第16話 代わりに弁明するっていうのは、違うんじゃないですか?
「我々の完敗でございます」
歩み寄るソーニャの前で、 僧衣が汚れるのも構わず、ピュルケは見事な土下座を披露した。
「んー、そういうの見慣れちゃったからなぁ」
首を傾げるソーニャの周囲で、無事だった2体のゴーレムが、文字通り人形のようにくずおれる。
「ゴーレムと魔晶石の入手経路は申せません。重ねて虫の良いお願いではございますが、妹の、ペカテの命だけはお目溢しください。多少、奇矯な振る舞いは致しますが、篤い信仰心をもち、根は純粋な娘です」
「殺さないって」
「寛大なお言葉、感謝の念に堪えません。これで心置きなく逝くことができます」
ピュルケは身を起こし懐からナイフを取り出すと、ためらいもせず喉を突いた。
「だから、殺さないってば」
体にめり込む鋼の冷たさと、溢れる血の味まで感じたのに、痛みを感じない。
呆然とするピュルケの目の前には、怒っているようにも、泣き出しそうにも見える、微妙な表情のソーニャが跪いている。
「こういうの止めよう? 分かってくれたならもういいよ」
ソーニャが投げ捨てるナイフを見て、残り少ないマナで癒してくれたのだと悟る。
ピュルケは見開いた目から流れる涙も拭わずに、壊れた馬車にめり込んだままのペカテのもとに走った。
「どうにも調子狂っちゃうな――」
立ち上がり、倒れている異端審問官たちを癒そうと周囲を見渡したソーニャは、見回す動作のまま力なく崩れ落ち、意識を失った。
§
レーネを解放した異端審問官たちが引きあげた後も、ソーニャは意識を取り戻さなかった。
マナ切れのため、いつものように傷が自然に癒えることはない。
「れ、レーネが捕まったせいで……ぴ……ぴえ……ソーニャ様ぁあ!」
ソーニャに縋りつき、大泣きしていたレーネだったが、シリルの治癒の奇跡でみるみる傷が塞がるのを目にし、ひとまず落ち着きを取り戻した。
だが、体力が回復しないせいか、ソーニャの意識は戻らないままだ。
『マナが空っぽになるような無茶を、続けてやらかしたからな』
呟くフテネルを、ソーニャを膝枕で癒していたシリルは、キッと睨みつける。
「無茶を見過ごしたのは貴女でしょう! 貴女と違って、この子は人間ですのよ!?」
『なんだと!?』
何か言い返そうとしたフテネルだったが、騒ぎにも目を開けないソーニャに視線を落とし、唇を噛むと、そのまま姿を消した。
「シ、シリル様。ソーニャ様動かしても大丈夫そなら、すぐに村まで運びましょう! あいつら以外の襲撃あるかもだし? それとも、襲撃に備えるなら、村より伯爵の山城のほうが良さげ?」
シリルとフテネルの口論に、口を挟めずにいたレーネだったが、村と城との道を見比べ、おずおずとシリルに問いかける。
「意識が戻らないのは、おそらく急激なマナ切れが原因でしょう。癒したとはいえ、傷の具合も心配です。あの村では十分な治療を施せるとは思えません。それに、今アメルハウザー伯爵の城へ運び込んでは、いらぬ誤解を重ねるだけです」
シリルは、ソーニャの顔から目を逸らさずに、
「この子はレスタリア家で預かります」
そう言い切って、横たわるソーニャを抱きあげようとし、果たせず体勢を崩した。
「シリル様ぁ……レーネ、手伝おうか?」
§
馬車の中、シリルはずっと膝枕で寝かせたソーニャの寝顔を見詰めている。
同乗するレーネも心配でたまらなかったが、異端審問官たちに人質として使われた手前、すごく居心地が悪い。
レーネにも、依存性のあるマナドリを売り付けていた後ろ暗さはある。だが、稼いだ金をレーネ自身が使い放蕩するのではなく、マナドリの開発製造費や、レーネ自身が育った孤児院へ回していたことを、ハスレの町の者はみな理解している。
金づる扱いしていた聖堂騎士団たちでさえ、依然レーネに対する好感度は高いままだ。異端審問官たちに対しても抵抗してくれたが、ペカテひとりによって、ことごとく叩きのめされた。
ソーニャの活躍で、ピュルケたち異端審問官は退いたが、誰の手引きかは分からないまま。
せっかくソーニャがやり直せるチャンスを与えてくれたのに、このままレーネがハスレの町に戻ってしまっては、周囲の人たちを巻き込む危険性が残っている。
レーネは、シリルの膝で眠るソーニャの顔を盗み見て、そっとため息を吐いた。
「マジ病みそ。ソーニャ様ぁ……はやく目を覚ましてよぉ」
§
夜通し馬車を走らせトラーシャのに到着すると、シリルはレーネの手を借り、こっそりレスタリア家の自室へソーニャを運び込み、ベッドに寝かせた。
シリルの両親はソーニャのことを、シリルの良き学友としても、第666代聖女としても見知ってはいるが、いざという時巻き込まない体裁は整えておきたかった。
「レーネ、私が出かけている間、ソーニャのお世話、頼めますかしら?」
「かしこまりィ! 聖女様のお願いで聖女様のお世話とか、マジ上がる!」
頼りにされたレーネは、名誉挽回のチャンスとばかりに瞳を輝かせる。
レーネのノリに一抹の不安を抱えながらも、シリルは湯を使い、旅の汚れを落とし身なりを整えると家を出た。
向かうは西方大聖堂。
トラーシャには現在、3人の大聖女の一人、クローディッドが滞在している。
聖堂騎士団に同行し、北方での魔族討伐から凱旋したばかりだ。
事前に面会の申し出を済ませていたため、シリルはすんなり来賓室に通される。
「やあ、君が新しく認定された聖女の一人、シリル君か。若い子が自ら会いに来てくれるのは嬉しいよ」
クローディッドは大仰に手を広げ、にこやかにシリルに歓迎の意を表す。
シリルを若い子などと言う彼女自身もまだ20代前半。男物の純白の僧衣を着こなし、長い手足で芝居がかった仕草を見せる。
舞台に立つ俳優のような洒落者ぶりだが、凛々しくも優美な顔立ちで、修道女たちの間でも人気が高い。額にかかるひと房の前髪を除けば、緩やかに波打つ金髪を、男性のように短く整えている。
「大聖女なんて肩書があると、煙たがられることが多くてね」
気さくな様子で案内役の修道女を下がらせると、手ずからお茶を淹れシリルに勧める。
「就任の挨拶がてら、親睦を深めに来てくれただけでも大歓迎なんだけどね」
硬い表情を浮かべたままソファに腰を下ろさず、お茶にも手を付けないシリルに肩を竦めてみせると、クローディッドは長い脚を組み、ソファに深く身体を沈めた。
「話があるんだろう。今年西方で認定されたもう一人の聖女。面白いほうの子の話かな?」
クローディッドの言葉に、シリルの眉がピクリと動いた。




