第12話 魔晶石にグーパンって正気ですか?
「ソーニャ様!!」
魔晶石には傷ひとつ付かず、代わりにソーニャの右拳が砕け、べったりと血肉がこびり付く。
『馬鹿!! マナを込めた拳から魔晶石にマナを吸い取られるんだから、素の拳で岩を砕こうとするようなもんだ。さっきの扉のようにはいかないぞ!?』
「うえぇぇ、ソーニャ様ぁ~!!」
泣きながら水面に転げ落ちたレーネも、ソーニャの無茶を止めようと、必死で足にしがみつく。
「もういいですよ、ソーニャ様ぁ! 原因を突き止めたんだから、人を揃えて装備を整えて――」
「次は無いかもしれないしねえ。フェルシア教団の仕組んだことなら、聖堂騎士団の人たちは動いてくれないよ」
それどころか、邪魔される可能性もある。
「せーのっ!」
もう一度、渾身の力を込めた拳を放つ。
マナを吸収されるせいで治癒が追い付かない。拳がさらに壊れるだけでなく、ふら付いたソーニャは魔晶石に額をぶつけ、そのままずるずると崩れ落ちる。
「ぴえぇぇぇん! ソーニャ様ぁぁん!!」
『クソガキ! べそべそ泣いてないでニクセを出せ。魔晶石にさえ触れなきゃ、この場では精霊も全力で動ける。力を合わせてソーニャを引きはがせ!』
慌ててレーネが解放したアシュレは、フテネルの言う通り成人女性の背丈を取り戻している。レーネはアシュレと協力し、ソーニャを水の中から引き起こした。
「……泣かないでよレーネ。だいたい分かったから」
『何が分かっただよこの馬鹿! お前はこの石っコロに分からされた方だろ!?』
「フテネル。その石っコロの様子、よく見てた?」
アシュレに支えられ、レーネに抱き着かれながら、ゆっくりと拳を癒しているソーニャの落ち着いた物言いに、フテネルは罵倒を中止し、ソーニャと魔晶石を見比べる。
「わたしがマナを込めて殴ったとき、派手に光ったでしょ?」
確かに。
フテネルは2度の打撃を思い浮かべる。砕けるソーニャの拳に気を取られていたが、確かに2度とも魔晶石は強い輝きを放っていた。
「だから、こうやると――」
『おい!?』
息を整えたソーニャが、左手でぺたりと魔晶石に触れる。
「この石は、自然に満ちるマナを集めるけど、生き物から無理やり毟り取るほどの強さはない。だからこうやって、マナを分けて貰うこともできる」
ソーニャの身体にマナが満ち、壊れた拳が何事もなかったかのように癒される。
『さっきはマナ吸われてぶっ倒れてたじゃないか』
「吸収されないように抵抗してるからね。さっきは扉を壊すのに、消耗してたのもあるし」
吸収する一方では災厄でしかない魔晶石。マナを集める体質のソーニャのように、流れをコントロールできる者にとっては、出し入れ自在の道具に代わる。
『それじゃあ、ここはマナの貯蔵庫なのか』
「見ててね、フテネル!」
無邪気に呼び掛けるソーニャに、思わず幼い頃の姿を重ね、フテネルが止めるべきか判断に迷ううち、
「それっ!!」
三度拳を打ち付けるソーニャ。拳は骨が露出するほど破壊されるが、添えた左手が魔晶石からマナを回収し、瞬時に修復を済ませる。
四度。五度。六度。七度。
額に脂汗を滲ませるソーニャが、無為にも見える打撃を続けるうち、魔晶石の明滅は激しさを増す。
「ソーニャ様……」
『おいおいおい、まさか本当に――』
口元を抑え、感極まった嗚咽を堪えるレーネと、半笑いのフテネルが見守る目の前で。
「これで、どうだッ!!」
魔晶石はまばゆい光を放ち、粉々に砕け散った。
「魔晶石は鉱物だから、ゆっくりマナを吸収して、どこまでも大きくなるんだろうけど。吸って吐いてを繰り返すのは、生き物であるわたしのほうが得意だったみたいだね」
『硬度で負けたから、靭性で勝負したってのか? 無茶苦茶だな。だが、馬鹿なりによく考えた。偉いぞ』
「馬鹿って言う――」
マナを全て吐き出し、空っぽになったソーニャは、フテネルのねぎらいを耳にする前に、ぷつりと意識を失う。
「ソーニャ様❤ んちゅ❤ ソーニャ様❤ んちゅ❤」
『おいクソガキ、帰りはソーニャを背負う番だ』
「えー……レーネには無理だしィ」
気を失ったソーニャに、好き放題ちゅっちゅしていたレーネは、フテネルの指示にぶーたれる。
『あれだけの規模の魔晶石が壊れて、一度にマナを解放したんだ。この洞窟が崩れるかも知れねーぞ?』
「ひえッ!?」
慌てたレーネは、力を取り戻した水精ニクセの手を借り、無事洞窟からソーニャを運び出すことができた。
§
ソーニャは意識を取り戻さないまま、メルの荷馬車でトナルの酒場まで運ばれることとなった。
「レーネの教会で療養すればいいのにィ。誠心誠意お手当しちゃうぞ❤」
『お前や町の住人の誠意は疑ってねぇよ。ソーニャが分からせたとはいえ、聖堂騎士団がどう絡んでるのか分かんねーんだ。ソーニャを匿ってたら、お前が言い逃れできないだろ?』
レーネが汗だくでソーニャを教会に運び込んだのと同じ頃、南の山脈で地滑りが起こった。どうやらフテネルの懸念通り、洞窟が崩壊したものらしい。
『お前が黙ってりゃ、つるんでる証拠は残ってねーだろ。聖堂騎士団は、ソーニャとやり合う姿しか見てないからな』
しぶしぶ引き下がるレーネを残し、ソーニャを載せた荷馬車はハスレの町を発つ。
「マナドリの改良レシピ仕上がったら、うちに卸す件考えといてねー!」
『泉のマナはこれから徐々に回復するんだ。もう危ない飲料作らんでいいだろ……』
見送るレーネと最後まで交渉を続けるメルの頭の上で、フテネルはあきれ顔で呟いた。
§
トナルの町に入った頃、ようやくソーニャは意識を取り戻した。
「おいおい、給仕服のまま出たと思ったら、ボロボロにして帰ってきやがって」
「てへへ」
「てへへじゃないだろ。なんで普段着で行かなかったんだ?」
「修道服しか持ってなくて」
『ま、まあ、ごまかせる余地があった分、修道女としてうろくよりマシだったか』
女将から絞られたソーニャだったが、目に見えて具合が悪そうなうえ、メルの口添えもあり、最後には女将に気遣われる羽目になった。
「働ける体調じゃないだろ。あー、分かったよ。バイトはバイトだからね。一度里に帰って身体休めてきな」
「ママ、里ってアリーセのお城のことだよね?」
「うーん、トラーシャの教区も王都の大聖堂も、顔を出しづらいしねぇ」
「やったー!」
ソーニャの首筋に抱き着き、ぴょんぴょん飛び跳ねるアリーセに、なにやらソーニャは既視感を覚える。
「なんか最近ベタベタされることが多いな」
「退職じゃなく、長期休暇扱いにしといてやるよ」
女将はため息を吐きながら、店内に飾られたソーニャの絵姿の隣に、アリーセの絵姿を並べる。
「あれ、いつ作ったの?」
「ママがいないこと、来るお客さんごとに聞かれるから。わたしのも作ってくれたんだー!」
「なんか違うサービスの店みたいだねぇ」
§
ソーニャとアリーセに加え、ワグルーがトラーシャへ向かう荷馬車に乗り込む。
「馬車代もったいなくない?」
『ソーニャはフラフラなんだから黙って寝てろ』
この面子で道中の危険はないだろうが、ソーニャはまるで本調子ではなく、アリーセは陽の光が苦手。おまけにワグルーは興味を惹くものを見つけると、すぐ道草を食ってしまうからだ。
ソーニャが荷台で揺られながら森を見ていると、トナルへ来た時より、心なしか木々に精気が満ちているように感じられる。
「これはひょっとして、正解見付けちゃったかな?」




