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星風の国物語 〜少女王と見習い書記官の政務録〜  作者: 月森みのり
第四章 金糸の夜会

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第十八話 特別試験

王都では新年祝賀会の準備が進む中、見習い書記官は試験に挑むーーー


【王の隣に立つ者は多い。

 宰相、将軍、侍従、神官。


 だが記録官だけは少し違う。


 王に従うためではなく、

 王が何を選んだのかを残すために傍にいる。


 ―――星冠記録官ノア・フェルディン著『星風の国物語』より】



 王都へ戻ってから数日が過ぎた。

 北方で発見された帳簿は監査局へ引き渡され、調査が続いている。


 だが、その一方で王宮は全く別の忙しさに包まれていた。

 王宮最大の催しである『新年祝賀夜会』が迫っているのだ。

 王宮の廊下はいつも以上に磨かれ、侍従たちは段取りの確認に走り回っている。


 そして王室記録局も例外ではなかった。


「北方伯の肩書が古いぞ!」


「昨年の名簿です!」


「だから新しい方を出せと言っている!」


「今探してます!」


 部屋のあちこちで書棚が開け閉めされる。


 古い来賓記録。

 過去の席次表。

 歴代国王の祝辞集。


 新年祝賀夜会が近付くと、普段は誰も触らないような資料まで引っ張り出される。


「ノア!」


「はい!」


「第三十七回祝賀夜会の来賓一覧!」


「三十七回!?」


「先例確認だ!」


 そんな細かく確認するのか、とノアは半ば諦めながら書棚へ向かった。


「ノア君」


 第三十七回祝賀夜会の来賓一覧を同僚に手渡した時、穏やかな声が掛かった。


 振り返ると、記録局長アルフレッド・グレイが立っていた。

 ノアは反射的に背筋を伸ばした。


「少し時間はありますか」


 アルフレッドは穏やかに微笑む。

 ノアは頬を引きつらせた。


「……どれくらいでしょうか」


「長くは取りません」


(絶対長くなるやつだ…!)


 ノアは小さく息を吐いて肩を落とした。


「局長室まで来てください」


 アルフレッドはそう言うと踵を返す。

 ノアは机に積み上がった書類の山を見た。


「戻ったら増えてるんだろうな……」


 誰にも聞こえない声で呟き、アルフレッドの後を追う。


 局長室へ入ると、アルフレッドは応接用の椅子を勧めた。


「どうぞ」


「失礼します」


 ノアは少し緊張しながら腰を下ろす。

 局長室へ呼ばれる時は大抵ろくなことがない。


 書類の不備か。

 締切の催促か。

 あるいは追加業務か。

 嫌な予感しかしなかった。


 アルフレッドは向かいへ座ると、机の上に置かれていた書類を手に取った。


「まずは、お疲れ様でした」


「え?」


 予想外の言葉に、ノアは目を瞬く。


「ベルクハイムでの件です」


 ノアは思わず姿勢を正した。


「いえ、私はほとんど何も……」


「そんなことはありません」


 アルフレッドは穏やかに首を振る。


「エドガー殿から報告は受けています」


 ノアは何か言おうとしたが、何も言葉が見つからず口を閉じた。

 アルフレッドは気にせず続ける。


「王族との同行任務は、記録局員には珍しい経験です。その中で職務を果たしたことは評価されるべきでしょう」


「ありがとうございます」


 アルフレッドは一つ頷いて、次の書類を取り出した。


「さて、本題です」


 ノアは内心で身構える。

 アルフレッドは一枚の書類を差し出した。


「国王専属書記官の登用に伴う、特別試験の受験通知です」


「…………はい?」


 数秒遅れて声が出た。

 アルフレッドは穏やかな笑みを崩さない。


「国王専属書記官、とは?」


「国王専属の書記官です」


「私がですか?」


「はい」


「何故ですか?」


「推薦されたからです」


 数秒黙って、ノアは恐る恐る尋ねた。


「……どなたにですか」


「陛下です」


 局長室に沈黙が落ちる。

 窓の外では雪が降っている。


「冗談では」


「まさか」


「夢では」


「現実です」


 ノアは頭を抱えたくなった。

 アルフレッドは書類を開く。


「試験は三日後です」


「三日後」


「内容は文書作成や政務知識の筆記と面接です……まぁ、ここの通常業務を熟せているので、対応できるでしょう」


 アルフレッドはさらりと言ったが、ノアの額には汗が浮かんだ。


「ちなみに、断ることって」


 アルフレッドは穏やかに微笑んだ。


「できると思いますか」


「……思いません」


 ノアは静かに天井を見上げた。

 




 試験当日の朝。

 王宮東棟の会議室前で、ノアは静かに深呼吸した。

 扉には簡素な札が掛けられている。


 ――国王専属書記官特別試験


 その文字を見るだけで胃が痛かった。

 意を決して扉を開ける。


 部屋には長机が並んでいた。

 一番手前の席に座っていた若い男性文官が、ノアを見て立ち上がる。

 肩章には秘書局の意匠が刺繍されていた。


「ノア・フェルディン殿ですね。筆記の試験官は私が努めます」


「よろしくお願いします」 


 最前列中央の席に、試験問題の束と羽根筆が用意されていた。

 ノアは呼吸を落ち着かせながら、ゆっくりと席に着いた。


「制限時間はありません。落ち着いて最後の問題まで回答してください」


「はい」


「それでは、始めてください」



 試験官の声を合図に問題を見る。

 ざっと全ての問題に目を通してから、順番に羽根筆を走らせていく。


 まずは文書作成。

 地方領主への通知文。

 議事録作成。

 実際の会議記録を整理し、正式文書へまとめる問題。


 さらに法令読解。

 政務知識。

 予算執行規則。

 王室典礼規程。

 外交使節の扱い。


 問題は次々と続く。





 最後の答案を提出した時には、肩が重かった。


「お疲れさまでした。しばらくここでお待ちください」


 試験官は淡々と言って、答案を抱えて部屋を出て行った。

 


 一人になった部屋で、ノアは大きく息を吐いて机に突っ伏す。

 この後の面接を思うと胃の痛みが増した。


 窓の外へ目を向けると雪が降っている。

 積もるほど多くはないが、日に日に寒さが増していた。





 やがて試験官が戻ってきた。

 ノアは慌てて姿勢を正す。


「面接試験を行います。隣の部屋へご移動を」


 その指示に従って席を立った時、試験官がノアに声を掛ける。

 どこか同情するような表情だった。


「あの、」


 試験官は言葉を選ぶように、静かに言った。


「……頑張ってください」


 それは激励というより、哀れみを感じる声だった。

 ノアは真顔で頷く。


 窓の外で風が鳴った。






 面接室は静かだった。

 ノアは案内された椅子へ腰を下ろす。


 長机の向こうには四人。



 宰相ガイウス・ベルン。

 王室記録局長アルフレッド・グレイ。

 法務局長ローランド・エーベル。

 陛下付き侍従長エリオット・ハーヴェイ。



 王宮でも指折りの重鎮たちだった。 

 ノアは自然と背筋を伸ばす。




 最初に口を開いたのは、アルフレッドだった。


「筆記試験の結果は問題ありません」


 穏やかな声だった。


「ですが、国王専属書記官に必要なのは知識だけではありません」


「はい」


「記録局員としての働きについては、私から改めて問う必要はないでしょう」


 アルフレッドはローランドへ視線を向ける。

 ローランドは一つ頷いて、鋭い眼差しをノアに向ける。



「忠誠と法。君はどちらが上だと思う?」



 淡々とした声だった。

 ノアは少しだけ考える。


「……私には分かりません」


 ローランドの眉がわずかに動く。


「私は法務官ではありませんし、政治家でもありません。ですが記録官です」


「それが答えか」


「はい」


 ノアは頷いて、真っ直ぐ答える。


「どちらが選ばれたのかを記録するのが、私の仕事です」


 ローランドは腕を組んだままノアを見つめた。

 やがて小さく頷く。


「なるほど」




 続いてエリオットが口を開いた。

 柔らかな物腰の老人だった。


「陛下はまだ幼い」


「はい」


「周囲には宰相も将軍もおります。君より優秀な者も大勢いるでしょう」


 ノアは黙って聞く。

 エリオットは穏やかに微笑んだ。



「そんな中で、君にしかできない仕事は何だと思いますか」



 少し意外な質問だった。

 だが答えに迷いはなかった。


「記録することです」


「それだけですか?」


「はい」


 ノアは頷く。


「誰かが忘れても、残せます」


 エリオットは静かに問い返した。


「何をです?」


「陛下が何を考え、何を決めたのか。成功したことも、失敗したことも。後から振り返れるように残します」


 エリオットはしばらく黙っていた。

 やがて小さく微笑む。


「そうですか」




 最後にガイウスが口を開いた。

 低く落ち着いた声だった。



「なぜ陛下は君を推薦したと思いますか?」



 予想外の質問だった。

 ノアは一瞬言葉に詰まる。


「……分かりません」


 ノアは正直に答えた。

 ガイウスは表情を変えない。


「本当に?」


「私より優秀な人はたくさんいます。だから、推薦された理由は分かりません」


 ノアは言葉を探すように小さく眉を寄せた。


「ですが、陛下は人を見る時に肩書で決めない方だと思います」


 ガイウスの目がわずかに細くなる。


「ほう」


「失敗しても切り捨てませんし、立場の弱い人の話も聞きます」



 ノアの脳裏に、今までに見たステラ陛下の姿が浮かぶ。


 戴冠式の日。

 王都の市場を見た日。

 議会で帳簿の真偽に問いを投げた日。

 そして、北方でレオニス殿下が語った姿。



「だから、たぶん」


 ノアは少しだけ苦笑した。


「私自身ではなく、私が見てきたものや、記録してきたものを評価してくださったのだと思います」


 ガイウスは肘掛けに指を添えたまま、静かに次の問いを投げた。


「では、もう一つ聞こう」


 その視線が真っ直ぐ向けられる。


「君は誰に仕える?」


 ノアは瞬きをした。


「……陛下です」


 ガイウスは表情を変えない。


「王国ではなく、陛下ですか」


「はい」


 ノアは頷いた。


「陛下は王国を背負っています」


 ガイウスは黙って続きを促す。


「だから陛下を支えることが、結果として王国を支えることになると思います」



 再び沈黙が落ちた。


 窓の外で風が唸る。

 雪が硝子をかすめて流れていった。


 やがてガイウスは次の問いを口にした。


「では」


 ガイウスの視線がさらに鋭くなる。



「君が仕える陛下が、間違った道へ進もうとしたらどうする」


ノアは一呼吸おいて、迷わず答えた。



「止めます」



 ローランドの眉がわずかに上がる。

 エリオットも目を細めた。


 ガイウスは表情を変えず、続けた。


「王に逆らうのか」


「はい」


 ノアは視線を逸らさない。


「仕えるというのは、言われたことを何でもすることじゃないと思うからです」


 ガイウスは何も言わない。

 ただその視線だけが、真っ直ぐノアを射抜いていた。


「陛下が間違っているなら、それを伝えるのも仕事です」


「聞いてもらえないかもしれませんよ」


「それでも言います」


 ノアは答えた。


「言わずに後悔する方が嫌です」



 やがてガイウスは小さく頷き、手元の書類を閉じた。


「分かりました」




 その一言で面接の終わりを悟る。


 アルフレッドが全員を見渡して口を開いた。


「これで面接試験を終わります。退出してください」


 ノアは立ち上がり、一礼した。


「ありがとうございました」


 背中に四人の視線を感じながら面接室を後にした。






 廊下へ出た瞬間、ようやく息を吐く。

 気付けば掌にはじっとりと汗が滲んでいた。

 

 ノアは一度だけ面接室の扉を振り返った。


 結果がどうなるかは分からない。

 だが今は、机の上で待っている書類の方がよほど現実的だ。



 ノアは小さく息を吐き、記録局への廊下を歩き出した。

第四章の開幕は、ノア回からです。

やっと見習いを卒業できそうですね。

地味に筆記試験の試験官さんが好きです。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

今後のノアの働きにもご期待ください!!


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