第14話 聖女なのに審問されちゃうんですか?
ごとごとと重い音を響かせながら、森の中を走る街道を、黒い馬車の一団が向かってくる。
馬車を囲んで歩くのも、黒い鎧に黒い僧衣を着た者たち。手にはメイスやとげ付きの刺股。兜やを目深に被った黒い頭巾で、表情は伺えない。
『あちゃー、異端審問官が出てきたか』
フテネルが渋い顔で呟く。
「んンーッ、第667代聖女・シリル様。実に良きタイミングだったようですね」
先頭の馬車の御者台に座っていた長身の男が、軽やかに降り立ち、長身を折り曲げ一礼すると、慇懃に口上を述べる。
「私はピュルケ。尋問官を務めております。第666代聖女・ソーニャ様。貴女様には幾つかお聞きしたいことがございます。ご同行頂けますか?」
黒い僧衣をタキシードのように着こなし、黒髪を後ろにぴっちりと撫で付け、一部の隙もない。物腰はあくまで柔らかいが、片メガネの奥の細められた目は笑っていない。
「ベゼル司祭あたりの差し金ですわね」
異端審問官の行動を縛るのは、司教か大聖女に限られる。司祭レベルでは指示を下すことはできないが、シリルがソーニャに指摘した事柄に、ベゼル司祭の讒言が加われれば、異端審問官が動く十分な理由にはなりうる。
「なに? 行って話してくればいいの?」
『阿呆! 審問なんて名ばかりだ。捕まったら、あいつらが望む証言を口にするまで、延々拷問が続くだけだ。素直に付いてったら最後――』
「ぴえぇええぇん!! 助けてソーニャ様ぁあ!!」
馬車に続く荷車には、巨大な鳥籠めいた檻が載せられ、中にはプラチナブロンドの少女、レーネが囚われている。
髪は乱れ、白い修道服は汚れ、手には手枷、足首には鎖が繋がれている。目立った怪我はないが、檻に入れられたままここまで護送されてきたらしく、憔悴しきっている。
『あの馬鹿、上手くごまかせなかったか』
「レーネちゃんは申し開きも聞いてもらえず、拷問されちゃうってこと?」
怒りでもほほ笑みでもなく、ソーニャはすんと表情を消して呟く。
その反応の意味を知っているシリルはぎょっとし、慌てて口を開いた。
「お待ちなさい。第667代聖女・シリルの名において、この件は預かります。引いて頂けませんか?」
は? と馬鹿にしたように目を見開き、ピュルケはさも楽し気に笑った。
「我々は聖女であるソーニャ様を審問しようというのですよ? 抗うなら貴女も審問リストに加わるだけです。レスタリアのご家名に傷をつけるおつもりですか?」
暗に家柄だけで聖女に認定されたと当て擦られ、シリルは唇をかむ。
『あの男の言うとおり、先にシリルが動くと切れる手札が少なくなる。なあに、ソーニャが捕まらず、レーネを奪い返せればいいだけだ』
異端審問の対象には聖女も含まれる。だが、アスタリア王国建国以来、異端審問に掛けられた聖女はただの一人も存在しない。聖女は時には司教や国王以上の崇拝を集め、時には女神フェルシアの現身とまで賛美される存在。不用意に異端の疑いを掛けようものなら、掛けた側が破戒者と断罪されるからだ。
『それに、捕縛もできないのに、尋問できるわけないだろ』
悪い笑みを浮かべるフテネルに、シリルは表情を曇らせたまま引き下がる。
「でも、とても悪い予感がします」
§
20人ほどの黒い僧衣の異端審問官たちがソーニャを取り囲む。
その姿に、ふとシリルは何か違和感を覚える。
「ぴぇええぇん! ソーニャ様ぁあ!」
「だいじょうぶ。ちょっと待ってて」
ソーニャは、檻の中で泣きわめくレーネに微笑んで見せる。
異端審問官たちの得物は鈍器や捕縛道具。ソーニャの治癒能力を知っているためか、攻撃の手に一切の躊躇がない。
「数が多いからね。すぐには癒してあげられないよ」
マナ不足の現状、倒した瞬間癒す分からせ方では、行動不能に陥る恐れがあるため、ソーニャも容赦しない。相手の意識を完全に失わせるか、手足を砕き、道具を扱えないよう叩きのめす。
分銅鎖や刺股を捌きつつ、目まぐるしく拳や蹴りを放ち続けるソーニャ。
見守っていたシリルは、いつまでたっても終わらない立ち回りに、ようやく違和感の正体に気付けた。
「ソーニャ! この方たち、人間ではありませんわ!」
戦棍をかわしつつ、異端審問官の頭に回し蹴りを入れたソーニャは、剥ぎ取った頭巾の下に、のっぺりとした木偶人形の頭部を見た。
『あいつ、ゴーレム遣いか!?』
フテネルの声に尋問官に向きなおろうとしたソーニャは、飛来した鉄塊に跳ね飛ばされた。
「ピュルケ。先に始めるなんてズルいよォ」
「貴女が鈍間なのがいけないのですよ。だが、まずまず良きタイミングです」
よれよれの修道服を着た、恐ろしく姿勢の悪い小柄な女がピュルケに並ぶ。
手入れされていないぼさぼさの長い黒髪。右目は隠れているが、どろりと濁る黒い目の下には、濃い隈が描かれている。
「よいしょっと」
小柄な女は、帯代わりに腰に巻いた長い鎖をぐいと引く。ソーニャを跳ね飛ばした鉄塊を引き戻すと、ぶつかる手前で蹴り落とした。
鉄製の棺桶のようだが、大雑把に人を模した造形がされている。
『趣味悪ぃ。拷問具の鉄の処女か? ああやって使うもんじゃねーだろ』
「まともに食らうなんて、ソーニャ、マナだけじゃなく、体力も集中力も限界なんじゃありませんの?」
シリルの懸念に、フテネルは眉をひそめるだけで応えない。
魔晶石を砕いた際、放出しきったマナが、まだ充分に戻っていないと知っているからだ。
多少ふら付きながらも立ち上がったソーニャに、鉄の処女に隠れるように寄り添う女は頬を染め、もじもじと恥じらいながら名乗りを上げた。
「フヒヒ。わたしはペカテ。ソーニャ様を審問する、拷問吏ですよぅ」




