第13話 親友が会いに来てくれるって本当ですか?
「お、あれが伯爵さまのお城かー!」
「ふふん。わたしが案内してあげる。ワグルーのお部屋も選ばないとね」
麓から木立越しにアメルハウザー伯爵の居城が見える。
感嘆の声を上げるワグルーに、アリーセは誇らしげに胸を張ってみせた。
「アリーセ、わたしちょっと村に用事があるから、ワグルーと一緒に城に戻っててくれるかな?」
「えぇー! 久し振りにママとお城でゆっくりできると思ったのにー」
「お父さんの様子見なきゃでしょ。それに、わたしは村長に会いに行くんだよ?」
「うぇえ……」
苦手な人物の名前を出され、アリーセは渋々とではあるが引き下がった。
アリーセとワグルーなら、森を突っ切り崖を登って近道もできるが、買い込んだ食料やおみやげがあるため、ソーニャは荷馬車に料金を上乗せし、つづら折りの山道を進んでもらう。
『マナの流れに変化があるはずだからな。伯爵の様子に変化があったら教えてくれ』
「分かったよ、フテネル。ママ、早く帰ってきてね!」
馬車の荷台から手を振るアリーセとワグルーを見送ると、ソーニャは村への道を歩き始めた。
§
「申し訳ございません!!」
ソーニャが帰還の挨拶をし、魔晶石の話を切り出す前に、村長はスライディングの勢いでソーニャの前にひれ伏した。
「まだなにも言ってないけど……村長さん、また何か申し訳ないことしたのかな?」
「いえいえ滅相もない。不始末が判明する前に謝罪したほうが、受ける罰も軽いと思いまして」
「なんか傷つくな。罰もなにも、わたしは女神さまの教えを説いているだけで――」
『口だけじゃなく手を出すから、恐れられるんだろうが』
人の悪い笑みを浮かべからかうフテネルに、ソーニャは拳を振り回す。
怯えつつ冷や汗を浮かべながら様子を伺っていた村長は、再び額を床に擦り付けた。
「そんなかっこじゃ聞きにくいよ。村長さん、この辺で怪しい人が出入りしたり、何に使われてるか分からない建物あるの知りませんか?」
村長夫人が震える手で出してくれたお茶を飲みながら、ソーニャは尋ねる。
「怪しい? 怪しいですか……」
『なんか「お前ら以上に怪しいやつは見たことない」とか言いたそうだな』
ソーニャの機嫌を損ねないように、慎重に意図を図りつつ記憶を探っていた村長の顔が、不意に青ざめ、カップを握る手が震えだした。
「も、申し訳ございません!!」
「今度はなにかな?」
再びの土下座に若干引きつつ、ソーニャは尋ねる。
「北の森に向かう旅人の一団を見たとの話を、何度か村人から耳にしたことがあります。ずいぶん以前からの話で、特に騒ぎが起こるでもないので、気にせずにおりましたが」
「何かあるのかな?」
「何がなくとも伯爵さまの領地ですから、咎めるとまでは行かずとも、問い質すべきではありました!」
『「伯爵と揉めてもそれはそれで」くらいは考えてやがったな、この反応は』
ソーニャは村長を立たせ礼を言うと、北の森へと向かった。
§
ハスレでの経験から、ランタンやロープなど探索の準備していたソーニャだったが、結果は空振りに終わる。
「なんかあったのは確かなんだけどねぇ」
『先に手を打たれたって感じか……』
辿るほどの不自然なマナの流れはなかったものの、人の行き来した痕跡は見つけた。
目立たぬよう跡を消した様子があったことから、フテネルと手分けして周囲を調べると、岩肌に新しい崩落個所を見付けた。
「掘って調べるのは面倒だねぇ」
『何かがあったって証拠を見つけたようなもんだから、良しとするか』
§
村へと戻るソーニャは、トラーシャへ続く道に急ぎの馬車を目にし、足を止めた。
この辺りを往来する荷馬車でなく、箱馬車なのでやけに目立つ。
「あれ、シリルの家の紋章が付いた馬車だ。おーいシリルー、久し振りー!」
ソーニャを見付けたシリルは、窓から身を乗り出し、箱乗りになり何か叫んでいたが、馬車がソーニャの近くまで来ると、転がるように飛び降り、駆け寄ってきた。
「ソーニャ!! 貴女、何やらかしてますの!?」
数か月ぶりの再会に、熱烈なハグを受けるものだと期待して、照れながら両手を広げていたソーニャは、シリルに助走をつけての拳骨を落とされ、頭を抱えてしゃがみこんだ。
「えぇぇぇ……理不尽な暴力」
「フテネル!! あ、あな、貴女が付いていながら……いえ、貴女を少しでも信用した私が馬鹿でしたわ!!」
『……あたしもかよ?』
フテネルを指さし喚くシリルの声はいつもより固く、顔からは血の気が引いている。
「ソーニャ。貴女、城を構えて魔族を従えているという話は本当なんですの?」
息を整えたシリルが真顔で問いかける。
いつにない激おこで、声が低くなっているシリルに怯えながら、ソーニャはアリーセやワグルーの顔を思い浮かべる。
「アメルハウザー伯爵のお城に厄介になってるだけだよう。魔族のアリーセやワグルーに懐かれてるけど、従うってほど、いつも言うこと聞いてくれる訳じゃあないし……」
「聖堂騎士団とやり合ったというのは? まさか、教団の施設を襲撃したって話まで、本当じゃありませんわよね!?」
これ以上シリルを怒らせない正解を求めて、ソーニャはちらちらフテネルに視線を投げる。
『確かに聖堂騎士ともいざこざがあったが、理由あってのことだ。シリルも教団の信者全員が品行方正でないことは、身に染みて分かってるよな?』
「一つ二つじゃこうはなりませんの! 破門同然で追放された聖女であるソーニャが、あれこれやらかしてることが問題だと言っておりますの!」
「あの……シリル? 襲撃したって話、どこのどの教会のこと?」
「心当たりが幾つもあるってことですの!?」
恐るおそるのソーニャの問いに、めまいを感じ、シリルは深いため息とともにこめかみを抑える。
「シリル、村はすぐそこだから、落ち着けるところでゆっくり話そ? お泊りできるんだよね? じゃあ、このまま伯爵の山城へ行く? ちょっと虫は出るけど、シリルのベッドには潜り込まないようにするから――」
「ああもう、貴女って人は! とにかく私と一緒に来なさい! 大聖女様には、私からもお口添えしてあげるから!」
「やった! 大聖女様に会えるの!?」
『もうそんなに大ごとになってるのか?』
温度差の激しい反応を返す二人に、シリルは開けたままの馬車の扉を指し示す。
「そうなる前に根回しするんですの! 大ごとになってからでは遅いでしょ!!」
ソーニャに手を差し伸べていたシリルだったが、響いてくる物音に気付き、トナルの町に続く街道へと視線を移した。




