第17話 大聖女様の試練って、私にじゃないんですか?
「ソーニャに異端の疑いが掛けられ、審問官が差し向けられました。実際、彼女は魔族と関係を築いているようですが、トラーシャの西方に城を構える、アメルハウザー伯爵とその令嬢に、降りかかった苦難を取り除く手助けをしただけのこと」
クローディッドはにこやかに微笑んだまま、無言で先を促す。
「トナルとハスレにて、駐留する聖堂騎士団との戦闘が取り沙汰されていますが、トナルでは、アメルハウザー伯爵領内に居を構える、魔族の虐殺に対する告発と制裁。ハスレでは、依存性のある飲料の販売に対する摘発が、本意だと判明しました」
「ふむ。それで?」
小首を傾げ大聖女は問う。
表情はにこやかなままなのに、シリルは気圧され、言葉を続けることができない。
「彼女が異端者であったなら、そもそも聖女に認定されるはずがない。僕たち大聖女の目も、そこまで節穴じゃあないさ。異端審問官を動かしたのは、おそらく司祭派のベゼル司教あたりの差し金だろう? 彼らにしてみれば、4人いる司祭全員の合意でやっと、聖女一人を破門できる現状が、我慢できないだろうからね」
「分かっておられるなら、ソーニャの審判を取り止めてください!」
やっと絞り出したシリルの声に構わず、お茶を淹れたカップを手に、クローディッドは続ける。
「彼らは、国王に等しい権限を持つ|教会の王――教皇だったかな? なんて位階を新たに作ろうとしている。実に馬鹿らしい。教団組織全てが無くなっても、聖女さえいればいい。聖女こそが僕たちの信仰の要なのにね。僕が女神様の愛を説く妨げになるというのなら、彼等にはそれ相応の対応は考えているよ」
そもそも、聖女と呼ばれる存在が先にあり、聖女たちの活動を支援し、女神フェルシアの教えを広く説くために作られたのがフェルシア教団。平時になったとはいえ、奇跡の力を政治の道具に利用しようという司祭派に対し、クローディッドは侮蔑と敵意を隠そうともしない。
香りだけを楽しんでいたカップをテーブルに置き、
「君は勘違いしているようだが、司祭派の思惑とは関係ない。第666代聖女・ソーニャは、僕が直接に審判の必要ありと認めた。この判断は変わら――」
組んでいた脚を優雅にほどきつつ立ち上がると、
「――ない!」
芝居がかった調子で、右手を剣のように振り払い見栄を斬る。
「シリル。お話をできたのは嬉しいが、今の君には用はない。ソーニャの審判が終わった後、改めてお茶にでも誘うよ」
「聖女の称号を掛けて、でも聞き入れては貰えませんか?」
思い詰めた表情でのシリルの言葉に、クローディッドは目を細める。
「『裁断の聖女』である僕の前でのその言葉、取り消せないよ?」
§
来賓室の壁が書き割りのように倒れ、真っ白い空間が広がる。テーブルやソファも掻き消され、対峙するふたりの聖女だけが取り残される。
大聖女であるクローディッドの奇跡『裁断法廷』。彼女の審判の場では一切の偽りは通用しない。決着がつき裁定が下されるまで、解放されることもない。人の理を超え真実を詳らかにし、真の意味で聖女を破門することのできる、クローディッドを大聖女たらしめる能力。
「審判の方法は? 君が選んでいいよ」
「なんでも構いません。貴女の得意なもので」
クローディッドが中空に両手を差し伸べると、手にはそれぞれ細剣が握られる。
「これじゃあ僕に有利すぎるかな。僕に傷ひとつでも付けることができれば君の勝ち。僕は君が負けを認めるまで、何本でも付き合ってあげるよ」
言うや、踏み込んだクローディッドの剣がシリルの剣を絡め取り、そのまま跳ね飛ばす。
「戦場ならこれで終わりだよ」
クローディッドは微笑みを浮かべたまま、シリルの喉元に突き付けた細剣を戻し、シリルが剣を拾うまで静かに待つ。
何度挑んでもシリルの剣はクローディッドに届かない。それどころか、クローディッドは元の位置から一歩も動いてさえいない。
「そもそもなぜ君に、聖女の資格を掛けてまで審判に挑む必要がある? 自分より遥かに優れるソーニャを救うことで、己の聖女としての価値を示したかったのかい?」
クローディッドの問いに耳まで赤く染めたシリルは、乱れた息のままがむしゃらに剣を振るう。
「そのような浅はかな思いに賭けられるほど、聖女の称号は安くはありません!」
「ソーニャが聖女に足る存在ではないと、僕に裁断されるのを待てば良かったんじゃあないか? そうなれば君のこそが聖女に相応しいと、労せずして証明できる。それとも――」
クローディッドは目を細め、交差するシリルの耳元で囁く。
「彼女が審判を乗り越え、大聖女たる僕に認められる存在になってしまう事のほうが、君には耐え難いことだったのかな?」
「戯言を!!」
シリルの突きを手首だけでいなし、クローディッドは体勢を崩したシリルを突き飛ばした。
「……私ッは、……ソーニャの、素晴らしさを、……貴女よ、りも、心得ていますッ!!」
息を切らしながらも、シリルは細剣を杖に立ち上がる。
「そう。君は彼女のことが大切だから、この試練に挑んだんだ」
クローディッドは、憐れむような優しいまなざしで、シリルを見下ろしている。
「だッ、……誰かを、大切に思うのが、……間違ったッ、こと、……だと?」
身体ごとぶつかり、鍔迫り合いで軋む細剣越しに、クローディッドはシリルの瞳をのぞき込む。
「君のソーニャへの想いを否定する気はないよ。ただそれは聖女に求められる、女神の慈愛とは――」
シリルの剣は、わずかに軸をずらしたクローディッドの剣に絡めとられ、高く跳ね飛ばされる。
「――程ッ、遠いッ!!」
クローディッドは再び芝居がかった仕草で見栄を斬り、シリルの喉元に剣先を突き付ける。
「……ちが、……わ、私は」
剣ではなく、大聖女の言葉によって、心の柔らかい部分を抉られたシリルは、剣を拾いに行くこともできず、ただ震えながら突き付けられた剣先を見つめている。
「君のそれは、ただの恋する少女の物だ。残念だよ、シリル。君の今回の行いは、聖女には相応しくない」
悔しさなのか羞恥なのか。
涙で滲む視界に映る大聖女に、シリルは返す言葉を見つけられない。
真っ白な空間に、書き割りが浮かんでは消える。
シリルが心の奥に秘める、大切な想い出の欠片たち。
§
藁くずまみれの、野暮ったい田舎の小娘。
座学はからっきしなのに、教練ではいつも最優秀。
お茶の時間に分けてあげたお菓子。
びっくりするほど無防備で底抜けの笑顔。
山道で迷ったときも、いちばんに見つけ出してくれた。
挫いた足を気遣って、おぶってくれた温かい背中。
皆が浮かれる休暇前に、帰る場所がないと呟いた、空っぽのほほ笑み。
ふたりでこっそり育てた迷い猫。
ベットの上の虫を摘まむ小さな手。
泣き止まない私と、一緒のベッドで寝てくれた。
聖女になんてなれなくていいと、叫びかけた式典で、
私以上に正直に私の気持ちを行動で示してくれた。
要領が悪くて、いつも私を怒らせるのに、
私のほうが悪くても、いつも困った笑顔で受け入れてくれる。
大きくなっても野暮ったいままの、
私の大事なたった一人の――
§
「裁断の刻だ。この全てを切り捨てられるなら、ソーニャの審判は取り止めよう。君も徒に心を乱すことなく、聖女の務めに励むことができる。できないのなら――シリル、君にはこの場で聖女の称号を捨てて貰うことになる」
いっそ悼むようなまなざしで、クローディッドはシリルを見下ろしている。
「わたしは……私は――」




