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By myself  作者: 今井 万理
4/4

結末

-4-


 ヨシと連絡が取れなくなって3日。

 電話は繋がらず、メッセージも既読にならない。

 それまでは毎日のようにどちらかの部屋で愛し合っていたから、

 1人の夜がこんなに寂しいものということを忘れていた。

「急にVIP顧客のアテンドをしなくちゃならなくなって

 1週間ほど会えなくなる。連絡も難しいかも」

 会えなくなる日の前日、いつものように腕枕をした手で私の髪を

 いじりながら、ヨシが突然そう告げた。

「仕事とはいえ、オレもアコに会えなくて寂しいよ」

 離れたくないと駄々をこねた私を再び強く抱きしめながら

 何度も「待っててね」と耳元で言い聞かせる。

「1週間も我慢できない」

 私は彼の肌のぬくもりを全身で記憶しようと

 手のひらを、足を、胸を、唇を、彼の全身に這わせる。

「オレも」

 私たちはお互いの存在を残すべく五感をフルに使って

 しばしの別れを惜しんだ。

 翌日には、もう彼が欲しくてたまらなかったけれど、

 仕事だから仕方ないと自分に言い聞かせ、

 "逢いたい"とだけ短いメッセージを送った。

 しかし一向に読んだ気配がない。

 彼の身に何か起きたのではないかと不安が募る。

 悪い想像ばかりが浮かんできて、いてもたってもいられなくなった私は、

 意を決して電話をかけてみたが、それも繋がらない。

 こんなことは彼と出会ってから初めてで、私のなかの不安が

 時間ごとに倍増していく。

 仕事とはいえ、こんなに連絡が出来ない状況があるのだろうか。

 そもそも今、彼はどこにいるのだろう。

 彼のスケジュールを何も聞いていなかった自分に苛立つ。

 彼からいつ連絡が来ても良いようにWi-Fiが繋がるホテルの部屋を

 1歩も出ないで待ち続ける。

 しかし一向に返信がくる気配はなかった。

 そんな時。

 ふと、あるものの存在を思い出した。

 初めて会った時、彼にもらった名刺だ。

 そこに彼の所属するエージェントの連絡先が書いてあるはずだ。

 本人から直接安否確認ができない以上、彼の仕事関係者に確認をとって、

 ひとまず私自身が安心したかった。

 私は引き出しを開け、しまってあったそれを取り出すと、

 部屋の電話をその会社へと繋いでもらう。

 名刺を見ると提携先には日本の大手旅行会社数社の名前もある。

 観光やダイビングの主催等をしているらしい。

 しばらくのコールの後、「もしもし」という年配の男性の声が聞こえた。

「あの・・・」

 勢いでかけてしまった手前、声が少しうわずってしまう。

「あの、滝川さんと約束をしていた者ですが、

 滝川さん、お願いできますでしょうか」

 咄嗟に口をついたでまかせだったが、そんなやりとりは結構多いのか、

 特に不審がられることなく電話の相手は応対してくれた。

「申し訳ありません。滝川は今、休暇中でして・・・。

 どういったお約束でしょうか?」

「休暇・・・・・・ですか?」

 私の心臓がドクンと大きな音を立てた。

「ええ、ちょっと急用が出来たので日本へ帰っているんですよ」

「日本へ・・・?」

 この土地を包む大らかな空気のせいなのか、個人情報云々という

 問題はどうやら無縁のようだ。

 電話の相手は、次々と私が予想しえなかったワードを教えてくれる。

 もう、この辺でやめておけ。

 イヤな予感と共に、私の頭の片隅で警鐘がなる。

「今お客様はバリ島内ですか。滝川とはダイビングか何かのご相談中

 でしたか?」

 心臓の音が邪魔で、相手の声がよく聞き取れない。

「ええ、まあ・・・」

 適当に相槌を打ってごまかすと私は震える声を隠しながら、

 なるべく平静を装って聞き返した。

「なんで、彼は急に日本へ・・・?」

 答える声は私の重苦しさと正反対で、とても陽気だった。

「奥さんの出産の立会いですよ。予定日はまだ先だったらしいんですが、

 急遽入院したとかで。初産だし心配だから日本に帰るよう説得して・・・」

 出産?

 奥さん??

 聞き慣れない単語のオンパレードに私の頭は混乱する。

 混乱した頭を抱えながらも、さらなる情報を得たいと私のどこかが

 驚くほど冷静に活動し始めた。

「それは奥様も今まで心細かったでしょうね。

 滝川さんは元々、単身でバリ島へ?」

 不審がられないように、自然な感じを装って尋ねる。

「3年くらい前から、日本とこっちを行き来してて、親会社からの

 出向が正式に決まったのが1年近く前の話かなあ。当初は奥さんも

 追いかけてくる予定だったんだけど、途中で妊娠が分かって、

 日本のほうが安心だからと、彼女は実家に帰して結局単身。

 ま、久しぶりの独身生活って満喫してたみたいですけどね、アイツは。

 学生結婚だったらしいし」

 おしゃべりが好きなヨシの仕事仲間は、何の疑いも抱かず

 私に様々な有益情報をもたらしてくれる。

 しかし、私の記憶処理能力は、さきほどの言葉でストップしてしまった。

 つまり滝川仁人という人間は、妻子ある身でありながら私と浮気し、

 毎晩のようにヤリまくり、都合が悪くなると、すぐバレるウソ1つで

 私からフェードアウトし別れようとした、最低な男だったということ?

 "また"?

 私はそんなダメな男の正体も見抜けずにのぼせ上がっていたってこと?

「とりあえず、滝川さんの休暇が明けましたら宮内アコまで連絡ください、

 とお伝え願いますか?私の連絡先はご存知だと思うので・・・」

 私はかろうじてそれだけ伝えて電話を切った。

 今ここで全てをぶちまけたら、ヨシの立場はどうなるだろうか。

 浮気相手に裏切られ、職を失い、家族に見限られ1人後悔に生きる

 彼の姿を想像する。

 そこに日本で私を捨てた彼の姿が重なった。

 彼を吹っ切りたくてバリ島に来たのに、ここでまた同じ思いを

 繰り返すなんて・・・。

 そもそも15歳下のヨシが、本気で私を相手にするはずがないのに、

 何を舞い上がっていたのだろう。

 私だって寂しさを紛らわすために彼を利用していたのだから

 お互いさまではないのか。

 初めから解放感に包まれる旅先での情事にしかすぎなかったはずなのに。

 いつのまにかヨシの身体にどっぷり溺れてしまった・・・。 

 溺れたのは私の女の部分だけじゃない。

 ここで彼と昼夜問わず求めあうことで、見たくない現実から

 目を反らし続けていられたからーーー。

 42歳で恋人に捨てられ1人になった自分。

 日本に帰ったら職もなく、貯金も今回の旅行でほとんど残っていない。

 そんな現実を、ここにいれば見ないでいられた。

 甘い言葉を囁いて抱きしめてくれる若い男が

 ずっと自分のそばにいてくれるという幻想。

 シャボン玉のようにフワフワしたおままごとの世界が突然、

 パンと壊れて消えた。

 ただ、それだけのこと。

 現実は変わらない。

 今頃ヨシは日本で可愛い奥様と産まれてきた子供を抱きしめて

 喜んでいるだろうし、元恋人も結婚式やら、新婚生活の準備やらで

 新しい彼女と忙しい日々を送っていることだろう。

 バリ島で片時も2人の男たちを忘れず、思い浮かべては感傷に

 浸っている女の存在を、彼らはこれっぽちも覚えてはいない。

 それが現実。

 知らないうちに、私は泣いていた。

 頬をつたって涙が落ちる。

 私はそれを拭わずに、引き出しにしまっていたタブレットを取り出すと

 電源をいれた。

 日本行きの便を予約しなくては。

 日にちを見ると、バリに来てからもう2週間が過ぎていた。

 夢から目覚めるには丁度良い頃合いだ。

 傷ついた自分に甘え、誰かに甘え、またさらに傷つく・・・。

 結局、自分は男を見る目がなく、1人で泣くしかない女。

 42年かけて出来上がった性格は急には変えられない。

 ならば泣き続けて、そんな自分を受け入れて、

 少しずつ方向転換をしていくしかない。

 何もない自分のまま日本に帰ろう。

 こんなバカな自分が私だ。

 そしてそんな自分が今は好きだ。

 私は涙を拭って、日本行きのチケットを予約した。

 遠くから耳障りな鶏の鳴き声が聞こえた気がした。



 FIN


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