、シリルは漠然とした不安を覚えた。




