第十三話 消えた帳簿
一行は四年前の記録を追うーーー
【記録官は、書かれたものだけを信じてはならない。
書かれていないことにも、また意味がある。
一冊の欠落は、百冊の記録より雄弁に真実を語ることがある。
―――星冠記録官ノア・フェルディン著『星風の国物語』より】
倉庫街はベルクハイムの外れにあった。
雪の降る中、一行は石畳の道を進む。
並んでいるのは古い倉庫ばかりだった。
使われている建物もある。
だが街道から離れるにつれて、人の気配は薄れていった。
やがてエドガーが足を止める。
「ここです」
目の前にあったのは大きな石造りの倉庫だった。
窓は板で打ち付けられている。
屋根には雪が積もり、入口の扉も半ば朽ちていた。
「四年前の資料では、この周辺になっています」
エドガーが紙束を確認する。
リアは周囲へ視線を巡らせた。
「人気がないな」
「今は放棄区画です」
エドガーが答える。
「物流経路が変わった後、ほとんど使われなくなりました」
風が吹き、古い木板が軋んだ。
どこか墓場のような静けさだった。
「入るぞ」
護衛兵の一人が扉を押し、重い音と共に扉が開く。
冷たい空気が流れ出した。
中は暗く、埃の匂いが鼻を刺す。
かつて積まれていたであろう木箱は既になく、広い空間だけが残されている。
窓から差し込む薄い光が床を照らしていた。
ノアは思わず周囲を見回す。
「ここに帳簿が?」
「そのはずです」
エドガーは手元の見取り図と倉庫を見比べながら奥へ進む。
壁際。
床。
柱。
エドガーは次々と確認していく。
「こっちだ」
リアが声を上げる。
倉庫の奥、崩れた棚の陰に、鉄製の扉があった。
半ば錆び付いている。
「地下か」
エドガーが頷く。
「資料の記録と一致します」
護衛兵が扉を押し開くと、地下へ続く石階段が現れた。
その先は暗く、先が見えない。
ノアは無意識に唾を飲み込んだ。
「行くぞ」
リアが先に降りて、壁際の松明に火を灯しながら進む。
揺れる光が石壁を照らした。
地下室は思ったより広かった。
棚が並び、木箱が積まれている。
埃を被った記録簿が壁一面を埋めていた。
「年代ごとに分けましょう」
エドガーが即座に指示を出す。
「護衛は西側の棚を。ノアさんは年代を書き出してください」
「分かりました」
ノアは手帳を開き、表紙を一冊ずつ確認していく。
『星暦三〇八年』
『星暦三〇九年』
年代を書き留め、積み直す。
護衛兵が次々と帳簿を運び込むたび、地下室には紙をめくる音だけが響いた。
松明の火が揺れる。
埃が光の中をゆっくりと舞っていた。
どれくらい時間が経っただろう。
松明は二度交換された。
ノアの指先は紙埃で黒くなっている。
床には確認済みの帳簿が山のように積まれていた。
「エドガーさん」
ノアが手帳を見比べる。
「三一〇年まではあります」
「ええ」
「でも、その次がありません」
エドガーが歩み寄る。
ノアの書き出した年代を見て、棚へ視線を移した。
やがてエドガーが静かに呟いた。
「……不自然です」
エドガーの指が棚をなぞる。
「十五年前のもの、十四年前、十三年前……全てあります」
灰色の瞳が鋭く光る。
「ですが、問題の数年だけが見当たりません」
リアが眉を寄せて、低く呟いた。
「持ち出されたのか」
「分かりません」
エドガーは首を振ったが、その声には迷いがあった。
その時、石階段の上から足音が響く。
誰かが雪を払う音。
松明の灯りが階段の途中を照らし、銀色の髪が闇の中から現れた。
「どうやら見つからなかったようだな」
外套に着いた雪を払いながら、レオニス殿下が現れた。
その後ろではユリアが階段の上を一度だけ振り返る。
「周囲も見てきました。誰にも尾行はされていません」
地下室は再び静まり返る。
松明の火だけが揺れ、積み上げられた帳簿の影が石壁へ長く伸びていた。
「目的の原本はありません」
エドガーの短い報告に、レオニス殿下は部屋を見渡した。
床には確認済みの帳簿が山のように積み上がっている。
「……移送記録も残っていなかったか」
「ありません」
そうか、と頷くレオニス殿下の顔には僅かに落胆の色が見えた。
「これだけ年代が揃っていて、その数年だけないなんて…… 」
ノアが思わず呟くと、レオニス殿下とエドガーが目を合わせた。
「偶然と思うか?」
「いいえ、全く」
エドガーは目を細めて、続ける。
「誰かが後から持ち出した可能性が高いと思われます」
地下室に静寂が落ちる。
レオニス殿下は少し考え込むように目を閉じた。
やがて静かに口を開く。
「もう一つ、心当たりがある」
ノアが思わず身を乗り出した。
「心当たり?」
「ああ」
レオニス殿下は頷く。
「四年前の調査で協力してくれた村がある」
その言葉にリアが反応した。
「北東部の開拓村ですね」
レオニス殿下が頷く。
「よく覚えているな」
「忘れません」
リアは短く答えた。
その声音にはわずかな懐かしさが混じっていた。
レオニス殿下は再びノアたちを見る。
「私が調査していた時の協力者がいる」
「その者が原本の場所を知っている?」
「可能性はある」
エドガーの目が鋭くなる。
「行きましょう」
「ああ」
レオニス殿下も同意した。
「だが……今日は遅い」
窓のない地下室でも分かる。
外は既に夜へ向かっていた。
「ベルクハイムで一泊する」
リアがそう言って踵を返す。
「明日の朝、出発だ」
一行は地下室を後にした。
倉庫の外へ出ると、吐く息は白かった。
ベルクハイムの街には夕暮れの灯りが灯り始めていた。
北方の雪は、途切れた足跡を覆い隠していた。
だが今、その足跡を辿ろうとする者たちがいる。
そして王都では、一人の王がその報せを待っていた――
北方で調査が進む一方、ステラは何を思うのか…。
次回、王都編です。
お楽しみに!!




