続き
-3-
「アコ。泣いてたの?目が赤いよ」
ヨシは心配そうに覗き込むと、私の両瞼にそっと口づける。
「あれから全然連絡くれなかったくせに、
突然呼び出されたかと思ったら、こんなにボロボロになってるし・・・。
いったいどうしたの?」
私は、その質問には答えずに黙って彼のシャツのボタンに手をかける。
「・・・アコ?」
ヨシは少しだけ戸惑って私を見るも、
若さに従順な彼の身体は私を拒むことはしなかった。
初対面の時のような荒々しさはないけれど、
代わりにお互いの身体はその心地よさを存分に覚えていた。
私は若い男の腕の中で現実からしばし逃避する。
「・・・で結局、オレの質問には答えてくれないの?」
ホテルの清潔なベッドは、先日のコンドミニアムのベッドよりも
心地よい。
ヨシの腕と真っ白なシーツに包まれ、私は瞼が重くなっていくのを感じる。
とても暖かい。
「アコ・・・・・、起きて」
揺さぶられて私は目を覚ます。
「う・・・ん、なに?」
腕枕を解きながら、ヨシは上体を起こし、デスクの上にあった
私の携帯電話を持ち上げた。
「電話、鳴ってたみたいだよ」
まさか!
私は自分が裸なのも気にせず、ベッドから立ち上がると
ヨシから携帯電話をひったくった。
その剣幕に目を丸くするヨシだったけど、気にならない。
私はディスプレイの着信履歴を確認する。
「なんだ・・・」
思わず落胆が口から洩れてしまった。
ディスプレイに表示されている母親の名前を見ながら、
自分の都合の良さに笑いだす。
あれだけハッキリ別れを言った彼からの着信だなんてあり得ないか。
漫画やドラマの見すぎにもホドがある。
「事情はよく分からないけど・・・」
背後から近づいたヨシの声は、
その腕で私を包むと同時に耳元へ移動し、脳へ直接語り掛ける。
「・・・ここにいれば大丈夫だよ、アコ」
きっとこっちの展開のほうが、ドラマちっくだ。
そんなことを考えながら、私はその優しさに甘えさせてもらう。
翌日。
私は、全てを捧げて捨てられた元恋人の痕跡を
跡形もなく消し去ることに終始した。
初めからバリ島にそれらを捨てるつもりで日本を出た。
といっても、そのほとんどがボタン一つで何の未練もなく消え去って
しまうものばかりで、形あるものといえば彼から誕生日にもらった
ネックレスと、私がお揃いで買った恋守りの2つだけだった。
私はずっと後悔していた。
彼を送り出してしまったことを。
本当は泣いてすがって、
それでもダメなら脅してでも彼を手放したくなかった。
なのに、
私は彼を理解しているフリをして、自分が大人のフリをして、
泣いて謝る彼を許し、幸せを願いながら笑顔で彼を他の女のもとへ
送りだしてしまった。
彼だけじゃなく自分の本心にも向き合えず、
咄嗟に、彼の中のいい想い出になることを選んでしまった自分の
プライドのなさに後悔ばかりがついて回る。
彼は私を愛していたのかすら、聞くことができなかった。
だから諦めきれなかったのだと思う。
私の愛情の深さに気付いた彼が、自分の元に戻ってくるのではないか
という儚い期待に胸を躍らせてみたり
所詮、都合のイイ女でしかなかった私のことなど、
すっかり忘れて今頃別の女と幸せに暮らしているのか
と考えては憎しみに震えてみたり、来る日も来る日も私の心は
今はもう知る術もない彼の本心に囚われて離れることはなかった。
そんな堂々巡りに疲れた私は、彼も勤めていた会社を辞め、
ちょうど旅行代理店の店頭で目に入ったバリ島という文字に心惹かれて、
そのまま5日後には旅立っていた。
亜熱帯地方独特の熱に、ビーチリゾートの解放感が私の心の鎖を外し、
癒してくれた。
身も心も軽くなっていった私は、もう自分の心に嘘はつかないと誓った。
そう思ったら、不思議と他人の目が気にならなくなった。
着たいものを着、食べたいものを食べ、行きたいところに行き、
時には強い口調でノーも言う。
ヨシと出会って、衝動的に一夜を過ごしたのも
自分の欲望に素直になっただけだ。
でもそのおかげで、ずっと私を縛っていた彼に電話をする気になれた。
自分の欲求を表に出すことにためらいも恥じらいもなくなった今、
彼に私のぐちゃぐちゃな本心をそのままぶつけて
私の苦しみを分からせてやれると思った。
結局、
私の望みは叶わないという現実を思い知らされ、
絶望するしかなかったが、それでもあの時ほどの悔しさはない。
それよりも・・・・・・。
いつのまにヨシの存在が私の中で大きくなっていた。
気付けば、彼のことを考えてしまう自分がいる。
お互い、後腐れなく別れたつもりだったのに、1人で耐えるには
辛すぎて、誰かに縋りつきたくて、思わず電話をしてしまった。
15歳下の彼はとても優しくて、無邪気で、私は勘違いをして
しまいそうだ。
「日本に帰らないで、このままいればいいのに」
というヨシの言葉を冗談として受け流しきれない。
そしてなにより
この身体が、ヨシの体温を求めて熱を発している。
逢いたい。
それが今の私の素直な想いだった。
私はおもむろに冷蔵庫からアラックを取り出すと、グラスに注ぎ
一気に煽ってみた。
焼けるような熱さが身体を通り抜け、思わずむせる。
その勢いに乗って、私はメッセージを送った。
「今夜、会える?」
返事はすぐに来た。
「仕事終わったらそっち行くよ」




