んぐううう~~~~~ッッッ
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飛びそうになる意識を必死につなぎ止めていると、受付のお姉さんが壮年の男性を連れてくる。
この人が、さっき言っていたエメリッヒ先生なのだろうか。
男性はボロボロの俺を見て「すぐ処置室へ」、そう言って踵を返した。
お姉さんに支えられ、よろよろと後をついていく。
俺を支えてくれるお姉さんに、こんな薄汚れた格好で申し訳ない……なんて考えが頭に浮かぶ。
しっかりしろ、野人! 気を抜くな! 俺は自分に活を入れると、周囲の警戒を続けた。
少し歩くと、処置室らしき場所へとたどり着いた。
両開きの扉が開け放たれており、中にはベッドや医療器具らしき道具が見える。
処置室に入ろうとしたところで、お姉さんが俺の後ろをついてきていたパピーに気づく。
「あら、可愛い狼ちゃんね。貴方の従魔?」
お姉さんは慌てることもなく、俺に聞いてきた。
「はい、俺の従魔です」
お姉さんはパピーに微笑みかけ、目を合わせて言った。
「ごめんなさいね。貴方は入れないの。ご主人様が心配なのはわかるけど、部屋の外で待ってくれるかしら?」
パピーは返事をする代わりに、俺のズボンの裾を噛んだ。
俺から離れてなるものか。パピーの強い意志が感じられた。
俺は回路を通して、パピーに部屋の外で待ってくれるようお願いする。
パピーは一瞬、裾を噛む力を強めて抵抗を示したが、そっと裾を放してくれた。
そんな俺たちを見て「仲がいいのね」そう言って微笑んだ。
ここで肯定的な返事をすれば、パピーが狙われるのでは? 俺の弱みだと思われないだろうか? そんな考えが頭をよぎったが、ここは素直に答えることにした。
「ええ、最高の相棒です」
お姉さんやパピーとやり取りをしていると、廊下から三人ほど薬師と思わしき人たちがやってきた。
最初に入ったエメリッヒ先生? と合わせて計四人。
薬師四人体制での治療とはVIP待遇である。俺も偉くなったものだ。
薬師の男性が、お姉さんと入れ替わるように俺に肩を貸してくれる。
俺はお姉さんに礼を告げると、お姉さんはにっこり笑って「気にしないで」と言った。
お姉さんはパピーに「あっちでおやつでも食べない?」と話しかけていた。
俺は回路を使ってパピーに。食料を食べるチャンスがあるなら食べろ。そう伝えた。
確率は低いが、ここから逃走する可能性もある。
そのまま、森に逆戻りってことも考えられるのだ。
俺は振り返りながら、お姉さんに言った。
「パピー。その子の名前はパピーです。仲良くしてあげてください」
俺がそう伝えると、パピーがお姉さんの足にスリスリと体を擦りつけた。
お姉さんはその一撃でパピーにメロメロになったのか「まあ、まあ、まあ、かわいいわ」とにっこにこである。
悪い人ではなさそうだ。パピーに何か危害を加える可能性は低いだろう。
俺は寝台にうつ伏せに寝かされる。
背後で扉が閉められる音がした。
室内の緊張感が高まるのがわかった。
俺の右側にいる若い薬師が、木の板に布が巻きつけてある物体を、俺の口元に差し出した。
「あの……痛むので、これを噛み締めてください」
その言葉を聞いて、俺はテンションがだだ下がりした。
前世の医療機関と違って、麻酔なんぞないわな。あったとしても、副作用がエグいとか、費用がかかるとかで気軽には使えなさそうだし……。
俺は覚悟を決め、木の板を咥えた。
「あひがとうごふぁいます」
俺は木の板を咥えたまま、若い薬師に礼を告げる。
「頑張ってくださいね。それと……僕はレベルが低いのであまり暴れないでくれると助かります」
後半は消え入るような小さな声だった。
あー、なるほど。四人体制はVIP扱いではなく、痛みで暴れる患者を押さえつけるためなのね……。
屈強な警備員じゃないのは、これも医療行為の一端だからなのか。それとも、警備に穴を開けないためなのだろうか。
そんなことを考えて現実逃避していると、両足と両手をがっしりと掴まれる。
俺は気配察知で周囲を観察しながら、俺に危害を加えるような行動だった場合、対処できるよう心の準備をしておく。
緊張感の張り詰めた処置室で、エメリッヒ先生の落ち着いた声が響いた。
「それでは、処置を開始します」
エメリッヒ先生は、背中に張り付いた俺の服を剥がすことにしたらしい。
膿やら体液やらが固まった物体で、服が患部に張り付いている。
周囲から丁寧に張り付いた服を剥がすのだが、患部を刺激するたび痛みが走る。
俺はその痛みの強さにドン引きしていた。
おいおい、直接患部を触っていない状態でこれかよ。
本格的な治療が始まったら、どれほど痛いんだ?
俺がビビり散らかしていると、癒着の強い部分は粗方取れたらしい。
「次は、残りを一気に剥がしますね」
エメリッヒ先生が無慈悲にそう告げる。
ちょ、ちょっと待ってくれ。まだ、心の準備が――。
背中からベリっと音が聞こえ、落雷に打たれたかのように電撃が走る。
「んぐううう~~~~~ッッッ」
メリメリと奥歯が板に食い込み、思わず掴んだベッドがミシミシと悲鳴を上げる。
ふっと意識が飛びそうになるが、気合で意識を保つ。
安全だとは思うが、完全に信用しきれない。
ここで気絶したら、そのまま殺される。もしくは、俺の知らない方法で奴隷として縛りつけられるかもしれない。
俺が痛みに悶えていると「患部を洗浄しますね。デブリードマンしますね」など、容赦なく治療が進んでいく。
洗浄は耐えられたが、その後が無理だった。
デブリードマンとは、傷口を綺麗にすることだ。壊死や感染を起こした組織を取り除く処置である。
俺の場合は、患部をメスで切る行為も含まれているようで……。
「~~~~~ッッッ!!!」
痛すぎて声すら出ない。
俺の口元で、バキリと音がした。
おい、若い薬師! 板が割れちまったじゃねぇか! もう少し頑丈なやつをくれ! このままじゃ噛み締めすぎて奥歯が全滅しちまう!!
「んぎぃぃぃぃ」
喉の奥で自分が出したとは思えない唸り声が響く。
あー、駄目だ。痛え、まじで痛ってえ。
なんか、痛すぎて笑えてくる。
俺は砕けた木の板をブッと吐き出すと、笑い声を上げた。
「くく、くはははは。はーっはっはっは」
もう痛すぎて意味がわからない。
「ひひひ、ひーっひひ」
俺が笑い声だか、悲鳴だかよくわからないものを叫んでいると、ようやく処置が終わった。
俺は全身の力を抜くと、はぁはぁと粗い息をこぼした。
あー、痛かった。
まあ、今も痛いが治療中ほどじゃない。
転生前でも、試合中に骨折した足で蹴り続けたり、角材でドタマをかち割られたりと、いろいろ痛い思いはしてきたが……今回のは桁が違った。
痛すぎて謎のテンションになってしまったが、薬師の皆さんは慣れっこだろう。
中には出産中に罵詈雑言を喚き散らす人もいるらしいのだ。
医療従事者なら、俺の奇行も気にしていないはず。
体を起こして礼を告げると、みんなの顔が引きつっていた。
いや、ドン引きされてますやん。
ただでさえ『人喰い』なんてレッテルを貼られているのに、医療従事者もドン引きの奇行とか最悪ですやん。
俺の変な噂が広まって、あの神に称号でいじられるんだろうな……。
命が助かったことはよかったが……今後のことを考えると少し憂鬱である。
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