5.「私の名前は神代桜花といいます」
「貴方が先ほどの事件を解決した人であっていますか? 詳しく話を聞きたいのですが」
突然現れた女がそう言った。
先程の事件というのはアイゼンで野生型異生体を倒した件の事だろう。
つまり俺は言い逃れが出来ない状況という事だ。
しらを切ろうにも、ここまで俺以外の人間は誰も通っていない。
詳しく話を聞くと言っても俺にはもう話す事がないので、俺はこのまま帰りたい。
「……なぜ黙ってるのですか?」
相手方は見逃してはくれなさそうだ。
「えーっと、もう話したといいますか……」
「それは知っています。貴方から直接経緯を伺いたいのです」
「そうですか……えーっとですね——」
目の前の女に先ほどの出来事を話した。
「なるほど。私が聞いた内容と同じですね、申し訳ありません。お手数をお掛けしました」
「いえいえ、それじゃあ俺はこれで」
そそくさとその場を去ろうとしたが。
「貴方。名前は何というのですか?」
「え? あー、不破庵といいます」
「不破庵ですね。ああ、申し遅れました。私の名前は神代桜花といいます」
「これはご丁寧に、それでは失礼いたしますぅ」
俺は神代さんに背を向けてその場から足早に離れた。
◇
「何だったんだ今のは……」
突然現れた神代桜花という女。
見た目はかなりの美少女だが、どこか油断のならない感じがした。
そして俺の勘が告げている。
あの女は強い。
何となくだがそう感じた。
あのピンク色の機体の些細な動きから読み取れる精密性。
上位ランカーのソレと似ているものがある。
正直戦ってみたい。
くっそ、なんで俺の愛用機が手元にないんだ! アイツがいてくれれば……目の前の実力者と戦うことが出来るのに!!
我ながらバトルジャンキーみたいな思考になっているが、仕方のないことだ。
何年もお預けを食らい、突然その欲望を解放する機会が訪れているんだ。
だれだって興奮するのは当たり前だ。
だが俺もまだ大学生とはいえ、いい大人だ。
むやみやたらにケンカを売ったりはしない。
……そういえば視力と握力が戻っているが、それ以外の体の調子もすごく良い。
もしかしてこれが原因だったりするのか? 健康な体だから調子に乗ってる的な?
そうだとしたら少し考えを改める必要があるな。
まあ、正直な話。
一時間ほど前までは飯を食ってたのに、今は目の前にロボがいるこの状況は異常すぎる。
そのことを考えると頭がおかしくなりそうだ。
だからこそ周りの目新しい物を見て、その考えを無理やり押し込めることにした。
◇
マキの案内の元、俺は自分の家に帰ってきた。
元々住んでいた所とは違う場所だった。
両親と住んでいた家でもないし、祖父母の家とも違う場所。
見た事のない一軒家を目の前に、俺はドアの前で佇んでいた。
『センパイ。入らないんですか?』
「え? あ、ああ。入るとも……」
マキはあの時口にした「事故のない世界」という言葉。
それはつまり、俺の両親もあの事故で死んでいないということになる。
死んだ両親と数年振りの再会。
いや、別の世界なら赤の他人か?
だとしてももう一度会えるのなら会いたい。
そう考えていると、ドアがカチャリと開き——
「おかえりなさい、センパイ」
マキが出迎えた。
「……なんでいるんだ?」
「何でって、色々説明するためにですよ? ほらほら早く入ってください」
マキは俺の後ろに回ると、背中を押して強引に家の中に入れようとしてきた。
あー、まてまてまて。まだ心の準備が——
そのまま玄関に足を踏み入れる。
生活感はあるが、なんというか……質素? いや、物が少なすぎる。
玄関には靴が一足もなく、スリッパの類もない。
低い靴箱の上にも物が一つも置かれていない。
俺の実家や祖父母の家ではこういう所に色々と物を置いていた。
見える廊下にもゴミ一つ落ちていない。
何より、家自体がシンと静まり返っている。
マキが後ろで何か言っているが、それすら気にならない程に俺の心臓は脈打っている。
先程までの期待は、もうどこにもない。
靴を脱ぎ、リビングへ繋がるドアノブを握り、ゴクリと唾を飲み込んだ。
ゆっくりとドアを開き、リビングに入る。
「あら、庵。おかえりなさい」
母さんが生きていた頃、帰る度に聞いていた言葉。
——そんな幻聴が聞こえた気がした。
リビングには誰もおらず。
視界の先には二つの写真が置かれた仏壇があるのみ。
その光景を前に、静かに目を伏せた。
何となくわかっていたはずだ。
何を期待していたというのか。
たとえこの世界の両親が生きていたとしても、それはこの世界の俺の両親であって、俺の両親じゃない。
だがそれでも、もう一度。
もう一度、会えると思った。
膝から崩れ落ちた俺を、マキは後ろから優しく抱きしめてくれた。
涙はとっくの昔に枯れ果てたというのに……
一筋の涙が頬を伝った。
叶うのならもう一度会いたい。
だが、その願いが叶うことはないだろう。
◇
「センパイ。落ち着きましたか?」
「……ああ、悪いな」
「いえいえ。センパイの為ならいくらでもしますよ? もう一回しときますか?」
マキは両手を広げて「カモンカモン」と言いながらにじり寄ってくる。
寄られる分だけ後ろに下がるが、もう後ろは壁だ。
「おいおい、話しがあるんだろ? 早く始めようじゃないか」
「……まっ、いいでしょう。今回は見逃してあげます。ではコチラにどうぞ」
マキはリビングの椅子を引き、ココに座るように示した。
素直に着席すると、正面にマキも座るもすぐに立ち上がり言った。
「お茶の用意がまだでした。すぐに準備するのでお待ちください」
マキはパタパタと忙しなくキッチンへ向かうと、テキパキした動きでお茶を入れ始めた。
「どうぞ。オレンジジュースです」
「お茶じゃないのかよ!」
「アハハハ、冗談ですよ〜。コレは私の分で、センパイのはコッチです」
大きめのコーヒーカップになみなみと湯気の立つ緑茶が注がれていた。
あっつ……フーフー。
お茶をちびちび飲みながらマキの様子を伺う。
見た目は俺の記憶にあるままで、これといった変化はない。
「見つめられたら照れますね〜」
「話があるんじゃないのか?」
「そんなに急かさなくてもいいじゃないですかー。まずは楽しくお喋りでもしません?」
「結構頭の中が混乱してるから、早めに解決してくれると助かる」
「それなら仕方がないですね」
マキは自分の髪をかきあげる仕草をした。
すると、マキの髪の長さが伸び。
髪色も茶色から黄金と表現してもいいくらいの金髪へと変化した。
「おいおい、なんだそれ……」
「これが私の本来の姿なので」
「本来って……マキ。お前は何者なんだ?」
マキは真っ直ぐ俺の目を見つめながら告げた。
「私の正体は、高次元機械生命体の一人です」




