8.「いや、お前は悪くない。悪いのはコゴローちゃんと俺だ。作ってくれてありがとう」
マキ?の元からこの世界の俺の家に戻って来たわけだが……
この家は好きに使って良いのか?
とりあえずリビングにある椅子に座っているが、元々俺が住んでいた家とは見た目が違い過ぎて違和感しかない。
時間を潰そうにもテレビが見当たらないし、本の類もない。
かといって二階に上がるのもなんか気が引けてしまう。
別の世界の自分といっても殆ど他人だ。
意味が解らな過ぎて頭が痛くなってきた。
テーブルに突っ伏していると、いつの間にかマキがいた。
「……調整は終わったのか?」
「ええもちろん。バッチリ完璧にオールオッケーです」
「ならよかった。……ハァ」
「どうしました? 露骨にため息なんて吐いて」
ため息くらいつきたくもなる。
全然頭の中の整理が追いつかない。
なに? 別世界の俺に意識を移す? しかもそこはゲームのようなロボットのいる世界だって?
まあいい、百歩譲ってロボはいい。
だが、元々この世界で生きていた俺はどうなった? いきなり精神を乗っ取られて、さぞ無念だろう。
怖いが聞くしかない。
マキが何を思ってそうしたのかを……
「マキ」
「なんですかー?」
「元の俺——この世界の俺の意識はどうなってるんだ?」
「ああ、その事で悩んでたんですね」
マキはあっさりとこう言った。
「ようはトレードですね。センパイが元いた世界に、この世界のセンパイの意識がいっている形になっています」
……なるほど。
つまりこの世界の俺は、俺が元いた世界に移動したというわけか。
いいのか? 言っちゃあなんだが、貯金はあっても視力は眼鏡がないと殆ど見えないし。
握力なんて殆どないようなもので、重いものを持つのにもある程度コツがいる。
五体満足の体を捨ててまで別の世界に行きたいと思うのか?
湧き上がる疑問をマキにぶつける。
「この世界から移動する理由が俺には見当もつかないんだが……」
「考えてもみてください。この世界には野生型異生体という外敵が存在します。センパイのいた世界の様に平和な世の中ではないのです。そんな世界に嫌気がさしている人間だって存在します。つまり、それがこの世界のセンパイです」
「……この世界の俺は戦ったりしなかったのか?」
「してませんね。そういう学園には通っていましたが、無能無気力な人間でした。ハッキリ言ってお荷物の落ちこぼれです。だからこそ平和な世界に行くことを望んだのです」
「……なるほど。つまりこの世界の俺は喜んでお前の申し出を受けたということでいいんだな?」
「はい。それは断言します。多分向こうの世界でよろしくやってると思いますよ? ついでに口座の額も桁を増やしておいたので生活の心配はしなくていいようにしておきました」
なんて羨ましい……いやいや、俺も健康な体を手に入れられたんだ。
向こうもそれくらいの旨味はあっていいはずだ……やっぱり羨ましいな。
「他にも聞きたいことはあると思いますが、とりあえず夕食を作るので続きは食べながらにしましょうか」
「わかったよ。気分的にはさっき食べた感じだけど、この体は腹が減ってるみたいだ」
「そりゃあ別の体なんですから当たり前ですよ~。とりあえず焼き魚と適当にいくつか作りますね。作り終わるまでテレビでも見ててください」
テレビでも見ていろと言われても、この部屋にテレビらしきものは見当たらない。
テレビ台っぽいのはあるが、両端に筒状の物が二本あるだけだ。
「マキ。テレビはどこにあるんだ?」
「あー、〝テレビオン〟」
マキがそう言うと、二本の筒状の物の間に映像が浮かび上がった。
「音声で認識するのでテレビを見たい時は〝テレビオン〟と言って下さい。消したい時は〝テレビオフ〟と言えば消えますので」
「チャンネルを変える時はどうするんだ?」
「別のチャンネル的なニュアンスなら何でもいいですよ。次、でも変わりますし」
「なるほど。ハイテクな世界だな」
とりあえず映し出された映像を見てこの世界の情報を得ることにした。
今映し出されているのは教育番組のようで「お母さんとい〇しょ」というらしい。
らしいというか、俺のいた世界と同じタイトルだ。
ちょうど着ぐるみ姿のキャラクターたちが、些細なことで大げさに物語を進めている。
しばらく見ている内にエンディングになり、歌のお兄さんとお姉さんが子供たちと踊り出した。
何というか懐かしいな。
踊っている子供たちが多いなか、一人二人はその輪から離れて別のことをしている。
何ともほほえましい光景だ。
そうこうしているうちに番組が終わってしまった。
「えーっと、次のチャンネル」
これでいいんだよな?
声を出すとすぐに別のチャンネルへと切り替わった。
次に映し出されたのはニュース番組だ。
「次」
とりあえず一通りどんな番組があるのか確かめることにした。
次々にチャンネルを変えると、何やら見覚えのある男が現れる。
『腹が、とても減った』ポーン、ポーン、ポーン。
『よし、飯屋を探そう——』
すごく見覚えのあるスーツ姿の男だ。
「……マキ」
「その番組は『一人身のグルメ』ですね。ちなみに名前は井上小五郎。通称コゴローちゃんです。この番組の筆頭ファンらしいですよ? 最近無理矢理映画の監督をやらされたらしいです」
「そうか……」
何だか俺の知っている番組と微妙に違うが、内容がほとんど同じだ。
俺は人間水力発電機とか言ってるし……
しばらくオッサンが飯を食べる姿をボケーッと見ながらマキの料理が完成するのを待った。
『さて、次はどんな料理に出逢えるかな——』コゴロー♪ コゴロー♪ コゴロー♪ イ・ノ・ウ・エ・フゥー♪
もう終わってしまった。
ヤバいヤバい、ただオッサンが飯を食うだけの番組なのに見入ってしまう。
今回は焼肉回だったのでいつも以上に魅力的に見えてしまう。
「はーい。ご飯ができましたよー」
ちょうどマキの料理も完成したようだ。
テーブルの上に並ぶ料理の数々。
シンプルな焼き魚に、ヒジキと大豆の煮物。
ホウレン草のお浸しに豆腐とわかめと油揚げの入った味噌汁。
そして一粒一粒がキラキラと輝きを放ちながら立っている白米。
誰がどう見ても完璧なメニュー。
そう、完璧だ。
完璧なんだけどね……俺の口はコゴローちゃんのせいで焼き肉の口になっている。
「え、何で不満そうなんですか?!」
「いや、お前は悪くない。悪いのはコゴローちゃんと俺だ。作ってくれてありがとう」
「やっぱりご飯時に一人身のグルメは禁止のほうがいいですかね?」
「いやいやいや、番組に罪はない。俺が悪いんだ。今回はたまたまだ。そうたまたまだ」
俺は即座に箸を手に取り宣言する。
「頂きます!!」
とりあえず味噌汁を一口。
「——うわ、うまった」
ヒジキと大豆の煮物を口に運ぶ。
「は? なにこれうまっ」
白米を口の中に掻きこむ。
次に焼き魚の身をほぐし、白米と共に頬張る。
「…………うますぎてムカつく」
「ふふ~ん。私が自ら作ったんですよ? この世で一番美味しいに決まっています」
嫌味の一つでも言ってやりたいが、この旨さの前にはそんな言葉は口から出て行くことはない。
正面に座るマキは、そんな俺をくすくすと笑みを浮かべながら見つめている。
一言くらい文句を言ってやりたい気もするが、これだけ美味い料理を出されてはぐうの音も出ない。
ひたすら飯を食べ進める中、テレビはとある番組を映し出した——




