表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星風の国物語 〜少女王と見習い書記官の政務録〜  作者: 月森みのり
第三章 北方への道

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/40

第十七話 沈黙の証言

その証言は、まだ誰かを守り続けているのかーーー


【記録は事実を残す。

 だが、残されなかった言葉までは記せない。


 だから歴史は、沈黙さえも記録しなければならない。


 ―――星冠記録官ノア・フェルディン著『星風の国物語』より】




 調査隊の一行が王都へ戻ったのは、三日後の昼過ぎだった。


 乾いた冬空の下、白い石造りの城壁が陽光を受けて輝いている。

 城門を抜けると、見慣れた石畳の道が真っ直ぐ王城へ続いていた。

 行き交う役人や騎士たちは、王宮の紋章を掲げた馬車を見ると足を止め、一礼して道を開ける。


 王城の正門をくぐった瞬間、一行を包んでいた張り詰めた空気が、ようやく少しだけ緩んだ。

 だが、緊張が解けたのは人だけだった。


 護衛兵たちは帳簿の入った木箱を慎重に馬車から降ろす。

 木箱には封印が施され、その周囲には騎士たちが素早く配置につく。

 誰一人として近付けない。

 まるで王家の秘宝でも運ぶかのような厳重さだった。


 リアがエドガーへ視線を向ける。


「陛下の元へ行こう」


 エドガーが頷く。


「ええ。急ぎ、報告しましょう」


 ノアは木箱が運ばれていく後ろ姿を一度だけ見送り、二人の後に続いた。

 ステラ陛下の執務室に着くと、控えていた近衛騎士が重厚な扉を開く。


 大きな窓から冬の日差しが差し込み、執務室を淡く照らしている。

 執務机には書類が整然と積まれている。


 深い紺色の執務服に身を包んだステラ陛下が、ゆっくりと席を立つ。

 淡い銀髪の下で、青灰色の瞳が、一人ひとりの姿を確かめるように見渡す。

 リアの姿を認めた瞬間、その肩からほんの少しだけ力が抜けたように見えた。


 陛下の隣には、ガイウス宰相が控えており、黙って一行を見渡していた。


「……お帰りなさい。皆さん、ご無事で何よりです」


 リアが片膝をつく。


「調査任務を完了し、帰還いたしました」


 それに続き、エドガーとノアも一礼する。

 ステラ陛下は静かに頷いた。


「ご苦労さまでした」


 エドガーが顔を上げ、一歩前に出る。


「さっそくですが、北方調査の結果を報告いたします」


 騎士たちが部屋の中央へ木箱を運び、蓋を開ける。

 ぎっしりと並ぶ帳簿を見て、ガイウスが目を細めた。


「……原本ですかな」


「はい」


 エドガーは頷く。


「旧監視砦の地下より発見しました」


 ステラ陛下が帳簿へ視線を向ける。


「状態も良いようですね」


「隠蔽を目的として保管されていたためでしょう。湿気対策も施されていました」


 エドガーは一冊の帳簿を取り出し、机へ広げた。


「さらに重要な発見があります」


 部屋が静まり返る中、エドガーは該当のページを開いた。


「担当者名は一度削り取られていました。ですが、紙に残った筆圧から復元することができました」


 ノアは無意識に背筋を伸ばす。

 エドガーは名前を告げた。


「財務局担当官――ガルディア・ヴェルクハルトです」


 

 

 ガイウスは目を閉じて息を吐く。

 ステラ陛下が、ゆっくりとその名前を繰り返した。


「……ガルディア・ヴェルクハルト」


 幼い声だった。

 だが、その瞳には迷いはない。

 しばらくの沈黙の後、ステラ陛下は顔を上げる。


「本人を呼びましょう」


 誰も異論を唱えなかった。




 ガルディアが執務室へ姿を現したのは、それから間もなくのことだった。

 灰色の礼装に身を包んだ初老の男は、一礼して部屋へ入る。


「お呼びでしょうか、陛下」


 その声は落ち着いていた。

 財務官として幾度となく王へ報告を行ってきた男らしく、動揺した様子は見えない。

 ステラ陛下は小さく頷く。


「来てくださってありがとうございます」


 ガルディアはゆっくりと顔を上げた。

 その視線がエドガーとガイウスを見る。

 そして机の上に積まれた帳簿へ向いた。

 ほんの一瞬だけ、その目が止まる。

 

「北方から戻られたのですね」


「はい」


 ステラ陛下が答えた。


「調査隊が、四年前に失われた帳簿を見つけました」


 ガルディアは何も言わない。

 静かに帳簿を見つめている。

 エドガーが一冊を手に取り、机の上へ開いた。


「ご確認ください」


 ガルディアは帳簿へ近付く。

 紙を一枚、ゆっくりとめくる。

 もう一枚。

 やがて、その手が止まった。


 担当者名が記されていたページだった。

 削られた跡があり、復元結果が書き添えられている。


 ガルディアはそこに書かれた自身の名をしばらく見つめたあと、小さく息を吐いた。


「……そこまで辿り着かれましたか」


 驚きはなく、諦めにも似た声だった。

 エドガーが尋ねる。


「担当者名に間違いありませんか」


「ありません」


 ガルディアの返答に迷いはなかった。

 ノアは思わず息を呑む。


 ガルディアは帳簿を閉じると、真っ直ぐステラ陛下を見た。


「……ご質問を、お受けいたします」


 部屋には暖炉の薪が爆ぜる音だけが響く。

 最初に口を開いたのはエドガーだった。


「確認します」


 ガルディアは静かに頷く。


「この帳簿を、本来の保管庫から移したのはあなたですね」


「ええ」


「担当者名を削除したのも」


「私です」


 ガイウスは腕を組んだまま、ガルディアを見つめている。


「理由を伺います」


 エドガーの問いに、ガルディアは少しだけ目を伏せた。


「……命令でした」


 窓の外で風が鳴り、白い雪が舞っていた。

 エドガーは質問を続ける。


「誰の命令ですか」


 ガルディアはすぐには答えず、ゆっくりと息を吸う。


「申し上げられません」


 エドガーの表情は変わらない。


「言えないのですか。それとも、言わないのですか」


 ガルディアは顔を上げ、灰色の瞳を真っ直ぐ見返した。


「どちらでもありません」


 一拍置いてから、さらに言葉を重ねる。


「申し上げられません」


 ノアは胸の内で息を呑む。

 ガルディアは言葉を濁しているのではない。

 その声には、迷いがなかった。


 エドガーは追及の角度を変える。


「帳簿を隠すことに、疑問は持たなかったのですか」


 ガルディアは視線を落とし、短い沈黙のあと、小さく頷いた。


「持ちました」


 その返答に、ノアは思わず目を見開く。


「では、なぜ従ったのです」


「私は財務官です」


 ガルディアは自らに言い聞かせるような口調で続けた。


「命じられた手続きを行うことが、私の職務でした」


 エドガーの灰色の瞳がわずかに細くなる。


「その結果、多くの真実が隠されてもですか」


 ガルディアは答えなかった。

 固く結ばれた口元だけが、その問いの重さを物語っていた。

 やがて、その静寂を破るようにステラ陛下が静かに口を開いた。


「一つ、お聞きします」


 部屋中の視線が集まる。

 ステラ陛下はまっすぐガルディアを見た。


「あなたは、その命令は正しいと思いましたか」


 長い沈黙が落ちた。

 ガルディアは初めて視線を逸らす。

 皺の刻まれた手が、わずかに握られた。


「……分かりませんでした。ですが、私は従いました」


 その言葉には後悔が滲んでいた。

 エドガーはさらに踏み込む。


「命令した人物は、現在も王都にいますか」


 ガルディアは顔を上げる。


「……その問いにも、お答えできません」


「議会の者ですか」


「お答えできません」


「王族ですか」


「お答えできません」


「では――」


「エドガー」


 ステラ陛下の静かな声が、それを止めた。

 エドガーは口を閉じる。

 ステラ陛下はガルディアを見つめたまま言う。


「今日は、ここまでにします」


 ガルディアは深く一礼して、部屋を出る。

 その間際、小さく呟いた。


「……申し訳ありません」


 扉がゆっくりと閉まる。


 誰もすぐには口を開かなかった。

 暖炉の薪が、小さく爆ぜた。


 やがてガイウスが息を吐いた。


「……徹底しておりますな」


 エドガーは頷いて腕を組む。


「嘘は一つもありません」


 傍らに控えていたリアも頷く。


「だからこそ厄介だ」


 ノアは思わず尋ねた。


「結局、何も分からなかったんでしょうか」


 エドガーは首を横に振る。

 灰色の瞳が帳簿へ向いた。


「分かったことはあります。ガルディアは、自分一人の判断では動いていません……ですが、命令者だけは最後まで口にしなかった」


 ガイウスが淡々と言う。


「口にできない相手、ということですかな」


「その可能性が高いでしょう」


 エドガーは頷いた。


「しかも、今なお守る価値がある人物です」


 部屋に再び沈黙が落ちる。

 ステラ陛下は帳簿を見つめていた。


「……守っているのでしょうか」


 その呟きに、ガイウスは少しだけ目を細める。


「あるいは、自分の責任として背負っているのかもしれませんな」


 リアはガルディアが出て行った扉を見つめながら言った。


「どちらにせよ、あいつは口を割らないだろう」


 エドガーは一つ息を吐いて、少しだけ目を伏せる。


「ならば別の道を探します」


「別の道?」


 ノアが聞き返すと、エドガーは机の上へ数冊の帳簿を並べた。


「ガルディアが関わったのは、この帳簿だけではありません」


 ノアは目を見開く。


「これだけ大量の記録を移送するには、人手も、許可も、運搬記録も必要です」


 灰色の瞳が鋭く光る。

 ガイウスは腕を組んだ。


「痕跡は必ず残っています。帳簿は消せても、人の動きまでは消せません」


 迷いのないエドガーの言葉に、ノアは北方での調査を思い出した。


 消された名前。

 消えた帳簿。

 そして雪の下に隠された地下室。

 どれほど巧妙に隠しても、どこかに綻びは残る。


 エドガーはステラ陛下へ向き直った。


「陛下」


「はい」


「監察局より、新たな調査を申請いたします」


 ステラ陛下は迷うことなく頷いた。


「許可します」


 短い言葉だった。

 だが、その一言で調査は次の段階へ進むことになった。


第三章『北方調査』、完結です。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます!


残された謎をステラはどう受け止め、どんな選択をしていくのか。

次章以降も、お楽しみください!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ