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星風の国物語 〜少女王と見習い書記官の政務録〜  作者: 月森みのり
第三章 北方への道

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第十四話 王都の冬

遠く離れた北方を案じながらも、

王都では王として果たすべき務めが次々と訪れるーーー

 王都の朝は曇っていた。

 執務室の窓から見える空も灰色だ。

 北方ほどではないが、冷たい風が王城の塔を撫でている。


 ステラは机に向かっていた。


 机の上には書類の山が積み上がっている。

 その中の一枚を読み終え、静かに次へ手を伸ばす。


 北方調査に関する意見書だった。



『北方住民の不安を煽る行為である』



 短く書かれた一文。

 ステラは黙って次の紙を取る。



『徹底的な調査を望む』



 さらに別の紙。



『今さら過去を掘り返して何になる』



 ステラの指先が紙の端で止まる。

 小さく息を吐き、背もたれに寄り掛かる。


「難しい顔をされていますな」


 顔を上げると、執務室の入口に老人が立っていた。


 白髪は丁寧に整えられ、深緑の礼装には金糸で王国紋章が刺繍されている。

 年齢を感じさせる皺は深いが、背筋は真っ直ぐだった。


 老いてなお、その姿勢に衰えは見えない。


 ガイウス・ベルン。


 先王の治世初期から王国を支えてきた老宰相だった。

 ガイウスは机へ近付いて書類を置いた。


「議会と地方領主から、意見書の追加分です」


 ステラはその意見書を軽く持ち上げる。


「皆さん、色々なことを言いますね」


 ガイウスは淡々と答えた。


「全員を納得させることは出来ません」


「夢がありませんね」


「夢だけでは国は治まりません」


 ガイウスは机の上の資料へ視線を向ける。

 北方調査隊の名簿だった。


「心配ですかな」


 ステラは一度視線を落とした。


「……少し」


 ガイウスは頷いた。


「当然でしょうな」


「そうでしょうか」


「ええ。王もまた、人です」


 ステラは目を瞬く。


「陛下は十歳の少女でもあります。両方で構いませんよ」


 ガイウスの表情が少し和らいだ。


 そしてガイウスは机の端に積まれた別の書類へ視線を向けた。

 そこには北方調査とは違う題名が記されていた。



 ―――新年祝賀夜会準備計画書



 ガイウスの視線の動きを見て、ステラの肩がぴくりと震えた。


「さて、こちらも先送りにはできませんな」


 ステラは反射的に視線を逸らした。


「まだ時間はあります」


「二ヶ月です」


「二ヶ月もあります」


「準備には十分とは申せません」


 ステラは口を少し尖らせて、反論の言葉を探す。

 その時、執務室の扉が叩かれた。


「失礼いたします」


 扉が開き、現れたのは濃紺のドレスに身を包んだ女性だった。

 長い黒髪を後ろでまとめ、首元には王家の紋章を模した銀細工が揺れている。


 片手には細い杖がある。


 歩みは決して速くない。

 それでも不思議と弱々しさは感じられなかった。


 先王妹ヴィオラ・ゼフィール。


 長年に渡り王家を支えてきた人物であり、

 ステラたち兄妹たちの教育係を務めていた女性である。


 ステラは思わず背筋を伸ばした。

 幼少時代からの癖だった。


 ヴィオラは抱えた書類を机へ置く。


「本日分の決裁書類です」


「ありがとうございます」


 ステラが受け取ろうとすると、ヴィオラの視線が机の上へ向いた。

 そしてすぐに状況を察したらしい。


「その顔は夜会の話ですね」


 ステラの手が止まった。

 ガイウスが深く頷く。


「そんなに顔に出ていますか?」


「出ています」


 ヴィオラはどこか懐かしそうに目を細める。


「礼儀作法の試験前と同じ顔です」


「……」


 ヴィオラが小さく笑う。


「準備はどこまで進みましたか?」


「招待客名簿は見ました」


 ヴィオラが頷いた。


「では挨拶順は?」


 ステラは視線を泳がせた。

 ヴィオラは目を細める。


「まだです」


「席順は?」


「……まだです」


「ダンスの練習は?」


 今度は返事が少し遅れた。


「まだです」


 ヴィオラが目を閉じた。

 ガイウスは黙って成生を見守っていた。


「進んでいませんね」


 ヴィオラは小さく息を吐いた。


「もしや、セレナ殿下のことをお考えですか」


 ステラの肩が僅かに揺れた。

 ヴィオラはそれ以上追及せず、静かに待つ。

 しばらくしてからステラは口を開いた。


「……姉様なら、お上手に出来るのだろうな、と」


 言った後で、ステラは膝の上の指を握った。


「確かに、セレナ殿下は夜会がお得意でしたな。花の妖精のようだと、専らの評判で」


 ガイウスは何かを思い出すように髭を撫でた。


「けれど、セレナ殿下と陛下は違います」


 ヴィオラは静かに言った。


 その灰色の瞳は真っ直ぐステラを見ている。

 叱責するときの厳しさではなく、かつて授業中に問いを投げかけた時と同じ眼差しだった。


「セレナ殿下には出来て、陛下には出来ないこともあるでしょう。ですが、逆もあります」


「……私に出来て、姉様に出来ないこと」


 ステラは小さく呟く。


「陛下は歴史や数学の授業で、よく質問をされておりましたね。セレナ殿下はあまりされませんでしたよ」


「それは、姉様は質問せずとも覚えられたからでは?」


「ええ、全部覚えておられました。ですが、覚えていただけです」


「え?」


 ステラは思わず顔を上げた。

 ヴィオラは少しだけ目を細める。


「陛下は覚えるだけでは納得しない」


「それは今も変わりませんな」


 ガイウスは静かに頷いた。


「事象や理論のいきさつを広く知ろうとするのは、陛下の美点です」


 ヴィオラの声は穏やかだった。


「ですから、セレナ殿下と同じようにやる必要はないのですよ」


 ステラは机の上へ視線を落とす。


「……でも、失敗するかもしれません」


「では尚更、練習や確認が必要ですね」


「……」


「大切なのは失敗しないことではありません。逃げないことです」


「……今度、ダンスの練習を見ていただけますか」

 

「よろしい」


 ヴィオラは頷き、ガイウスは静かに目を細めた。



 

 やがて二人は退出した。

 一人になった部屋でステラは椅子にもたれ、小さく息を吐く。


 机の上には書類が積み上がっている。

 ステラはその中から一枚の資料を手に取った。

 北方調査隊の名簿だ。


 名簿の端を指でなぞる。


「レオニス兄様は無事に合流できたでしょうか」


 窓の外へ視線を向けると、灰色の重たげな雲が広がっていた。


「……ユリアだけでも、こちらに残しておけば良かった」


 その呟きに、返事はない。

 風が窓を小さく揺らした。


 ステラは北方調査隊の名簿をそっと机の上に戻す。

 そこには、まだ多くの書類が残っていた。




消えた帳簿の手掛かりを求めて、調査隊はさらに北東開拓村へ。

次回もお楽しみに!


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