漢の中の漢
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治療を無事終えてから気づいた。
俺、金持ってねぇや……。
金どころか、まともな服すらねぇや……。
ズボンはズタボロで体液まみれ。皮の防具は装備不能レベルで汚染されていて廃棄確定。上着は癒着した部分を切り離したので、服ではなく布切れと化した。
俺はエメリッヒさんに平謝りして、宿泊先に金を取りに行くと話した。
すると、「安静にしていてください」と止められてしまう。
自力で教会に行けるまで絶対安静だと言われたのだが、宿や教会くらいなら今すぐにでも行けそうだと告げる。
薬師たちは「こいつ、正気か?」とでも言わんばかりの顔をしていたが、立場上、のんびりもしていられない。
緑の事務所を仕切っている人間が怪我で入院している。そんな噂が広まれば、任されたシマが荒れるのは必定。
赤のやつらも、今はおとなしくしているが、隙あらばこちらのシマを奪おうと蠢動するに違いない。
本当は安静にしていたいのだが……弱みを見せないためにも、ベッドで安静になどしていられない。
俺は立ち上がると、礼を告げて頭を下げる。
頭を下げた瞬間、背中の筋肉が引っ張られて、神経に針をぶっ刺したような痛みが走る。
俺は痛みで歪む顔を誤魔化すように、くしゃりとブサイクな笑顔を作った。
薬師の皆様は、なぜか引いた顔で俺の礼を受け取っていた。
受付に寄ってパピーを回収するとしよう。
上半身は裸に包帯まみれ。下半身は異臭の漂うボロボロのズボン。
そんな格好で歩いているせいか、人とすれ違うたびに奇異の目で見られている。
怪我人なんぞ珍しくもないだろう。そう思ったが、ここまで『こ汚い』患者は珍しいのかもしれない。
受付に近づくと、そこは華やかな空間になっていた。
受付の女性たちがパピーを囲み、楽しそうにキャッキャしている。
パピーは俺を目視すると、身をよじって受付嬢さんの抱っこから抜け出した。
「あ、パピーちゃん」
受付嬢さんの悲しげな声が響く。
パピーが俺に飛び込んでこようと身を屈めたが、俺の怪我に響くのに気づきキャンセルをかける。
その結果、ぴょこんと小さくその場でジャンプして着地。
その姿が愛らしかったのか、受付嬢さんたちが歓声を上げる。
俺もパピーを撫で回したい衝動にかられたが、怪我に響くといけない。
俺はパピーをモフりたい欲を抑えて前に進む。
受付さんに宿に金を取りに行くこと。
料金が追加された場合は、次回の納品時に伝えてくれれば支払うことを説明。
それらを伝え、礼を告げて出口へと向かう。
俺の後ろをついてくるパピーに、受付嬢さんたちは悲しそうな目を向ける。
パピーは振り返り、元気よく「ワン」と鳴いた。
受付嬢さんたちのハートがズキュンと撃ち抜かれる絵が見える。
「あの、またパピーちゃんをつれてきてくださいね」
受付嬢さんのひとりが名残惜しそうに言った。
「はい。またパピーと遊んであげてください」
俺はそう言ってギルドの外へと向かった。
パピーに投げかけられる、さまざまなお別れの言葉を背に歩き出す。
さすがパピー。モテモテやのう。
ほんのちょっぴりパピーにジェラシーを感じながら歩いていると、後ろから声をかけられた。
「待ってください。教会まで同行します!」
俺に声をかけてきたのは、治療を手伝ってくれた薬師のひとりだった。
青い顔をしながら俺を抑えていた、若い薬師さんだ。
心配なので、俺についてきてくれるとのこと。
薬師同伴だと、治療に当たってのやり取りがスムーズになったり、回復魔法の順番も優先的に回してくれるらしい。
何か裏の意図があるのではないか? そう疑ってしまうが、薬師ギルドとの関係性を考えると、ここで突っぱねるのも難しい。
俺は警戒しつつ、同行を了解した。
一応、警戒はしている。
ただ、リスクは少ないように感じる。
というのも、薬師ギルドの人は本当に善性の人が多いのだ。
組織としての薬師ギルドには思うところは多々ある。
綺麗事じゃ済まないこともわかる。
だけど、現場で働く人たちは基本的にいい人が多いのだ。
知識階級であるため、傲慢な人もそれなりにいる。
しかし、根っこのところでは他者を救いたいと思っている善人なのだ。
それに、社会的地位が安定しているので心に余裕がある。
人から感謝されることも多いので、卑屈になることもない。
そんな立場の人が、反社の人間にわざわざ何か仕掛けるとは思えない。
薬師ギルドという組織としてなら、なにか仕掛けてくるかもしれないが……。
もうすでに俺への貸しは十分だ。
命を救われている。
この借りはでかい。
今さら策を弄する必要は薄いのだ。
若い薬師さんと雑談しながら歩いていると、やたらとキラキラした目で俺を見ていることに気づいた。
ボンボンのお坊ちゃんが冒険者のような、自分たちとは別世界の業種に惹かれることもある。
なにか、冒険譚でも聞きたいのだろうか? そう考えていると、薬師さんは大通りで急にぶっ込んできた。
「さっきのヤジンさん、すごかったです!」
え? なんのこと。というか、急に声がでけえわ。
俺が少し困惑していると、薬師さんは続けた。
「僕、怖くてろくに仕事もできなかった。でも、ヤジンさんは抑える必要すらなかった。本当にすごいです。裏ギルドの幹部ともなると、僕たちとはぜんぜん違うんだなって、本当にそう思いました」
まるで憧れのオオ◯ニさんに会えた野球少年のように、目をキラキラさせて薬師さんは話す。
ちょ、ちょ、ちょっと急にどうしたん? こんなの人気の多い場所でやめてクレメンス。
「俺様にはこんなもの必要ないとばかりに板を噛み砕き、常人なら失神してもおかしくない激痛を笑い飛ばす。さすが、裏ギルドの幹部なだけありますね!」
いや、ちげーから。お前の持ってきた板が強度不足だっただけだから。
歯、食いしばりすぎて奥歯擦り切れるかと思ったわ。
お前さんのミスだから。
でも、言えない。こんなキラキラした目で俺を褒めてくれる彼に、『お前のミスだ』なんて俺にはとても言えやしない……。
その後もテンション爆上がりの薬師さんが、彼の目から見たやたらと脚色された『俺』を嬉しそうに語る。
それ、どこの『漢』だよ。
彼の中の俺は腕を組み仁王立ちしながら、とんでもない激痛を笑い飛ばす『漢の中の漢』になっていた。
周囲の人間が、ざわざわと騒ぎ出す。
「とんでもねえ、根性モンだ……」
だの。
「最近、急に事務所を任されたとは思ったが……そんなにすげえやつだったのか」
だとか。
すごい速度で情報が伝播していく。
ここから、噂に尾ひれがついてとんでもない人物に仕立て上げられるのだろうか……。
でもまあ『人喰い』よりはマシか。
俺はワルに憧れる純朴な青年の夢を壊さないよう、肩肘を張って少し偉そうなツラして歩くことにする。
傷が痛むから、ひっそり移動したかったのだが……。
もっとも、こんな出で立ちでパピーを連れている俺は目立ちまくっている。
注目されるのは、避けようがない気はする。
まだ宿にも着いていないのに、どっと疲れた。
『漢の中の漢』と『食人鬼』このふたつの噂が融合したとき、俺の最終的な人物像はどのように噂されるのだろうか。
まったく想像がつかない。
薬師ギルドにできた大きな借り。広がる噂。
なんとか命は助かったが、これからも俺の行く先にはトラブルが待ち受けていそうだ。
命があるだけマシなのは間違いないのだが……俺の口からは小さなため息が漏れた。
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