過去
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「もしもし・・・」
「・・・亜子!?」
「私、やっぱりあなたが好きなの。あなた以外の人なんて考えられない」
相手が電話に出るや否や、私は一気にそう伝えた。
電話の向こうで、相手の動揺する姿が目に浮かぶ。
「いや、ちょっと待って、亜子。・・・確かにオレも亜子が一番だけど・・・。
本当に悪いと思ってるけど・・・」
「私、本当は物分かりのいい女じゃないの。だからあなたのことも、
あの女のことも許せない。もう、あなたは誰にも渡さないって決めたの」
「ちょっと、落ち着けって。なあ、何かあったのか亜子」
受話器越しに、相手が冷静さを取り戻そうと必死なのが分かる。
「お前あの時言ってくれたよな。オレが幸せならそれでいいって。
あれでオレがどれだけ救われたことか・・・」
私の脳裏にあの時の光景が甦る。
「そんなの本心じゃない。あの時、どんな気持ちで私がそれを言ったか
分かる!?」
彼のことが好きだった。
好きだから、束縛がキライという彼の意見を尊重して自分からは
電話もメールも控え、休日も彼の予定を優先した。
彼が他の女といるところを友人が目撃し助言してくれても
私は彼に問いただすことはしなかった。
「私の気持ちを踏みにじっておきながら、自分たちだけ幸せになれると
思ってるの!?」
「・・・ゴメン、亜子。でも子供には罪はないんだし・・・」
彼の結婚宣言は突然だった。
私以外の女が彼の子供を身ごもったから結婚する、と。
だから私とはもう会えないし、会わない、と。
いつものように突然家に来たと思ったら、いきなりそう言って、
ゴメンと泣きだしたのだ。
「私にだって罪はないわよ」
「そうだね・・・。だけど亜子は何も言わなかったから。
オレが誰と会おうと、どこへ行こうと何も言わなかったし。
亜子はオレに関心がないんだと思ってたよ」
「それは、あなたが束縛する女は嫌いだって言ったからじゃない!」
「そうは言っても、本当に好きな相手なら嫉妬したり、
ワガママ言ったりするのが普通だろ。
亜子は全然そんな素振り見せなかったじゃないか・・・」
「なにそれ。束縛するなって言っておいて、
本当は束縛してほしかったって言いたいの?
私が今までどれだけ我慢して、どれだけ泣いてたか知らないで
よくもそんなことが言えたわね。・・・・・・バカみたい」
彼の前で大泣きできたらどれだけ良いだろう。
あの時も今も、私の目から涙は出てくることはなかった。
心はこんなに傷ついて血が溢れているというのに。
「・・・とにかく、もう元には戻れないんだよ、亜子ごめんね。
でもオレより亜子にふさわしい男はたくさんいるよ。
早く忘れて幸せになりなよ」
「いやよ。もう私、我慢するのやめたの。あなたは渡したくないし、
それでも彼女を選ぶっていうなら、一生幸せになれないように
呪ってやる!」
長い沈黙があった。
とてもとても長い沈黙。
お互いの息づかいだけが受話器越しに聞こえる。
でも、どんなに探ってもやっぱり心の中は分からない。
「・・・やっぱりオレにはアイツのほうが合ってると思う」
長い沈黙のあと、静かに彼が言った。
瞬間、亀裂だらけの私の心は粉々に砕けて、
真っ黒い血の海に沈んでいく。
何かを言おうにも言葉が出てこない。
「亜子、ゴメン。オレは亜子のこと一生忘れないよ。
だけどもう二度と連絡しない。元気で、幸せにな」
受話器から聞こえる音が無機質な機械音に変わり、
やがて静寂が訪れた。
しばらくすると、ビーチから帰ってきたであろう子供たちの
楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてきて、
それが合図だったかのように私の意識は現実に引き戻された。
紺色のスカートに初めは小さく、やがて大きく染みが浮かんで
広がっていく。
また・・・・・。
また、1人で泣いている。
どうせなら彼の前で泣いて、彼の心を揺さぶりたいのに、
いつも涙は1人の時しか出てきてくれない。
そして堰を切ったように溢れ出して止まらない。
私は声を上げて子供のように泣きじゃくった。




