第15話 鉄の処女に閉じ込められてから入れる保険ってあるんですか?
ソーニャが相手取った異端審問官の、すべてがゴーレムという訳ではなかったが、それでも5体が残っている。
おまけに鉄の処女を振り回す拷問吏・ペカテが加わり、ゴーレム遣いとおぼしきピュルケに近づけない。
「それは考え違いでございます。私はただの尋問官。ゴーレムは借り物に過ぎません。私をミンチにしたところで、ゴーレムたちは止まりませんよ」
片メガネの位置を治しつつ、首を傾げて薄笑いを浮かべるピュルケ。
「誰から借り受けましたの? この襲撃はその方の指示?」
「私も任務で動いております。答えるとお思いで?」
慇懃無礼なピュルケの対応に、シリルは握った拳をわななかせる。
「念のためにレーネ様にもご同行頂きましたが。どうやら非道な真似はせずに済みそうです」
『どの口が』
フテネルの皮肉は、異端審問官たちに届く様子はない。
「フ、フヒッ。ソーニャ様ぁ。わ、わたしはずっと、あなたをお慕いしていたんですよォ」
鉄の処女を振り回しながら、ペカテは上ずった声を上げる。
「第666代聖女ぉ。正式な効力は発生しなかったとはいえ、に、認定式当日に破門宣告を受け、追放された初めての聖女ぉ。ぷ、ククッ」
拷問吏になってからずっと、聖女への拷問を妄想していたペカテにとっては、願ってもないチャンスだった。
「ほ、他の聖女様に手が届かなくても、きっと、あなたならやらかしてくれるっ! 予想以上ですッ!! あ、あなたは、わたしの、女神ですッ!!」
「買いかぶりすぎだよう……」
ペカテの執着を理解できず、ドン引くソーニャ。
ゴーレムのマナの流れを読むと、どれも身体のどこかに魔晶石が組み込まれていた。一体づつ違う構造を確認しつつ、巨大な魔晶石を砕いた際の感覚を思い出し、マナを込めた拳を放つ。
攻撃を回避するのに体力を消費し、構造を調べるのに集中力を削り、魔晶石を砕くのにマナを消費する。
3体を行動不能にする頃には、ソーニャは消耗しきっていた。
「ソーニャ様」
ソーニャが飛来する鉄の処女を際どくかわした瞬間、声を掛けたピュルケがレーネを閉じ込めた檻に手を掛けるのが目に映る。
何もしない。だが、それで十分だった。
「今っ!!」
鎖を引くペカテの手が、いつもと違うひねりを加える。
背後で金属音が鳴り響き、確認するより距離を取るべきだと判断したソーニャが横に飛ぶ前に、
「でぇあッッ!!」
疾走からの跳躍、空中での3連撃!
涼しい顔で傍観者を装っていたピュルケの跳び蹴りで、ソーニャは背後で蓋を開いた鉄の処女の体内に叩き込まれた。
「ソーニャ!?」
息をのみ、口元を抑えたシリルが、悲鳴交じりの声を上げる。
「まったく。私に肉体労働をさせないで下さいよ」
「フ、フヒヒ。や、やった。やりましたよソーニャ様ぁ~~ああ!!」
僧衣の乱れを直しながら愚痴るピュルケに構わず、ペカテは息を荒げ頬を染め、ソーニャを閉じ込めた鉄の処女に身体を擦り付ける。
「そ、そ、ソーニャ様ぁ。い、異端の告白をした方が良いですよぅ。この道具ぅ、じ、実戦で使うのは初めてだからぁ、どんなコトになっちゃうか、保証いたしかねますからねぇ」
「異端ってなに?」
鉄の処女の顔に開いた目の穴から、ソーニャの返答が聞こえる。
がっかりした表情で肩を落とすペカテ。
ソーニャが異端を認めたからと言って、開放するつもりは最初からない。監獄砦の牢に幽閉し、身に付けた全ての技術を披露し、可能な限り長く拷問のフルコースを味わって貰う予定だった。
「あ~~ぁあ、やっぱりソーニャ様も聖女ですねぇ。その気高き魂ぃ折れるまで、わたしも全身全霊お付き合いいたしますぅうッ!!」
飛び退いたペカテは鎖を握り、鉄の処女を振り回し始める。
充分以上の加速を付けた鉄塊を、ペカテは全力で地面に叩きつけた。
「びぇえええぇん! ソーニャ様あ! レーネちゃんが、こんな臭い奴らに捕まったせいで!!」
「臭くはないでしょう」
ピュルケは泣き叫ぶレーネに一瞥を投げたが、すぐに戦場に視線を戻す。
ゴーレム遣いでないと言ったのは事実だが、半分は嘘。ある程度の指示は出せる。
残るゴーレムは2体。ペカテは捕らえたソーニャに夢中だが、相手は規格外の奇跡の力を持つ聖女。無力化し、牢にまで運び込めればいいが、失敗すれば次はない。おそらく関わったすべての者が処刑される。
異端審問官など、端から嫌われ者の汚れ役なのだ。万が一などあってはならない。
『鉄の処女の蓋が開いたとき見えた。中は鉄釘と魔晶石でぎっしりだったな』
鉄釘だけなら、普段のソーニャなら即座に傷を治癒し、鉄製の棺さえ難なく破って脱出するだろう。だが、マナを消耗しきった状態で、魔晶石の敷き詰められた棺に閉じ込められたら。――もちろん、地底湖で見た巨大な魔晶石のように、マナの充満したものではないだろう。抵抗できなければ、ソーニャは体内に残った僅かなマナさえ吸い尽くされてしまう。
「ソーニャがぐしゃぐしゃにシェイクされるってことでしょう? なに冷静な顔しているんですの! やはり、ここは私が――」
『根競べだな』
鉄の処女を振り回しては、地面に叩きつけるペカテ。
目の部分に開いた穴や、僅かな合わせ目の隙間から、赤い雨が降る。
外からは、ソーニャがどうなっているかは見えないが、確実に効いている。
「フ、フヒッ。わ、わたしがソーニャ様の初めてぇ、頂いちゃいましたぁ!!」
始めこそ、中から打撃音が響いていたが、それももう聞こえなくなっている。
「そう、そう。シリル様ぁ。ど、どれだけ待っても、この拷問具は壊れませんよぉ」
ねちゃりとシリルに話しかけるが、視線は鉄の処女から外さない。
「ま、まだかなぁ? た誕生日のプレゼントと同じで、ギリギリまで見たい気持ちを高めて、蓋を開けるまで、が楽しみなんですよぅ」
『誕生日にプレゼント貰う友達なんていなさそうなくせに』
ペカテは叩きつけた鉄の処女を、鎖を引いて引き戻し、蹴り下ろして地面にめり込ませる。
「そ、ソーニャ様、いまどんな感じですかぁ? こ、声も出せないほどイイですかぁ? ま、まま、まさか、死んじゃったりはしてないですよねぇ?」
鉄の処女を抱きしめ、頬ずりしながら聞き耳を立てていたペカテは、目の穴からどろりと零れる血を目にすると、ヒュッと息を飲み、震える指で留め金を外し始めた。
「んんッ!? いけませんッ、ペカテ!!」
ピュルケが咎める声を上げるも間に合わない。
「痛かったよ」
中からぐいと蓋が押し開けられ、血塗れの手刀でソーニャは鉄の処女の蝶番を破壊した。
『根競べはお前の負けだ。ぐちゃぐちゃになったミンチを見たくて、我慢しきれなくなったな』
ぺたりと尻餅をつくペカテ。
見下ろすソーニャは右目が潰れ、全身の至る所に開いた穴からを流している。
閉じ込められたソーニャは、鉄釘に刺される傷は無視し、鉄の処女の内部で手足を突っ張り、傷を増やし出血することを避け、残り少ないマナが吸収されることに抵抗し続けていたのだ。
「あ、ああぁ……ソーニャ様ぁ~……素敵ぃ~……」
息を荒げ涙を流し、震えながら法悦の表情を浮かべるペカテ。
跪き、女神そのものを目にしたように、指を組み祈りを捧げる。
今殺されるのなら、幸せの絶頂で逝けるだろう。
「これはお返し」
「ぴぎゃ!」
心底理解できないまま、ソーニャが半身になった鉄の処女でぶん殴ると、吹き飛ばされたペカテは黒い馬車に叩きつけられ、残骸に埋もれて動かなくなった。




